第二五話 エニル空域会戦 上
クスェル艦隊を退けてから五日。さらにクトーシュ領へ舵を切ってからは五日目を数えている。その間、メトネロフ艦隊は何者にも遮られずに侵攻を続けていた。
一度はクトーシュと正反対の方向へ進んでいたため、余計に時間を費やすこととなってしまった。しかし、全軍が困惑に包まれているにも関わらず、未だに脱落者は出ていない。例え宗主の判断がいかに不合理的であっても、それに従うのがネビロスというものだ。ことにメトネロフのような家では、尚更その傾向が強い。
とはいえ、今回の侵攻そのものが、メトネロフにとって負担であったのも事実だ。いかんせん前回のクトーシュ領侵攻から一月半程度しか経っていない。終盤以外は圧勝の流れだったものの、その間に消費した物資は相当な量である。損傷した艦も修理が不十分なまま参戦しており、土台準備不足だった。
しかも、追撃戦とはいえクスェル艦隊と砲火を交えたため、その際に被弾損傷した艦も少なからず存在する。無補給無整備での敵地侵攻は、いかに戦力差があると言っても無謀だ。
結果、落伍こそしていないものの、艦列は大きく前後に伸びた。旗艦級の大型艦が列の中部を担い、その後ろに損傷艦や老朽艦を庇う形である。そうなると、必然的に先鋒を担うのは、船脚の速い小型艦ばかりとなった。
いずれも地球の尺度で一五〇メートル程度の全長の艦だ。鮫類のような船体の上に構造物を載せ、船腹からは魔力の粒子を放出することで揚力と推進力を得ている。艦首と舷側にはそれぞれ複数の発射管が設けられており、内部に爆雷や生体魚雷を装填している。フォルモンドにおいて一般的な戦闘艦だ。それが十隻、鏃のような陣形で前進している。
本隊とは常に半日以内の距離を維持しながら、先遣艦隊はクトーシュ領の露払いに努めていた。とは言え、先日の侵攻からさほど経っていないため、障害はほとんど存在しない。
「クトーシュの貧乏世帯じゃあ、防衛線を引くことだって出来ないんじゃないか?」
先遣艦隊の士官でさえそんなことを言い出した直後、彼らの前にクトーシュ艦隊が立ちはだかった。
もっとも、艦隊と言っても全長二〇〇メートル程度の中型艦二隻のみ。しかも内一隻は外目からも修理が不十分な状態である。戦いを挑むなど、到底無謀な陣容だ。少なくともメトネロフ艦隊はそう判断し、このエニル空域において抵抗戦力を撃滅することを決心した。
クトーシュ家の首塔から僅かに三日程度の距離しか離れていないエニル空域は、防衛側にとって最後の砦である。前回の侵攻に際しても、ここで足止めを行い、結果的にグランギオルの再起動まで時間を稼ぐことが出来た。
他の空域と同じく雲海が広がっているが、足元には標高の高い山々が連なっており、その意味では「浅い」空域といえる。だが、前回ここを守っていた塔はへし折られており、雲間にその残骸が顔を覗かせている。
メトネロフ艦隊がエニル空域の通過を決断したのは正しい。第一にクトーシュ領中枢への最短ルートであること。クスェル家の他の艦隊が動き出すことを考えれば、一刻も早くクトーシュを打倒するのは当然の判断だ。
第二に、既に防衛機能を破壊してあること。例え修復されているとしても最低限のことしか出来ないだろう。続いて第三に、攻め込んだばかりだからこそ地理を憶えているということ。無知は障害たり得るが、その懸念をある程度払拭出来ている。逆に情報の少ない空域を選んだ場合、余計な混乱が生じたかもしれないし、生きたままの防衛兵器とぶつかったかもしれない。
以上の理由から、彼らがこの空域を選んだのは半ば必然であった。
迎撃に出てきたクトーシュ艦隊を一蹴し、そのまま中枢まで雪崩れ込む流れが出来たと、誰もが感じ取っていた。
だが、彼らは思い掛けず足踏みをさせられることとなる。




