第十四話 『勝利』への布石②
(おっとしまった)
エリィは笑顔の仮面を張りつけ、
「うふふ。お互い、いい勝負をしましょう? それじゃ、失礼するわね」
うふ、うふふふ。と不気味な笑みを浮かべながらエリィは歩き出す。
(挑発、大・成・功! わたしの勝利はもはや確定したも同然!)
エリィが危惧していたのはあの少女たちが実は魔族の穏健派で、エリィを勝たせようとすることだった。しかし、あの様子ではちゃんと人族のことを嫌っているようである。大事な部族の誇りを穢された鬼族の娘たちは、殺気だってエリィに勝とうとするだろう。それでいい。そうでなくては困る。
(えへへ、やる気を出した鬼族にわたしが勝てる道理なんてないし!)
ディアナの側で悪女ムーブを学んでいた甲斐があった。
完全に油断しきったエリィはだらけた表情で祭儀の間へ。
石造りの祭儀の間は中央に絨毯が敷かれ、左右の壁は獣の骨や皮で飾られている。最奥には祭壇が安置されており、その手前に五つの箱が置かれていた。
五つの箱には魔獣を狩るための罠や武具類が入っている。
しかし──
「う、ぅうう……どうしよう、どうしよう……」
(あら?)
端っこの箱がぶちまけられ、ガラス瓶や武具の類が砕かれている。
見れば、損壊した箱の前で一人の少女が泣きべそかいていた。
「こ、これじゃ魔獣に勝てないよ……殺されちゃうよぉ……」
(あらあら。これは……)
エリィは先ほど祭儀の間から出てきたラーシャたちを思い出す。
要は、嫌がらせだ。このおどおど少女は彼女たちに虐められているのだ。
先ほどこの場では、
『あらあら。どうしたんですの? これでは勝てませんわねぇ』
とかわざとらしいやり取りが行われたに違いない。
美しい桃色の髪の少女の泣き顔に、エリィは思うところがあった。
「ねぇ、そこのあなた」
「え?」
泣いていた少女が顔を上げ、ぽかんとした顔でエリィを見つめる。
「あ、王女様……」
「ごきげんよう。ガルボ氏族のセナ、でしたわね」
「う、うん……じゃなくて、はい、そうです……」
「その箱は、奴らに虐められまして?」
「はい……」
「どうしてなの? 何か理由が?」
セナは悔しそうに俯いた。
「わたし、一本角で、役立たずだから……あのラーシャって子は従姉で……氏族同士の会合で、よく虐められてて……だから、わ、わたし……うぅう……」
「泣くんじゃありません!」
エリィはセナの前にひざまずいて、その両頬を手で包み込んだ。
「いいこと、セナ。あんな奴らのために泣いてやる涙なんてないの。女が涙を見せていいのは、嬉しい時だけ。その涙は取っておきなさい」
「お、王女様……でも……」
セナは使い物にならない道具類を見て瞳に涙を溜める。
「一本角のわたしじゃ、道具がないと魔獣は倒せないし……」
「ララ」
「ん。まかせろ」
ララが運んできた箱がセナの前に置かれる。
エリィ用に用意されていたものだ。さすがに魔王の嫁の道具に手を出すことはしなかったのか無傷である。「え、え?」と困惑するセナにエリィは微笑んだ。
「これ、全部あなたに差しげますわ」
「えぇぇぇええ!? で、でも、そしたら王女様、素手で……」
「元よりわたくしにはこんなもの必要ありませんの。ララが居ますからね」
(道具を持ち込まずに祭儀に参加したら調子に乗った悪女って風に見られるし! そしたらますますラーシャさんたちが怒って、わたしの負けは色濃くなる! これぞ完璧な作戦ってやつだよ!)
内心でほくそ笑むエリィである。
そう、勝利が確定した以上、セナを手助けしたとしても問題ない。どうせ自分は負けるのだし、四人で潰し合ってくれるなら上々。セナが勝つようなら悪者が嫌な目に合ってスッキリする。これぞ一石二鳥の作戦。エリィ、渾身の策である!
「そうと決まればあなたに差し上げたいものがあります。ララ」
「ん。うち特製の魔薬」
ララが懐から取り出したのはフラスコに満たされた緑色の液体だ。
人族が誇る魔導技術の粋を込めたポーションは身体能力を向上させる働きがある。
「これを飲めばあなたも調子が良くなるはずですわ。さぁどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして」
にこ。と素の笑顔で微笑んだエリィにセナはおずおずと問いかけてきた。
「あ、あの。どうしてそこまで……」
「あら。泣いている少女を見捨てる王女が居まして?」
エリィは立ち上がり、セナに背を向けた。
「わたくしはわたくしが思う正義を為した。それだけですわ」
「王女様……」
「では、祭儀で会いましょう。またね。セナ」
ばさりと髪を翻し、エリィは堂々と歩き出す。
(決まった~~~~! わたし、今ちょっといいこと言ったんじゃない!?)
憧れていた乙女小説の一節。
いつかは言ってみたい、五指に入る台詞だ。
確信する勝利への酔いと充実感に心を満たされたエリィに、
「あ、あの……わ、わたしも、こっちだから……」
「…………」
隣に並んで祭儀へ向かう、セナ。
気まずい空気が漂い、かぁぁぁあ、とエリィは顔が真っ赤になった。
「さ、祭儀、一緒に頑張りましょうね……!」
「いっそ殺してください……!」
セナの精一杯のフォローに、エリィは両手で顔を覆うのだった。




