第十六話 ニセモノ姫の大誤算②
「ちょぉっとやりすぎかなぁあああああぁ!?」
かなぁ、かなぁ、かなぁ──……。
山びこのように声が響きわたり、エリィはハッとした。
周りを見れば、誰もがララの齎した被害を見て唖然としている。
さもありなん。闘技場の四分の一が消し飛び、五十体以上の魔獣が灰になったのだ。
まるで、闘技場の時間が止まったかのような静けさだった。
魔獣も、四人の姫も、観客たちもピクリともしない。
一早く立ち直ったのは魔族の王──リグネ。
「あの威力、あの魔力……まさかあのメイド、『戦場破壊者』か……!」
(戦場破壊者ってなに!?)
リグネに続いてアルゴダカールも慄いたように、
「戦場破壊者……! 俺たちが築いた陣地を何度も破壊しやがったあの……あの魔術には何度辛酸を舐めさせられたことか……! 軍団を壊滅寸前まで追い込まれたことは数知れず、奴の存在のせいで作戦が成り立たねぇってアラガンの奴が嘆いていた……」
(へぇ。やっぱりすごいんだ、ララちゃん……)
「まぁ人族ごと攻撃に巻き込むから、ある意味撤退戦の時に助かったが」
(何してんのララちゃん!?)
エリィが慄いたように見るが、ララはにこりと微笑み、
「天才は語らず。ただ業だけで語る」
「語れてないけど!?」
確かに護衛を頼みはしたけども! 守ってくれはしたけども!
魔獣こんなに倒して目立ちすぎだよ! 闘技場めちゃくちゃだし!
(あ、あわわわわ、さすがにこれは不味いんじゃ……!)
魔獣たちはララを怖がって近づこうとしないし、やりすぎた感がある。
目をぐるぐる回したエリィの様子にララは消沈したように肩を落とした。
「エリィ。うち、間違えた……? 役立たず……?」
(う!)
エリィは両手で胸を抑えた。
小柄なララの落ち込んでいる様は、エリィの庇護欲をこれでもかと刺激した。
その結果、
「お……おーっほほほほほほほ!」
エリィは口元に手を当て、胸を逸らして大笑いした。
闘技場中の視線を集めたエリィはビシッ! とララに扇子を向ける。
「よくやってくれましたわ、ララ! すべて計算通りです!」
「!?」
「野蛮な伝統を続ける鬼族たちもこれで少しは理解したでしょう! そう、このわたくし、ディアナ・エリス・ジグラッドこそ、鬼族を統べるに相応しい魔女将であることを! 人族の技術を以てすれば、歴史ある闘技場を破壊するのもお茶の子さいさいですわぁ!」
一万人の額に青筋が浮かぶ気配。
直後、怒号が巻き起こった。
「ふざけんな────!」
「鬼族の歴史をなんだと思ってやがる!?」
「ぶっ殺せ!! 今すぐそいつをぶっ殺せ────!」
(あぅうう……わ、わたしだって好きで壊したんじゃないよぅ……)
祭儀が始まった時とは比較にならないほどの殺気!
エリィ、涙目である。
「エリィ……うちのこと、そういう風に言ってくれたのエリィが初めて……」
ララは感動したように目を潤ませ、
「うち、エリィに一生ついてく。これからも張り切って魔術する」
「お願いだからほどほどにしてね!?」
「了解した」
「絶対分かってない奴だこれ!」
悪女ムーブが上手くいったことに安心はするものの、一抹の不安も残ってしまった。そうこうしているうちに魔獣たちも動き出しており、四人の姫もなんとか持ち直した。
「あのクズ王女は放っておいて、わたくしたちはわたくしたちの出来ることをやるわよ!」
「「了解!」」
「格の違いを見せ付けてあげるのです!」
「「王女、ぶっ殺!!」」
(いや掛け声怖すぎだから!)
冷や汗をかいたエリィはこちらを見ているとセナと目が合った。
セナは両手に剣を持っていて、向かってきた魔獣を斬り伏せていたようだ。
類友の頑張っている様子を見ていると、エリィまで嬉しくなってしまう。
(セナちゃん、もうわたしの癒しはセナちゃんだけだよ……一緒に頑張ろうね)
類友にエールを送ると、セナは何故かハッっとしたように目を見開いた。
彼女は何かを決意したように頷き、角が生えた兎の魔獣に向かって走っていく。
そこに気付いたラーシャ一味の一人「っす」が特徴的なデノイが気付いた。
「ラーシャ様、あいつ!」
「デノイ、行きなさい!」
「了解っす!」
デノイは槍を片手にセナに向かっていく。
ラーシャ一味は堅実に魔獣を狩り続けているから、セナを邪魔して勝利を確実なものにしたいのだろう。エリィたちは魔獣を灰にしただけで狩れていないし、眼中にも入っていないといったところか。エリィはもはや観客の気分で彼女たちを眺めていた。
「一時はどうなるかと思ったけど、ララちゃんのおかげでわたしの負けは確実だよ。ありがとね」
「ん。うちも魔術撃ててスッキリした」
「よかった。じゃあもうひと働きしてもらおうかな」
ララは心配そうに言った。
「何もしなくても負けは確定。もうやめといたほうがいいんじゃ?」
「大丈夫大丈夫! どうせ負けるんだし、最後はちょっとやり返したいし!」
「つまり……」
「セナちゃんを勝たせよう。で、あいつらにぎゃふんと言わせてやるの!」
調子に乗ったエリィは類友のために動き出す。
貧民街生まれのせいで同僚たちに虐められていたエリィは彼らの所業に思うところがあったのだ。死にたくない一心で後回しになっていたが、助けられるものなら助けたい。
(ピンチはチャンス。悪女的に受け止められたんだから、むしろ悪女っぷりを披露する時。そうですよね、ご主人様!)
決して真似をしてはいけない主を真似たエリィはちらりと闘技場の貴賓席を見やる。リグネはエリィをじっと見つめているものの、その感情は伺い知れない。
(むっふふ。対戦相手の邪魔をする王女なんて、魔王の嫁に相応しくないよね!)
「セナぁあああああああああああ!」
セナとデノイが接近する。
兎を狩ろうとするセナ。槍を突き出してセナを妨害しようとするデノイに、
「悪女キ~ック!」
「ぐは!?」
颯爽と飛び込んだエリィは飛び蹴りをかました。
ララの魔薬で身体能力が跳ね上がっているのだ。
地面を二転、三転したデノイの居た場所で、エリィは優雅に着地。
「さぁ、ララ。やっちゃいなさい!」
「りょ」
ララの詠唱が聞こえたのか、ラーシャたちがギョッと肩を跳ね、
「ちょ、王女!? 待ちなさい! それはさすがに人道に反し──」
「問答無用! 虐めは滅ぶべし! ですわぁ!」
「きゃぁああああああああああああああああああああ!」
「おーほほほほほほほほほ!」
ララの放った魔術がラーシャたちを一網打尽にする。
もちろん死なない程度に加減はされているが、黒焦げになって自慢の角も炭化寸前だ。ぷしゅー、と煙をあげる彼女たちを一瞥し、エリィは大満足。
「さて、残りは……」
「王女様……」
「セナさん、分かっていますわね。手加減は無用!」
エリィはセナに飛び掛かった。
これ見よがしに叫ぶ。
「勝者の獲物を横取りにする、これが人族のやり方ですわぁあ!!」
「!!」
……一閃っ!
セナの放った斬撃が、エリィの魔力障壁に激突する。
勢いに逆らわずに反対方向へ吹き飛んだエリィは、
「やーらーれーたー……ですわ」
ばたり、と力尽きたように倒れた。
セナの斬撃が魔獣を蹂躙し、七体の兎がセナの前に倒れる。
最後に残ったのは、エリィが消し飛ばした姫の一人──デノイだ。
「ま、まだ、終わってないっすよ……! これをあちしが狩れば……!」
手近にいた兎を狩ろうとしたデノイが、
「──っ!」
ちゅどん! と高速で跳ねた兎の頭突きがみぞおちに直撃。
腹に角が刺さったデノイが、「ちくしょう……」と言いながら倒れた。
「あれ?」
エリィは違和感を覚えた。
(な、なんかセナちゃん……あれ?)
その違和感の正体を探るエリィの思考を──
「…………」
シィン、と。痛いほどの静寂が塗りつぶす。
続いて、アルゴダカールの声が響き渡った。
「勝者、ガルボ氏族のセナ!!」
「「「お、オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」
大番狂わせに沸く観客たちにエリィは感無量の想いだった。
先ほどの違和感もどこへやら。達成感で倒れてしまいそうだ。
(これでようやく解放される……! 幽閉生活、やっほぉい!)
立ち上がって埃を払い、エリィは黙って出口へ。
「エリィ。いいの?」
「……敗者は何も語らず。それが勝負の鉄則だよ、ララちゃん」
あの部下にしてこの主あり、である。
結局のところ、エリィは一匹も魔獣を狩れていない。
五十匹以上の魔獣を消し飛ばしたのはララで、エリィは逃げ回っていただけだ。
(魔王様も失望したに違いないよ。ふふ、わたしの作戦は完璧に決まった!)
ララの魔術の威力は予想外だったが、それだけだ。
エリィの貧弱さは、その程度で覆るほどやわではない。
ちらっと見たリグネは何やら考え込んでいたようだし──
(ふふーん! 人類最弱のわたしに、魔王様も失望したに違いないよ!)
さらばです、魔王様。エリィは魔王城で幽閉ライフを送ります。
万感の思いを胸に秘め、敗者はゆっくりと出口へ歩いていく──
「お待ちください! わたしは、この勝利を辞退します!!」
その声が、聞こえるまでは。
本年もありがとうございました!
2022年の更新はこれで最後です。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆さま、よいお年を!




