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第三二話 惜別の翼 下

 距離は一瞬で詰まった。魔獣の巨体がすぐ目の前まで迫り、そして通り過ぎていく。


『っと……!』


 情けない話、自分でも反応しきれないほどの速度だった。お陰で剣を振るタイミングがずれた。


 俺自身がそんな体たらくなのだから、敵からすればわけが分からなかったかもしれない。実際、振り返って確認した時、キュレインの魔獣は明らかにこちらを見失ったようなそぶりをしていた。


『今なら!』


 ロストしている間に、再度攻撃を仕掛ける。あわよくば一撃で急所を突こうと思った。


 だが、奴の次の一手は完全に俺の意表を突いた。なんと一目散に逃げだしたのだ。『……!?』でも、分からないではない。相手を補足出来ないなら、そもそも戦うことだって出来ない。賢い選択と言えるだろう。


 それに、ルィンドから距離を取らせられるのも、こちらとしては有難い話だった。正直、機動に伴う衝撃波でスニーサ号を破壊しかねない。ここでは思う存分戦うというわけにはいかなかった。


 追撃に移ろうとした一瞬、甲板の上に立つルィンドの姿が見えた。その表情から、何を思っているかも簡単に推し量れた。大丈夫、すぐに終わらせる、そう伝えたかった。


 ……いつだって俺は、誰かを辛い目に遭わせたくないから戦ってきたはずなんだ。結果的に、毎度毎度それが出来ていないというだけで。今は、そんな俺の未熟を許して欲しい。



【ため息をつく俺は、     を覗き込んでシャーペンを滑らせていた。寝っ転がった風花の足が、リズムに合わせて動くのが、視界の端に見えていた。


「いーちゃんはマジメ過ぎるんだってば。せっかくの      、    、    でしょ? ようやく幼馴染の部屋に来たと思ったら、全然構ってくれないし!」


「構ってやってるだろ。おらさっさと中断しろ。   が風花を待ってるぞ」


「うー……あっ! あーぁー……いーちゃんのせいでミスした」】



 キュレインは進路を『シス・ラ・クスェル』へと向けていた。それまで様子見に徹していた空中戦艦も、敵が攻撃しながら突撃してくるとあらば、当然迎撃に動いた。瞬く間に弾幕が展開し、虹瑪瑙(イリスアゲート)の空を埋め尽くす。


 だが、キュレインは全く臆していない。魔獣の動きを見れば分かる。あの外套みたいな翼をはためかせて、光弾の雨の中を縦横無尽に踊って見せている。無論、完全回避というわけにはいかないが、一発二発で沈黙するほどヤワな装甲ではないということだろう。


 誘っているのだ、ここに飛び込んで来いと。


 時間切れになる前に。


『付き合ってやるッ!!』


 俺もまた、グランギオルと共に弾幕の中へと飛び込む。クスェルの手心など全く期待していない。キュレインが機動力と防御力で乗り切っているのなら、こっちは速度を頼りに突っ切るのみ!


『オオッ!!』


 強化された大鴉をはためかせると共に、翼尾をしならせて火線を掻い潜る。音速に届くかどうかという速度にも関わらず、小回りは十分に効いている。同じく砲火をいなしながらキュレインが魔導砲で狙撃してくるが、バレルロールで回避と突撃の両方を強引に成立させる。


 魔獣が副腕を振りかぶるのが見えた。が、遅い。すれ違いざまに振り抜く。魔獣の表皮は固かった。しかしそれさえ無理やり断ち切ってしまえる程に、グランギオルの膂力は強化されていた。


 さらに、離脱と同時、左手首の先を文字通り発射(・・)する。ヤンシュフと一体化したから、こういう使い方も出来るのではないかと思ったけど、直感が当たった。


 ロケットパンチよろしく打ち出された左手は、緒戦で傷を負わせた左肩に突き刺さった。そこへ更に魔力を送り込み、内部から爆発させる。致命傷を狙ったが、しかし思ったより小規模だ。もしかするとこの手の攻撃を中和する手段があるのかもしれない。流石は第四宗家宗主といったところか。


 だが、キュレインの執念と根性は俺の想定を上回っていた。


 グランギオルの左手は黒い糸によって本体と繋がっている。奴は、その糸を千切れかけの左腕に掴ませると、あらんかぎりの力を込めてぶん回した。


 視界がグンと揺れたと同時、俺は空中戦艦の甲板に背中から叩きつけられていた。大型車同士が衝突したって起こらないような轟音が響き、装甲板が凹むと共に、周囲の構造体がばらばらと飛び散った。生身だったなら骨がぐしゃぐしゃになって、肺を穴だらけにしていただろう。


 今の俺の身体は魔導傀儡。破壊の規模に対して、身体の損傷はさほどでもない。関節が増えた大鴉や、翼尾も無事に可動する。


 むしろキュレインの魔獣の方がダメージは大きいように見えた。なにしろカメロケラスで傷を負った上に、内部を爆破までされたのだ。その上で力任せに振り回したため、ほとんど千切れかけて……いや、今、自分で千切り捨てた。


 これで奴の腕は残り一本。魔導砲と一体化した右腕だけだ。


 だが、そこまでして俺を戦艦の甲板上に引きずり下ろしたのは理由がある。ここならばエディルフの横槍が入らない。よもや自分の乗った艦を攻撃するわけにはいかないだろう。その上、グランギオルの速さや小回りも活かせない。



 決闘をするぞ、ということだ。



 魔導砲の砲口が光る。俺は避けない。避ける必要がない。案の定、頭の上を通り過ぎていく。「飛んで逃げるなよ」と言っているのだ。


 だから、俺も奔った。


 戦艦の建材や残骸を踏み潰し、蹴り飛ばし、魔導砲の射線に乗らないようステップを挟みながら突っ込む。ならば、と魔獣がその翼から光弾を乱射してくるが、威力は低い。今の大鴉の出力ならば十分に弾き返せる。



【誰も彼もが      に身を包み、   言葉を交わして       だった。まるで影の王国に迷い込んでしまったみたいで、俺は無意識のうちに   の姿を探していた。


 でも、   がいるのは祭壇の上……そこに飾られた  の中だけだ。いつもしがみついていた身体は、       しまった】



 魔導砲の砲口から生えた銃剣に、魔力を纏わせた剣をかち合わせる。一瞬、グンと身体が沈みそうになったが、大鴉の三つの翼がそうはさせじと粒子を噴き出した。一度押し敗けかけた体勢から、逆に魔獣の得物を弾き飛ばす。右腕が大きく跳ね上がり、胴体ががら空きになった。戦闘兵器としての本能が、止めを刺せと逸る。


『っ、止まれェ!!』


 だから、俺は意思の限りを尽くしてグランギオルを制止し、後退させた。


 案の定、魔獣が全身から魔力の雨を放出した。奥の手の迎撃武器。空中戦艦のそこかしこに穴が開き、何かに誘爆したのかボンボンとあちこちで爆ぜている。避け切れなかった何発かを大鴉の翼で受け止める。炙られた箇所から焼き鏝を当てられたような痛みが駆け巡った。


 詰めた間合いが再び離された。だがまだいける。この技を吐かされるのは奴にとっても都合が悪い。再装填までには時間がかかる。全身を巡っていた金色の魔力が剥がれ落ち、表皮が剥き出しになっている。艦の爆発にまかれて姿勢も崩れた。


『そこだ……ッ!』


 突っ込みながら、身体を反転させ、背面飛行の状態で斬り込む。翼尾が甲板に触れて火花が散った。それに構わず、怪物の股下を潜りながら右足首を断つ。巨体ががくんと沈んだ。そのまま後背に飛び出し、翼の表面に刃を立てる。まるでスクリーンでも裂くかのように手応えが無かった。


『猪口才なッ!!』


 キュレインの怒声が響き渡る。振り返り様に繰り出された裏拳を、俺は避けられなかった。おかしい、腕は三本とも斬った……なんてことはない、魔導砲を手放していたのだ。まさか棄てるとは思わなかった。今まで重々しい、逆に言えば鈍重な攻撃を繰り返していたから、完全に裏をかかれてしまった。


 裏拳とはいってもこの重量差。あっさりと弾き飛ばされ、構造物を巻き込みながら甲板の上を転がされる。『ッ……!』当然追撃が来る。来た。残った一本足でサッカーボールキック。守りはしたが、大鴉の骨格がミシミシと軋む。今度は完全に艦の外へと弾き飛ばされた。


 錐もみ状態で落ちながらも、キュレインが、落としていた魔導砲を再び拾い直させたのが見えた。その砲口に光が溜まるのも。



【「いいか、イブキ。戦う前も後も、         よく考えて剣道をやりなさい。相手  く見て、相      く考えて、その全てを自分の    て引き受        」


  の一文字をつけてくれたのは、爺ちゃんだったんだ。


   の 。よく考えるということ。思いめぐらせるということ】



 ……俺は。


 まだだ、俺はまだイブキだ!


 ちゃんと憶えてる!!



『ヤンシュフッ!!』



 左手を射出し、今まさに放たれようとしていた魔導砲の中に突っ込ませる。俺の送り込んだ魔力とキュレインの魔力が干渉し合い、砲身を膨張させ、さらにはグツグツとその表面を沸騰させた。危険を察し、本体に爆発が及ぶ前に投げ捨てる。俺と奴との間で魔導砲が消し飛び、爆炎が両者を遮った。


 ……俺には分かってる。キュレイン・メトネロフが、何故こんな割に合わない戦いを始めたのか。


 思いめぐらせれば分かることだ。


 これは最初から、幕引きを必要とする儀式(・・)


 その役割が俺になることを、奴が望むかどうか、そこまではもう考えない。



『終わらせるぞ、全部ッ!!』


 

【「だから    と決めたんだ。こ  が  後も、ずっと元気に            、って」】



 大鴉の全ての推力を一点に集中、爆炎の中に飛び込み、突き抜ける。その向こうで、魔獣が腕で振り払おうとしているのが見えたが、遅い。動くよりも先に、俺の突き出した剣が、腕を貫通して胸部にまで達していた。魔獣が押し返そうとする。



【でも、この時の風花は、そこまで俺に意          。       ったアイスが けて、               。「お、っとと……」           を揺らしながら、      アイスを持っていく。ぱく         、「ん?」と振り返った。】



 さらに出力を上げる。魔獣の逆噴射を抑え込み、逆に『シス・ラ・クスェル』の反対側へと押し出す。剣から溢れた魔力が、突き刺された箇所を灼熱させ、さらに体内へと潜り込んでいく。


『貴……様……ッ!!』


『……!!』


 まだ足りない。



【   出たら、     に進     った。           より、現場に        けど、そ            】



 魔獣の最後の腕が千切れ落ちた。


 残った翼から必死に光を放出させている。だが、それではすでに、グランギオルを押し返すこと能わなかった。


 視界が物凄い速さで通り過ぎていく。雲が、太陽が、船影が、一瞬映っては消える。あるいは音までも落としてきたかのようだった。


 魔獣の胸に剣を突き立てたまま、濁った空の中を引きずり回すように飛び続ける。どこに向かっているのか、どの高度を飛んでいるのか、何も分からない。最早、方向を決めることさえ出来ない有様だった。それどころか大鴉の翼までもが、過剰な出力に耐え切れず溶解を始めている。


 それでもなお、キュレインの防壁を崩しきれない。




【「好きだ、風花」】




 魔獣の身体が何かにぶつかった。クトーシュの首塔。勢いを殺しきれない。外壁がガリガリと削れる。下敷きになった魔獣の翼や骨格が体液諸共飛散した。赤い跡を引き摺りながら、飛び石みたいに宙へと飛び出す。


『ッ?!』


 前方に支塔の頂上、止まったままの風車が見えた。今更止まれない。行くしかない、と思った時には、すでに飛び込んでいた。風車のど真ん中。羽根が折れる。瓦礫が飛び散る。あと一歩というところまで押し込んでいた剣がへし折れた。だが、胸部はもうずたぼろになっている。口から血の筋を流したキュレインが見えた。


『オルトセラス!!』


 右脚から飛び出した殺人装置は、だが、打ち込む寸前で根本から叩き折られる。キュレインの右手に魔力の残光。さらにもう一発、今度は俺の顔面に撃ち込まれる。視界ががくりと揺れ、その端に見えた……折られて、落ちていこうとするオルトセラスの残骸を掴み。



 それを、キュレインの胸の真ん中へ突き立てた。



 ……時が止まったかのようだった。俺にとっても、あいつにとっても。実際にはほんの一瞬のことだろう。


 硬直は、奴が自分の致命傷を直視すると同時に解けた。口から迸った鮮血がグランギオルの……俺の手を赤く染めた。その生暖かさは、高高度の大気に曝されてすぐに冷たくなっていった。冷たくなっていく早さに急き立てられるように、俺は口走っていた。



『言い遺すことは?』



 キュレイン・メトネロフの顔を、初めて見た。一目で貴族的と思わせるような風貌だった。怖いくらいに整った顔立ちの中に、高慢さや傲岸さ、それと等量の誇りや矜持が宿っていた。そして何より、若過ぎて全く隠しきれていない感情が。


 言い遺すことは、と言われて、最初に浮かんだのは安堵のようだった。それは一瞬で消え、次に疲労が、憎悪が、憤怒が、皮膚の下で蛇のようにのたくったのが分かった。蛇が動かなくなると、今度は悔しさがしばらく彼を支配し、最後に諦観と、そしてやはり安堵が残った。




「……無念」




 やにわに魔獣が動き出した。咄嗟に縋りつこうとするが、腕に力が入らない。あっさりと振りほどかれる。だが、すでにキュレインから敵意は感じない。彼の敵意は別の対象に向けられている。


 魔獣が口腔を開き、そこに残った魔力を集中させる。照準は回頭を終えて遊弋していた『シス・ラ・クスェル』。船体は明らかに満身創痍だが、それを突き動かしているエネルギーに一切翳りは見られない。




「クスェルウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」




 血を吐きながらの絶叫は、戦艦から放たれた無数の艦砲射撃によって搔き消された。メトネロフの魔獣は一瞬のうちにずたずたにされながらも、最後の一矢を敵艦に向けて放った。それは届くことなく掻き消された。



『嗚呼……』



 思わず俺は呟いていた。耳の奥には、奴が言った「無念」の二文字がこびりついていた。


 その言葉を抱えたままの俺に向けて、グランギオルが眠れと命じた。

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