第十二話 エリィの覚悟
「その約束、男に二言はありませんわねっ?」
エリィが勢い込んで言うと、アルゴダカールは戸惑ったように引いた。
「な、なんだオメェ。いきなり元気になって──」
「あ・り・ま・せ・ん・わ・ね?」
「あ、当たり前だオラァ! やんのかオラァ!」
先ほどのように凄むアルゴダカールに、震えるエリィはもういない。
何故なら心が燃えていたから。ようやく巡って来たこのチャンス、逃してなるものかと。ぐるん、とエリィは面白がるリグネに振り向いた。
「リグネ様。あなたは?」
「言ったはずだ。魔王に二言はない」
「ならばよろしい」
エリィは不敵に頷きながら、内心で狂喜乱舞していた。
(言質、いただきました~~~~~~~!)
祭儀とやらの内容は魔獣を狩ることだと星砕きは言う。
より強い魔獣を狩り、魔王へ献上したほうが勝利なのだと。
ならばもはや、エリィを止められる者などいない。
(わたし、自慢じゃないけど弱さには絶対の自信があるし!!)
その辺にいる鬼族の子供に負ける自信がエリィにはあった。
そもそも人族と魔族とでは身体能力に差がありすぎる。その辺にいる鬼族の子供が二メルトを超える大岩を蹴鞠のように投げ合って遊んでいるが、エリィにはあんな芸当は出来ない。鬼族相手なら赤ん坊にも負ける自信がある。
(わたしの敗北=幽閉=勝利。この方程式は覆らない!)
目下のところ必要なのは生存への道筋である。
さすがに魔獣に食われるのは洒落にならないから、ある程度の戦闘力は必要。
そして、いかに華麗に、いかに手早く、いかに致し方なく負けるか。
この三つこそ、エリィの勝利に必要な最重要項目と言えよう。
先ほどの怯えはどこへやら、計算高く思考を巡らせたエリィは救い主へ水を向ける。
「アルゴダカール様!」
「な、なんだ」
「祭儀は魔獣と戦うことと伺いました。けれどまさか、誇り高き鬼族が人族の娘ごときに一人で戦わせるとは言いませんわよね?」
「はぁ? いや、魔王の嫁になるってんならそれくらい──」
「あら。怖いの?」
ハッ、とエリィは鼻で笑い、扇子を広げて口元を隠した。
「たかが人族に、あの星砕きのアルゴダカールを生んだ鬼族が遅れを取ると?」
いつの間にか、祭りの広場は静まり返っていた。
一万人の群衆がエリィとアルゴダカールのやり取りを見守っている。
「がっかりですわ。とんだ臆病者ですこと。いっそ『腰砕け』のアルゴダカールに改名したほうがよろしいんじゃなくて?」
「なんだと……!」
「ぶふッ」
リグネがたまらずに噴き出し、アルゴダカールの額に青筋が浮かぶ。
エリィは主人のことを思い出しながら、悪しざまに言った。
「そもそも! 魔女将とは《力》の象徴たる魔王の部下に信を置かれる相談役のこと! 求められるのは《力》よりも《信》であり《心》であり《知恵》でしょう! そんな事も分からないくらいなら四魔侯なんてやめてしまいなさい!」
ドドン、と憶測百パーセントで扇子を鼻先に突きつけるエリィに、
「屈辱だ……ここまでの屈辱は初めてだぜ、女ァ……!」
アルゴダカールの筋肉は今にも破裂しそうなほど膨む。
爆発寸前の火山を思わせるほど顔が赤くなった彼は叫んだ。
「いいだろう! そこまで言うならやってもらおうじゃねぇか、オォ!? 言えよ、女。オメェは何を要求する。強力無比な魔導具か。それとも千人の精鋭か!?」
「わたくしが望むのはたった一つですわ」
エリィが言うと、メイド服を着たララがピースサインで登場する。
「この愛すべき友人であり信を置くメイド、ララを護衛として同行させることを要請します!」
「…………それだけか?」
「それだけ? いいえ、これで十分ですわ。ララはすごく強いですわよ」
「……」
「……」
一瞬の睨み合いの末。
「いいだろう」
アルゴダカールは振り向き、
「鬼族はお前の提案を受け入れよう。そうだろ、オメラァ!!」
爆発のような歓声が響き渡った。
「その生意気な人族をぶち殺せ──!」
「やっちまえ、やっちまえ我らが四姫──!」
「二度とその減らず口を叩けないように躾けてやれぇ──!」
エリィはどれだけ味方がいなかろうがめげない。リグネが『殺すの不味い。幽閉すべき』と言った以上、死ぬことはないのだ。貧民街で呑まず食わずで二週間過ごした日に比べれば、こんな罵声は鳥のさえずりに等しい。
「面白くなってきたな」
リグネはにやりと笑って立ち上がった。
「其方が何を魅せてくれるのか、期待が膨らんで仕方ないぞ」
「ふふ。どうぞご覧あそばせ」
(わたしの華麗なる負けっぷりをね!)
鼻高々と胸を逸らしたエリィに頷き、リグネは前に進み出た。
「これより三刻後、鬼族による魔女将祭儀を始める!」
「オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ちなみに我の推しは王女だ。勝負と行こうではないか、アルゴダカール」
「おうとも! 今度こそオメェに一泡吹かせてやらぁ。気合入れてけよ、オメェら!」
「「「はい!」」」
「は、はいぃい……」
元気いっぱいな三人が嘲りの視線を向ける、弱気な少女。
この四人がどういう関係かは分からないが、今のエリィには関係ない。
(悪いけど、わたしの敗北が絶対条件。それ以外は構ってられないんだから)
特に関わることはないだろう。
そう、エリィは思っていた。
思って、いたはずなのに。




