65話「英雄を目指したもの、もう1人」
「かかった! ………ばれた………」
餌だけ食いちぎられた仕掛けを目にしてアユムは項垂れる。
ビギナーズラックは無い様だ。
ちなみに坊主ではない。先ほどラーセンに手取り足取り体を操縦されて一匹釣っている。
一回味わった快感をもう一度とアユムが息巻いている。その姿を楽し気にラーセンは見つめている。ちなみにその後ろで料理を仕込んでいるのはマールだ。ラーセンが大型の魚型モンスターを釣り上げまくったのでその処理に奔走している。尚、『イックン、切れ味よさそうな肩書だったよね? 包丁のアルバイトする気ない?』とマールに真顔で言われたイックンは。
「残念やったなアユム。魚も生存競争中や。魚の気持ちにならんとな。因みにさっきのは惜しくもなんともなかったで」
水中で小魚vsアユムの戦い結果を中継する仕事をしていた。
ラーセンと並びにおやつで持ってきたダンジョン作物をひたすら食べ続けるタヌキチ。イックンのおかげでは飽きずに釣りを見ていられた。
「キュウ(マール姉さん。何か必要あればひとっ走りしてきますよ)」
「じゃ、権兵衛さん処でお茶っぱ貰ってきて。そろそろ水だけだと飽きた、っていう人がいるから……」
ちらりとラーセンを見るマール。
ラーセンはどこ吹く風とばかりに口笛を吹きながら釣り糸を垂れる。
「キュ!(了解です。マール姉さん!)」
「あと、結構な量が取れたからみんなを呼んできてくれるかな?」
マールは魚を捌く手を休め、しゃがみ込んでタヌキチの視線に合わせる。
「キュ!(まかせて!)」
赤面する(狸なのでわかりずらいが)タヌキチが元気よく答える。
「あと、10階層の師匠と15階層師匠達にこの手紙を………」
言ってマールはタヌキチが常に背をっているカバンに手紙を差し込む。
「あと道中食べてね」
リッカを5個カバンに詰め込む。
「キュ!(行ってきまーす!)」
駆け出したタヌキチを見送るマールとアユムとラーセン。
「……やっぱり異常でしたか?」
「うん。この小魚状態で小さな魔石が出来上がってた」
「異常じゃな。招集したのは正解かもしれんのう……願わくば。手遅れでないと良いのう」
ラーセンの言葉に2人は押し黙る。
今釣っている魚はモンスターである。川で発生し虫や同種を喰らいその魔法力を吸収して大きくなる。モンスターにしては珍しく、同種のままサイズが変化する種類だ。
先ほどラーセンが釣り続けた大物は魔石を持っていた。これは体内で魔法力を圧縮して生成される鉱石である。一般的に巨大なモンスターが稀に体内に宿すと言われている。
今の所小魚に魔石ができた例をアユムたちは知らない。
見知らぬ扉と相まって、ダンジョンの異常を疑わざる得なかった。
一方、大好きなマールからお願いを受け、やる気満々で進むタヌキチ。
あっさりと35階層に到着し、その場にいたナイトドラゴン3人に衆声をかける。
「キュウ!(今から36階層でお魚パーティーやるよ!)」
「ぎゃ!(エロエリートさん、それは本当ですか!)」
「ぎゃ(デザート持って行かなきゃいけないの♪)」
「ぎゃ(行きます!)」
レッド、イエロー、ブルーが答える。
「キュ?(あれ? 暗黒竜先輩は?)」
「ぎゃ(権兵衛さんに『畑のお世話を手伝ってほしい』と言われて尻尾振っていきました)」
「ぎゃ(ブラック様に改造してもらって小型化に変身できるようになってドヤ顔だったの、うざかったの)」
「ぎゃ(それを正直にいったら喜んでました。病気も末期です)」
散々な言われようである。
タヌキチは上司に対して全く遠慮のない、ナイトドラゴン3人衆の言葉に苦笑いを浮かべながら丁度到着したエレベーターから荷物の搬出と積み込みを手伝い、そのままそのエレベーターに便乗して10階層へ移動していった。
「ぎゃ(お土産もちましたか?)」
「ぎゃ(バッチリなの)」
「ぎゃ(タヌキチ君小さいのに懸命に働いてて可愛かったと思いません?)」
「ぎゃ(癒し系ですね。でも、卑しい系なのかも。たまにリッカに噛り付いてたし)」
「ぎゃ(それもまた可愛かったです)」
そんな話をしながら、ナイトドラゴン3人衆は36階層への階段を下る。
……35階層無人じゃない?
………………聞こえてるくせに返事が無い。うん。そうか。これが自由人ってやつか。
「ぎゃ(黙って語りなさいな。独り言がお仕事でしょ?)」
……ブルーが意外と辛辣だった。
さて、10階層に到着したタヌキチは冒険者組合長モルハスと飲食業協会の代表ダルタロスが居たのでマールの手紙を渡すと、それまで笑顔だった2人から一瞬笑顔が消える。
「タヌキチ、これから15階層か?」
「キュ(Yes,we can!)」
わからないからとやりたい放題のタヌキチである。
おじさん2人が話し合っているのでタヌキチは暇である。
なので3つ目のリッカをかじる。
安心の味わいである。
「タヌキチ、この手紙も持って行ってくれ」
モルハスから渡された手紙を器用にカバンにしまうと、タヌキチは片手をあげて11階層へ走り出した。
渋い顔をしたモルハスは一刻を争うといった様子で部下を地上との連携役として走らせる。
一方11階層に下りたタヌキチは突然抱えあげられ驚いていた。
抱えあげたのは若い女性である。柔らかくて気持ちいい、とほおを緩めるエロダヌキ。
「キュウ(僕には愛を捧げたマールさんと言う方がいるんだ。冷静になれ僕)」
そんなタヌキチの様子を微笑ましく眺める女は言う。
「楽しい狸さんね。そんなにマールっていう方は魅力的なのかしら」
タヌキチは女性の腕の中で固まる。
「大事な人がいるなら、私の話を聞かないかしら? ねぇ? 超級モンスターのタヌキチさん」
リムが冷い微笑みを浮かべタヌキチを見下ろす。
タヌキチは大量の汗をかいて目を逸らした。
「キュウ(………そっ、そんなことはない)」
それは悲しい肯定だった。




