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第二十一話 新たな受難

 

 鬼族との祭儀を無事(?)に終えた一行は新たな目的地へ向かっていた。

 セナという同行者が一名いるものの、彼女は地上で竜車に乗っている。

 エリィはリグネの背に乗っているので今のところ平和だ。


(よほほ……類友だと思ったんだけど……違ったなぁ)


 虐めから解放されたセナの性格は武人そのものである。

 優しそうな雰囲気はあるのにいざとなると苛烈な言動が目立ってくる。

 今となってはアルゴダカールの娘というのも納得してしまった。


「ため息なんてついてどうした。我が花嫁よ」

「リグネ様」


 上空で風を切るリグネの尻尾は左右に揺れている。

 鱗から伝わってくる龍の体温は人並みで、そこそこに気持ちがいい。


「……リグネ様は、もしかしてご機嫌でいらっしゃる?」

「なぜそう思う?」

「前より鱗から伝わる体温が上がっているようでしたし、声音もなんだか弾んでいるようです」

「よく分かったな。まだ我にもよく理解できないのだが」


 リグネは口の端から炎を出した。


「其方と二人で空を飛ぶと、なぜか気持ちいいのだ」

「へ?」

「今、アラガンにこの現象の調査を任せている。結果を待て」

「あ、はい……え?」


 上の空で返事をしてしまったものの、エリィには答えが分かるような気がした。

 数ある乙女小説の中でも言われたかった台詞五指に入る『二人で~』という枕詞。恋に気付かない王子様の甘いセリフに想像の中で何度もクラッとしたものだが。


(えぇぇぇ~……リグネ様……そ、そういうことなの? ま、まさか……ねぇ?)


 ぶっちゃけ男性経験のないエリィとしては悪い気はしない。むしろ、人型になったリグネはイケメンだし、優しい時は優しいから、時々ドキドキさせられている。


(だけど、この人は魔王なんだよね……)


 鬼族を平気で殺そうとしたり、自分を危地に放り込んだり。

 魔王としての残酷さと優しさが共存している。

 ただのメイドである自分が彼の二面性を受け入れられるのか分からなかった。


「リグネ様がご機嫌なのは……たぶん、平和条約が上手く行っていることに対してじゃないですか?」


 エリィはそっと釘を差す。

 何より自分はニセモノ。

 そういう気持ちを向けられるのは本物のディアナであるべきだと。


「ご自分の政治手腕で上手く行ってることに満足している。それがご機嫌の原因かと」

「そうか?」


 リグネは首をひねった。


「まぁ、其方が言うならそうかもしれぬな」

「えぇ。きっと、それだけの話ですわ」


 なぜだか胸がチクっとしたが、エリィは無視した。

 そうこう話しているうちに次の目的地が見えてくる。


「見よ、エリィ。あれが極楽悪魔の本拠地──『天上都市』だ」

「……なんだか見覚えがあるような」


 街の真ん中で大地の色が変わって見えることから、魔族領と人間領の境にあるのだろう。東側は荒れ地の茶色い大地、西側は魔族領の蒼い大地が覗いでいる。そんな土地に建てられた街並みは、エリィから見て何とも人間らしい街だった。


 丸い屋根が連なる石造りの街並みはほとんどが二階建て。

 境界こそあるものの、通りに見える人々はさまざまな種族が混在していた。


 リグネの姿が巨大なだけあって、魔王の来訪には気付いているのだろう。

 百獣の都と同じように入り口に降り立つと、すぐに大仰な出迎えがやってきた。

 ぞろぞろと背中に黒い羽のある魔族が居並び、中央から嫋やかな女性が現れる。


「お待ち申し上げておりました。陛下」

(で、デカい……!)


 それがエリィの第一印象であった。

 背丈はそれほどではないが、女性的なふくらみがこれでもかと色香を放ってる。

 艶やかな黒髪は光沢があり、一本一本が光の線のように透明感があった。


 肩を露出したビスチェタイプの紫色のドレスに装飾はない。

 それは宝石や装飾品などで彼女の美しさを損なわないようにという配慮だろう。

 美という言葉を体現したような女──それが目の前に居る。


(綺麗……でかい……綺麗……)


 女のエリィも思わず見惚れていると、


「久しいな。『極楽悪魔』──ロクサーナ・リリス」

「えぇ。お久しゅうございます。お会いしたかったですわ、陛下」


 さらりと腕を取ろうとしたロクサナーナを躱してリグネがエリィを前に出す。


「紹介しよう。こちらが我が花嫁──ディアナ・エリス・ジグラッドだ」

「ディアナと申します。かの有名な魔侯にお会い出来て光栄ですわ」


 エリィを見た瞬間、ロクサーナの顔から笑みが消えた。


「ふぅん」


 上から下まで品定めするように鼻を鳴らし、


「このちんちくりんが陛下の花嫁? なんとまぁ、お可愛(・・・)らしいこと(・・・・・・)

「そうだろう。エリィは可愛らしいのだ」


 リグネが言葉の通りに受け取ると、ロクサーナは微笑んだ。


「陛下、長旅でお疲れでしょう。さぁ、こちらに祝宴の準備をさせていますわ」

「うむ。では行こうか、エリィ」

「は、はい──」

「いえ、この王女とは少し話したいことがありますので陛下はどうぞお先に」

「そうか? 分かった」

(いや、ちょ、置いてかないで!?)


 この妖怪腹黒女と一緒に二人きりになるなんて冗談じゃない。

 エリィが縋るように見ると、リグネは優しく微笑んだ。


「分かっているぞ、エリィ。今回も其方のやりたいようにせよ」

(相変わらず何を分かってるんですかこの魔王はっ!)


 絶対に見当違いの理解をしているに違いない。

 エリィがげんなりしていると、ロクサーナが不機嫌そうに言った。


「あまり陛下に色目を使わないでくれるかしら。人質のくせに」

「本性出しましたね……」

「女が女を攻撃する時に男の居場所はないの。それぐらい分かるでしょ?」


 分かるけど分かりたくないなぁ、とエリィは思った。


「まぁ色目といっても」


 ロクサーナは残酷にくすくすと笑う。


「な、何がおかしいんですか」

「別に。ただ、ワタシたちの祭儀では女の武器が試されるの。あなたに熟せるかしら」

「女の武器」

「そう、つまり色気よ。そう言う意味でワタシは完璧な女だけど……」


 ロクサーナはエリィのある部分を見て嘲笑する。


「あなたは……ねぇ?」


 エリィはサッと自分の胸を隠した。


(ば、バレてる……!)


 ディアナに扮するために盛り盛った偽乳。人族の魔道具で分からないように偽装されているが、ロクサーナにはお見通しのようだ。


(わ、わたしだってまだ育ち盛りで大きくなる余地はあるもん!)


 などと涙目で抗議しつつ、


「陛下も殿方だから、色気があるほうが好きなの。分かるでしょ?」

「…………あ」


 エリィの頭に電撃が走った。


 これまで得た情報が像を結び、至上の結果への最適解を導き出す。


 ──魔王様は色気のある女が好き。


 ──祭儀で試されるのは女の武器。


 ──ロクサーナとエリィの絶対的な違い……。


 きゅぴーん! とエリィは閃いた。



(幽閉チャンス、再び到来!!)



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[気になる点] あ!ダメな方の考えが始まった(笑)
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