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第二十四話 その勘違いは、必然。

 

「エリィ氏。説明を要求する」


 す、とララが手を挙げると、


「もちろん。今から話すね」


 エリィは眼鏡をくい。上げた。

 黒板にリグネとアラガンの図を描き、エリィは生徒(ララ)と向き合いながら指示棒で叩く。


「まず、ララちゃんが疑問に思っているのは、リグネ様に嫌われたいわたしがアラガン様の逆を行く予定だったのに、なぜ甘い言葉を練習すると言い出したのか……だよね?」

「うぬ。甘い言葉なんて言ったら好かれるのでは」


 エリィはにやりと口の端をあげた。


「甘いね、甘すぎるよララちゃん。ショートケーキにキャラメルと砂糖をかけるぐらい甘い」

「それは胸やけしそう」

「だよね。ララちゃんが言ってることはそういうことなんだよ」

「どういうこと?」

「アラガン様は嘘をついてる」

「……ほう」


 確信を込めたエリィの言葉にララは頭にぴょんと生えた髪を揺らした。


「『甘い言葉を囁く』がアラガンの嘘ってこと?」

「その通り!」

「…………なぜ?」


 ララは本気で首を傾げているようだった。

 よくぞ聞いてくれました、とエリィは得意げに胸を張る。


「まず大前提。アラガン様はまだわたしを偽物じゃないかって疑ってると思うの」

「……根拠を求む」

「簡単だよ。ほら、あの時──四大魔侯のところに行くって決まった時だよ」


 エリィはアラガンの言葉を思い出す。


『まずは『星砕きの鬼』アルゴダカール侯です。かなりの武闘派で人族を一番嫌っていますが、逆にここを乗り切ってしまえば後は楽勝なので、初めに面倒くさい男をクリアしちゃいましょう。まぁ、『王女』殿下なら余裕ですよね?』


 あの時、彼が浮かべた微笑みは本物のディアナが嫌いな貴族に向ける笑顔だった。愛想を取り繕って内心では敵意剥き出しの表情──あれは腹黒の顔である。


「アラガン様はわたしを疑ってる。どうにかボロを出させたいんだよね。だから鬼族の時も口出ししなかったし、今回も嘘をついた。ほら、妙な間あったでしょ?」

「……確かに」


 アラガンの真意は『これを機に悪女の振りをする真意を見抜きたい』だったが、根が小心者ゆえに残念な勘違いしたエリィは腕を組む。


「アレはわたしが本当のことを指摘したから焦ったんだよ。アラガン様は腹黒だけど嘘は下手っぽいね。まだまだ人族の貴族社会のほうが怖いよ。まぁわたし、ただのメイドなんだけど、ご主人様の御学友のほうが怖かったね」

「甘い言葉を囁けば魔王が喜ぶと嘘をついた? 他の二つが嘘の可能性は」

「ないよ。それはこれまでのリグネ様が証明してる」

「……ふむ」


 エリィが悪女の振りをすればするほどなぜか喜ぶリグネ。

 それほど装飾品などを付けていなくても、エリィのことを気に入ったリグネ。


 そしてリグネはエリィが甘い言葉を言わなくても距離を詰めて来た。

 つまり『甘い言葉を囁けば魔王が喜ぶ』はアラガンの嘘。

 彼は甘い言葉を使わせてエリィが偽物の王女であると判断したいのだ!


「真実はいつも一つ! ってね!」

「なるほど……! エリィ氏。珍しく冴えてる」

「ふふーん。でしょでしょ?」

「さすがエリィ。さすエリが過ぎる」

「えへへ。褒めても何も出ないよ? あ、お菓子食べる?」

「もち」


 エリィが差し出したクッキーを喜んで受け取るララ。

 ララはエリィよりも魔王と接する時間が少ない──いや、接触はほぼ皆無といっていい。だからこそ、エリィの推測に否と言えるほどの論拠を持たなかった。


「そういうわけで、甘いものを食べながら甘い言葉を練習しよう」

「うち、甘い言葉なんて知らぬぞよ」

「そこは大丈夫。元・類友に頼むから──セナ! 入ってらっしゃい!」

「はい!」


 言葉の途中で王女の口調へ変えたエリィ。

 扉を開けて犬のように駆け寄ってきたのは鬼族の姫であるセナだ。


「お呼びでしょうか、我が主様(マスター)!」

「うん、あなたに頼みたいことが……マスターってなに?」

「だ、ダメでしょうか? ディアナ様はわたしの尊敬するお方なので……、推し(お師)様か、主様、あとはお姉様なんかも考えたんですけど、それはちょっと恐れ多いというか……わたしとディアナ様が姉妹なんて……きゃー!」


 もじもじと指と指を合わせて顔を赤くするセナ。

 彼女にはララと作戦会議をする間、「誰も入ってこないように見張って欲しい」とお願いしていたのだ。当初こそ話に混ざりたがっていたものの「護衛将軍にしか頼めないことですわ」と言ったら喜んで引き受けてくれた。ちょろすぎてこの子の将来が心配だし、正直なところマスターと呼ばれるのは勘弁してほしい所だが。


(……うん、可愛いからいいや)


 エリィは魔族たちに揉まれて荒んだ心を癒されるのを感じた。

 類友にはなれなかったし、ちょっと自分への過剰評価が過ぎるけれど、根が悪い子というわけじゃない。これからは良い距離感を探って行こうとエリィは決意した。


「さて、セナ。あなたに頼みたいことは一つですわ」

「はい。何なりとお任せを」

「わたくしに殿方を落とす甘い言葉を教えなさい!」


 セナは目を輝かせた。


「リグネ様を言葉責めするんですね、分かります!」

「言い方」


 アンモラルな言い方はやめてほしい。


「まぁいいでしょう。とりあえず始めるわよ。まずはわたくしからセナに言います。そのあと、セナがわたくしに言いなさい。それをララが聞いてブラッシュアップしていくの。各々、痛すぎてドン引きする台詞を期待するわ!」

「「了解しました(まかせろ)」」


 こうして、エリィたちは祭儀の時間が来るまで甘い言葉を練習するに至った。


(これで勝利(敗北)は確実。今から幽閉生活に持ち込むお菓子を選んでおかなきゃ!)


 なお、自分たちの言葉で鳥肌が立ったことは言うまでもない。


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