第二十三話 魔王宰相の期待
「というわけで、アラガン様。魔王様の好みを教えてください!」
「はい……?」
魔王政府宰相アラガン・ダートは困惑していた。
竜車で八時間の長旅を終えてようやく休めるかと思った矢先。
なぜかディアナ姫が目を輝かせて訪ねてきたのだ。
後ろの従者二人に視線を送ると、彼女たちは全幅の信頼を置いた表情で頷く。
鬼族の姫に至ってはまだ出会って一日しか経っていないのに、ディアナ姫を生涯の主であると定めている。その恐るべき人心掌握術にアラガンは戦慄していた。
(ここまで人心掌握に長けた人物が私を訪ねて来た……それも、魔王様の好みを教えてほしいだと?)
これはつまり、アレがアレしてるのではないか。
最初は政略結婚だった二人が祭儀を経て徐々に絆を深めて行ってるやつではないか?
そうだ。そうに違いない。
なにぜあの魔王様だ。
至上の御方であるリグネ様を見初めない女などこの世に存在しないはず。
(魔王様も割と満更ではなさそうですし)
竜車で空を見上げた時、アラガンは驚いたものだ。
常に冷徹に魔族領域を見下ろしているリグネが上機嫌に尻尾を揺らしていたのだから。
さらに言えば、竜族の心の状態が焔に現れる。
不機嫌なら黒。上機嫌なら赤。悲しみならば蒼、といったように。
リグネの通り過ぎた空には赤い炎の軌跡が残っていた。
つまり、二人は今、お互いに距離を縮めようとしている最中。
こうしてディアナが自分を訪ねてきたのが良い証拠である。
アラガンはもはや、エリィのことを偽物の王女だとは疑っていない。
なぜ彼女が悪女の振りをしているのかは謎だが、鬼族の問題を密かに見抜き、鮮やかに解決して見せた手腕は本物だ。たとえ中身がどうであろうが、有能且つリグネが気に入っているのであれば何の問題もない。つまり、ここでアラガンが取るべき選択肢は一つ!
(二人をくっつける。リグネ様の幸せのために尽力することが我が至上の喜び!)
こうなってはアラガンが躊躇する理由は何もない。
二人が両想いだというなら、全力でくっつける手筈を整えねば。
魔王の事になると頭のおつむが弱くなる宰相は唇を舐めた。
「──よろしい。私が魔王様の好みを教えて差し上げましょう」
「はい。ぜひ教えてくださいませ!」
「まず、魔王様は着飾った女性がお嫌いです。宝石や金貨は好きですが、そういったものは物として眺めて満足するタチなのです」
「ほうほう。確かに、わたくしが読んできた乙女小説でも竜は宝石や金貨を好むとありました……リグネ様もそうなのですね?」
「まことにその通りです。さすが王女様ですね」
アラガンは必死にメモを取るディアナ姫を満足げに眺めた。
やはり聡い王女だ。リグネ様の素晴らしさをよく分かっている。
「お化粧も出来るだけ薄いほうが良いですね。薄い化粧のほうが手間なのは分かっていますが、そこはリグネ様の気を引くために頑張っていただければと」
「ふむふむ。もちろんですわ」
「次に言動についてですが、甘い言葉を囁くとイチコロですね」
「なるほど、甘い言葉………………ん?」
ぴたり。とディアナの手が止まった。
「甘い言葉。本当にそうでしょうか?」
ディアナ姫は怪訝そうに首を傾げた。
「むしろリグネ様はそっけないほうが好みなのでは?」
「……」
アラガンは驚嘆した。
──やはりこの王女、リグネ様のことを分かっている。
こちらの言うことにイエスしか頷かないかと思えば、そうでもない。
自分で考える頭を持っていることにアラガンはむしろ王女への評価を上方修正した。
「あなたのおっしゃる通りです、ディアナ姫」
アラガンは続けて、
「確かに何の興味もない女の反応としては素っ気ないほうが好みですね。リグネ様は逃げれば逃げるほど追いかけたくなる性質ですから」
「ですよね。なら──」
「しかし、自分が気になり始めた相手は話が別です」
ハッ、とディアナ姫は目を見開いた。
「姫も気付いているでしょう? リグネ様が変わってきてることに」
「……」
勘がいい王女なら心当たりはあるはずだ。
二人きりの空の旅など、その変化を悟れる最たる場だろう。
「普段は素っ気ない相手から甘い言葉を囁かれたら……陛下は絶対に喜びます」
「……なるほど!」
ディアナは嬉しそうに頷いた。
「さすがはアラガン様ですわ。リグネ様のことをよく分かっていらっしゃいますのね」
「そうでしょう。リグネ様のことを語らせたら一晩じゃ足りませんよ」
うふふ。ははは。とアラガンとディアナは笑い合う。
その笑顔の下にあるそれぞれの思惑抱えて、二人は話を続けた。
◆◇◆◇
そして自室にて──
「甘い言葉を、練習するよ!」
エリィが宣言すると、ララがぽかんと目を丸くした。
「……アラガンの言ったことの逆で行くのでは?」
「そう。基本はね。でもこれだけはあえてそのままいく! これで勝てる!」




