第十三話 『勝利』への布石①
──百獣の都。
──祭儀の間、控室。
先ほどの告知の後に通された部屋でエリィは打ち合わせをしていた。
相手は当然、宮廷魔術師でありポンコツ疑惑のあるメイド、ララだ。
「いい? わたしたちの勝利条件は絶対的な敗北。最下位狙いで行くよ!」
「むぅ。魔族に負けるのはちょっと」
難色を示すララにエリィは凄んだ。
「何言ってるの! ここで負ければ三食お昼寝つきの自堕落生活が待ってるんだよ!? 魔族に殺される心配もない、誰かに食べられる怖さもない! 隔離塔で優雅に本を読みながら、三か月間、最高の休暇を貰えるんだよ!? 自堕落ライフが欲しくないの!?」
「お、おぉ……」
天啓を得た信徒のごとくララは跪いた。
「うちが間違ってた。ごめす」
エリィはいい笑顔でララの肩に手を置いた。
「自堕落ライフ、欲しいよね? おやつ食べたいよね?」
「欲しい……食べたい……!」
「ならやることはなに?」
「エリィに従う。うちは何をすれば?」
エリィは満足げに頷いた。
「ララちゃんの役目はただ一つ。わたしを守って」
「ふむ?」
「わたし、全力で魔獣から逃げ回るから。殺されそうになったら守ってほしい。あと、適当なところで一位の人の邪魔をしようとするから、そこでも守ってほしい」
「……つまり、魔獣を倒さず参加者を攻撃する悪女ムーブを狙う?」
「理解が早い。さすがはわたしのお友達!」
そう、今回はただで負けるわけには行かないのだ。
派手に逃げ回った挙句、一位の人の邪魔をしようとする噂の悪女。
もしもリグネや鬼族がこの姿を目にすればどう思うかは想像に難くない。
目指すは悪女である。主人であるディアナについた悪評を利用しよう。
そして派手に負けてリグネの失望を買おうではないか。
(魔王様、なぜかわたしへの期待値が高すぎるし……!)
期待が大きければ大きいほど、失望も大きくなる。エリィがここで派手に負ければリグネは失望し、隔離塔に幽閉したあと一切会わなくなるだろう。
そうすればもう魔族に食べられる心配もない。
あとはディアナが振られるのを待てばいい。簡単な話だ。
「さて、そろそろ準備をしに行こっか。勝負は準備で九割決まるってご主人様が言ってたし!」
「……ディアナ姫って勝ったことなかったんじゃ」
「ララちゃん、何か言った?」
「エリィは策士。さすエリ」
「ふへへ。そんなに褒めても何も出ないよぉ」
祭儀の間の控室は岩壁に掘られた穴の一つにある。穴同士は側面に掘られた廊下で繋がっていて、祭儀に必要な道具類は祭壇が安置された祭儀の間にあった。エリィがララと共に向かうと、祭儀の間から出てくる三人の少女が。
「あら。人族の王女ではありませんか」
「あーえっと……」
エリィは必死に記憶を手繰らせ、
「確かハルヴィル氏族の……ラビット様?」
「ラーシャですわ! 誰が兎ですの!?」
赤と金の着流し服を着た三本角の少女──ラーシャが吼えた。
エリィはおっとりと首を傾げて頬に手を当てる。
「失礼しました。わたくし、人の名前を覚えるのは苦手で」
「ふん! さすがは下等種族でお山の頂点気取ってるだけありますわね。今ので底が知れましたわ」
「分かるっすわー。やっぱ人族って感じ。ガワだけ取り繕って気取ってるもん」
「うふふ。色気が足りませんわ♡」
(わぁ、やっぱり魔族にも居るんだなぁ。こういうの……)
ディアナの貴族院に付き添っていたエリィには慣れたものである。
第三王女という権力が弱い立場であること、よその男を漁っていたディアナは良くこうして同級生に突っかかられていたものだ。まぁ後半は本人の自業自得なのだが。エリィは傍観者の目線でそう思いながら、わざとらしく口元に手を当てた。
「まぁ、その下等種族に停戦まで持ち込まれた鬼族が何をおっしゃるのかしら」
「なんですって……?」
ラーシャの声音に険が混じる。
いいぞ、と思いながらエリィは続けた。
「色気やガワで勝てたら苦労はしないのですよ。そんなことも分からないからあなた達は野蛮なのです。せっかく力があっても何も出来ませんわよ。その立派な角は飾りですか? あ、ごめんなさい。分からないですよね、知能指数が低い鬼族の姫様たちには。わたくしったらとんだご無礼を……」
悲壮感を演じながらも相手を流しみるのも忘れない。
にやりと口の右端だけ上げて見えるようにするのが挑発のコツである。
『エリィ。相手を挑発したい時は相手の大事なものを貶めるのよ。あと正論。正論は暴力ね』
(ご主人様、エリィは今、あなたには感謝します!)
ディアナの言葉通り、鬼族の姫たちは殺気立った。
「言わせておけば……その生意気な口、叩き潰してやるっすよ!」
「テメェ、ワタシの美貌にケチつけてんじゃねぇぞ、あぁん!?」
(最後の人なんか変わってない? こわ……)
ちょっとドン引きするエリィに、
「魔王様に気に入られてるからって調子に乗らないことですわね」
ラーシャが絶対零度の眼差しで言った。
「お前は、絶対に祭儀で負かせます。覚悟なさい」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「は?」
ぽかん、とラーシャたちは目を丸くした。




