105「敗北の日」
書き終わったー!
…あれ?巻き戻ってる……。
ああ、IPhoneでも書いてたんだった…。
さて。ここ数話舞台となる都市型ダンジョンの概略地図です。
①~⑫:ダンジョンタワー。東京ドーム20個分ぐらいの塔です。3個単位で北東、南東、南西、北西、に配置されているダンジョン部分です。その前面には草原エリアで、草原型ダンジョンとして初級モンスターが配置されています。それぞれの方角で種類が違うが食用に適しているモンスターが生産されています。
中央の四角:ダンジョン攻略中継エリア。中央の巨大コロシアム、周辺に12個の観戦場が存在する。入場料を払い各塔の攻略状況を観戦できる。ダンジョン産の食材を格安で提供される。定期的に賭けやショーが繰り広げられる。ボス戦は中央の巨大コロシアムで行われる。尚、18禁である。
そのほかのエリア
・ダンジョンとの間:結界が張られている。
・結界の外:1kmほど長さで農地を設置。隔離地としている。
・農地の外:商業区と住宅街区分けされている。北、東、南、西でそれぞれ特色があり。それぞれでコムエンド1つ分以上の巨大都市。
ではどうぞ!
「がう(何する。やめろ!)」
「はいはい、ちくっとするだけですよー」
「がう(その針痛いのだ! ちくっとじゃないグサッとだ!嘘つきーーーー!!)」
白衣の中年女性がジリジリ詰めると、アームさんはジリジリと後退する。
「ボッ(大将はいいじゃないっすか、グサッで。俺っちなんか1時間ごとにこの草食べなきゃいけないんっすよ……)」
「がう(グサッ、っていうな怖くなるじゃないか!!)」
「ボッ(え~大将。怖いんですか~)」
「がう?(はぁ? 怖くねーし。全然よゆーだし。あれしきの針なんか通さねーし)」
「ボッ(いや、注射なんで!刺さんないと意味ないんで!)」
「がう(見てろ、注射なんかには負けなーところ見せてやる!)」
震えながらアームさんが白衣の中年女性に近寄ると、白衣の中年女性は息を吐き出し、『ようやく覚悟が決まったのね』とヤレヤレと言った風でカバンから注射器を取り出す。
「……」
注射針を見て目を閉じるアームさん。
顔を背けるアームさん。
気づかないうちにジリジリ下がるアームさん。
白衣の中年女性を引きづりながら下がるアームさん。
「ボッ(大将~。逃げたら負けっすよ~)」
とワームさんに野次られるが本人は逃げてる意識がないので如何ともしがたい。
白衣の中年女性も頑張って注射を打とうとしているがいかんせんブレるので打てない。
「がう(逃げてねーし。みろ! この堂々たる姿を!)」
「アームちゃん。はい、怖くないでちゅよ~。落ち着いてね~。凄い体が揺れてますよ~。魔法力で抵抗力上げた肌を数ミリとはいえ刺すのに集中が必要なのよ。お願い」
中年女性とアームさんとの闘いは続く。
「じー(刺すの?……)」
「……(刺すけど、貴方の為よ……)」
ジリジリとせめぎ合う二人。
さて、アームさんとワームさんがこの地に適応するための処置を受けている間、他の面々はというと……。
まず師匠達の半数は現地職人たちと盛り上がり創作活動を。
残り半分はパーティを組んでダンジョン攻略に挑んでいた……。
更にチカリは現地魔法組合との情報交流で数日魔法組合に詰めていた。尚『コムエンドの10倍の構成員と10倍真面目な人たちがいるの! 天国!!』とはしゃいでいる。
残されたのはアユム、アームさん、権兵衛さん、ワームさんであるが……。
しかし前述した通り、アームさんとワームさんはこの地の『魔法力に適応するための処置』に苦戦していた。その為にもアユムと権兵衛さんは先行して、本来この地に来た目的、を果たそうと行動していた。
都市型ダンジョン、プトラ・シは北東、南東、南西、北西。それぞれに3つ、配置されている塔型のダンジョン。ダンジョンを隔離する様に、居住地域との間には幅1kmの畑が儲けられていた。そして、その畑に植えられている全てがダンジョン作物であった。
「驚いただろ?」
都市型ダンジョン、プトラ・シを収めるエリートダンジョンマスターヴァリアスがアユムたちを案内しながら笑顔で言った。
「正直驚きました……。ここまで大規模にされているとは……」
アユムを見ていると忘れられがちだが、そもそもダンジョン作物は不味い。
美食の冒険者をして『食べるぐらいなら死んだほうがましだ!』と言わせる味……。
それをこれほど大規模で……。ダンジョン作物の特徴は世界を対流する汚れた魔法力を栄養源に『急成長』する作物である。収穫に……つまるところ農作業に人手が、通常農作物とは比べ物にならないほどかかるのだ。驚愕の事実である。
「この国はね。昔酷く飢えていたんだよ……」
懐かしそうに語るヴァリアス。
このダンジョンが存在する国は昔、とある一団に占領されていた。
彼らはそれまでこの国が行ってきた農業を変えた。
実りの多い作物から、彼らの故郷で作られていた実りの少ない作物に……。
必然、国は飢えた。
権力者は富、国民は飢えた。
それは国民が権力者に刃向かう活力を、遺志をそいでいくこととなる。
「当時、中規模だが私のダンジョンの1つがこの国にあってね……。他のダンジョンマスターは人間のことなど気にしていなかったようなのだろうけど、私は顧客である人間の事が気になってね……。この都市型ダンジョンもこっそりと難民をかくまっていた施設が原型なんだよ……」
イケメンが表情を曇らせる。
その後この国は上手く国民のガス抜きをしていた。
奴隷を一代限りの地方領主などにして国民の怒りを国民に向け、国民同争わせるなどしながら疲弊して行く国を支配していた。結果、国は貧窮した。食うに困る国民が地方に多く生まれる。
それでも餓死者が少なかったのは、冒険者がモンスターを狩り、食料としていたからなのだが……。
「この国を襲ったその団体は、レベル神を認めなかったようでね。当初は狩れていたモンスターが、レベル持ちの者たちが老ていくにつれ、狩れなくなってね……」
そこでヴァリアスはダンジョン作物に目を付けた。
はじめは少量を自らのダンジョンで育て試しにこの国の村に配布した。
国で唯一許可されていた宗教施設の前にうず高く積まれたダンジョン作物。
「今考えても、本当においしくない物だったんだよ。……それでも火を通せば食べられるって思ったんだよ……。……それをまさか、不味そうな顔をしながら生でかぶりつくとは、想像もしていなかったんだよ……」
数日、その様子を見ていたヴァリアスは、ダンジョン作物を食べ終わったばかりのやせ細った親子が、宗教施設の前で感謝の祈りを捧げているのをみた。そして決意した。亜神であるヴァリアスにも子がいる。親子の姿が到底他人事に思えなかったのだ。
彼はそれまで溜め込んでいた『この国のダンジョンマスター並びに上司の神々の不正情報』を交渉材料に、各ダンジョンでのダンジョン作物の育成と、収穫物の人間の村々への配布を推進した。
「今でもお世辞にもおいしいと言えるものではないけど、それでもだいぶ改善したと思うんだよ」
笑顔のヴァリアス。
この国は2年前に革命が起こり、国をレイプしていた一団を駆逐した。
そして今では昔の様に土地に適応した作物を植えている。
この周辺地域を統括する魔王国からの支援もあり、国は順調に成長……いや復興している。
都市型ダンジョン、プトラ・シの東部には、この国の根幹をなす……ことになるはずの、大農業地域を目指し開墾が進んでいる。
結果が出るのにはまだ時間がかかる。
この国で最早食うに困りやせ細っていく親子を見かけることはない。
だが、この国の国民はダンジョン作物を食べることを止めない。何に生かされてきたのかを知っているからだ。
「だから私は、これが美味しいものになるのであれば……」
エリートダンジョンマスターヴァリアスは人懐っこい笑顔でアユムを見る。
「……」
世界は優しくない。
この国に覆いかぶさっていた一団の様に統治者はずる賢く、人の生き死になど『ただの数字』と考えるものが多い。人々は度々被害者として飢える。天候に恵まれず作物が育たない場合も、国が正しくても全員を食わせて行けず飢えることもある。
飢えが怖い。
しかし、だからこそアユムは農業が好きだ。
つらく厳しい現実と向き合いながら、努力に応じて成長し、人々を満たす糧になる。生きるための糧を作る。自分と満たす物。他人を満たす物。それは一時の幸せを作る者。壮大な想いと生き物である作物と向き合う覚悟。それらをひとまとめにアユムは農業が好きだ。
冒険者になってもその想いは変わらず、アユムは冒険者をしつつ、こっそりとダンジョン作物に手を出していたのはその気持ちが消えていなかったからだった。
「わかりました」
アユムは苦笑する。
ヴァリアスはダンジョンマスターだ。
本来の仕事は違う仕事だ。
でも、そんな人でもアユムと想いを同じくしている。
ジワジワと心の奥から暖かい感情が浮かぶ。
やる気スイッチが入ったアユムが初めの現場でもう4日。調査に明け暮れていた。
「ボウ(味が薄いが、不味さはなくなったな……)」
「そうですね」
2人そろって腰に手を当てウリ科のダンジョン作物を口にする。
パリッと爽快な音を立てて食べる。
この地に流れる空気中、地中の魔法力を吸収し成長したダンジョン作物は、口に入れると瑞々しく、味はほぼなかった。だが調理すれば十分に食べられそうな味である。試しに食べさせてもらった当初は、水分に苦みがあった。その後魔法力による調整の結果でこうなった。大進歩である。
「この作物も本来はドブの様な味わいの汁だったはずなんだけど……、僕らが見た時にはほんのちょっとの苦みになってた。品種改良でここまでやれるのは凄いね」
「ボウ(うむ。我らの魔法力流調整による調整なしでここまでやるとは……凄い男だ)」
鷹揚に頷く権兵衛さん。大規模茶畑を運営する彼もまたダンジョン作物の臭み、苦みを抜くのがどれほど大変か把握している1人である。故にここまで、食べられるダンジョン作物を育てた、苦労を察することができた。
ダンジョン作物の特徴として『早く育つ』『不味い』の2つがある。
ダンジョン作物はモンスターと同様で急成長する。その為収穫時期が極端に短い。これは『早く育つ』という利点ではあるが、食物として可食可能期間が短いことを指す。
次の『不味い』であるが、これはモンスターの特徴と同様に『攻撃手段』となっている為である。
アユム曰く『魔法力の取り込み方を調整することで、外が敵ではないことをダンジョン作物に教える、と落ち着いて、人間に食べさせる旨みを調整する』。これはコムエンドのダンジョンマスターが論文として発表していた。それによって神界では一時期ダンジョン作物ブームが巻き起こった。
だが、神々が注目し、そして作られたどれもが確かに苦みは、臭みはなくなった。が。旨みまでは至らなかった。アユムたちの理論をコムエンドのダンジョンマスター経由で指導を受け、時間をかけ、『ゆっくり成長する』『美味い』へと品種改良しようとした者達もいたが、どうしても無味無臭にしか至らず、どうしても非常食の域を超えなかった。それでもダンジョンという閉鎖空間で糧を得る手段としては上々改善となっている。
味は進歩した。だが、誰がどう頑張っても再現できないことがあった。『モンスターの自我』は発現である。それは今でも神界の研究者達にとってアユムの起こした現象は翁研究テーマとなっている。
「……でも」
「ボウ(広いな……)」
権兵衛さんとアユムはダンジョン区域と居住区の間に、『整然と続く』畑を見て溜息をつく。
ダンジョン作物に助けられていた国だけあって、信じられないことにこの広いダンジョン作物畑が整然と管理されていた。週に1度の収穫まで『遅く』していたようだが、それでも頻繁に発生する収穫は重労働であろう。
15階層では2週に1度まで成長速度を遅くし、旨みをためる調整をしたダンジョン作物を育てている。だが、それでも広がった農地を活用しきれるほど農地を広げられていない。活用できているのは元の15階層の広さ+α程度である。それがアユムと数名で管理できる限界だったのだ。
「土壌改良と魔法力の地脈調整ですかね……」
「ボウ(ふむ。わが茶畑で行った方法だな。良いと思うぞ)」
この整理されたダンジョン作物の畑をみて、アユムは反省したことがある。
アユムは広大な空き地がある。または放棄地がある。そう踏んで自分のダンジョン作物、その種をもってきていた。
だが、この畑を目にして思い上がりに気付いた。
ここを管理する者たちはアユムなどより長く、そして愛情をもってダンジョン作物と向き合ってきたもの達なのだろう。この都市型ダンジョンができたのは最近かもしれない。でもそれ以上の時間ダンジョン作物に愛情を注ぎ、作物が答えようと頑張っている。アユムが方法に気付いたのは冒険者をしていたから。そのまま農家さんになっていたら気付かなった。ある意味幸運である。その幸運に甘えていた。アユムは整然とした畑をみて反省する。そして、自分のノウハウがこの畑に加わるとどうなるか興奮していた。
「ワームさんが出てきたら本格的に始めたいですが。その前にこの畑の管理者さんと打ち合わせをして地脈調整術の説明をしたいですね」
「ボウ(まかせろ。そのあたりは既にヴァリアス様と話をつけている)」
「流石。早いですね」
「ボウ(何、この規模があと7つもあるのだ先回りせねばな)」
そういって豪快に笑う権兵衛さん。
アユムは大きく息を吸って、そして大きく吐き出す。そして会心の笑顔をダンジョン作物畑に向けると、『よしっ!』と勢いをつけて歩みだす。
権兵衛さんはその光景を見ながら別の意味で息をついていた。
(最近の精神的に危ういバランスにあったアユムが、安定している。良い事だ。外の畑に触れれば、自分以外の農業従事者に触れれば、と考えていたが、思惑があった多様でなりよりである……)
アユムの状況はアユム以外がよく知っていた。アユムはそれだけ周りに愛されているのだ。
さて、真面目に仕事をするアユムたちとは違い、遊び……ダンジョン視察をに従事していた師匠達はと言うと
「よし、今日で1号ダンジョン攻略だ!」
ランカスが最上階の扉の前で槍を振り上げ、どう猛な笑みで息巻く。すっかり現役に戻った気分のようだ。
その頃、そんなランカス達の様子を見ている者達がいた。真面目に仕事に励んでいたチカリである。
「全く。あのオヤジどもは何やってんだか……」
巨大モニターと化している『映像璧』と呼ばれる壁を囲うように飲食店が設置されている。ここは中央区の1号ダンジョン中継施設である。
この施設は中央に四方巨大な壁を設置、そこに時計回りに1階層から最終階層まで映し出されている。
ここのダンジョンは幾重にも安全対策を講じられているため見世物のようになっている。更にこうして監視されているので冒険者による冒険者への犯罪行為の防止に貢献していた。
「ケーキ追加で」
チカリはウェイターに追加注文を告げると、テーブルの上にうつ伏せに倒れ込む。
「おっと」
チカリの向かいに座っていた女性、賢者の娘は自分の紅茶を退避させると愛おしげにチカリを見ていた。
「暴れたいのね。わかるわ……」
……。聖母の微笑みで何か言いました。
「あ、このケーキに挟まってるフルーツ美味しい♪」
「あら、こっちのお菓子も美味しいわよ」
チカリと賢者の娘はランカス達の活躍を映し出す壁を眺めながら、スイーツを楽しんでいた。
甘味が少ないこの時代では、コムエンドの様に余程生産地に近い大都市で無ければスイーツは貴族の食べ物である。
「しっかし、改革が始まって数年の国でここまで巨大都市ができるとはね……」
「ふふ、それはね。うちの甥っ子と人形王の肝いりですからね」
さらりと重要な情報を出す賢者の娘。
「甥っ子?人形王?」
「そうよ。何を隠そう、人形王の創造主は私の甥っ子ですのよ」
「……えっと、うん。聞かなかった……」
「うふふふふ」
このまま聞くととんでもない情報が出てきそうでチカリはこの話をなかったことにした。
賢者の娘は賢者の娘でチカリの反応に満足して人形王が展開しているスイーツに舌鼓を打つ。
大英雄と賢者の一族恐るべし……。
『告知! 1号ダンジョンで最終エリアに到達した冒険者一行が決戦控室にたどり着きました。決戦は3時間後を予定しております。観戦ご希望の皆様はコロシアムへお急ぎ移動願います』
チカリが現実逃避しつつ、壁に映し出される冒険者たちの様子をうかがっていると、赤字で大きく告知が走る。どうやらランカスたちがボスエリア手前まで到着したようだ。
告知が終わるとこの施設からコロシアムに向かうべく大扉が開かれる。
『はぁ?次回ボス戦は18時開始になります。だぁ?』
呆れた風のランカスの声が中継施設に響く。この都市、このダンジョンは異常なのだ。
『おいランカス。このクッキー美味いぞ!』
チカリたちが居るスイーツ店の商品である。
そっと流れるテロップ。広告である。
呆れた商魂である。
チカリは頬杖をつきながら、それまで値段から二の足を踏んでいた客たちが『旨い旨い』と豪快に食べ始めたランカスたちの映像を見て店に向かってくる。
こうして推し冒険者の応援をしていた者達、フロアボス戦闘で賭けをしていた者達、そんな者達を観ながら飲食店で黒いでいた者達、それぞれがそれぞれの目的で移動を始める。
「商売上手ね……」
「凄いよね。でもこの都市がこの姿を得てまだ数年しか経ってないの、これが本当の形になるにはもう数十年必要なのよ。そう、まだまだみんなで頑張らないとね」
ぽつりとチカリがこぼした言葉に賢者の娘は笑顔で答える。
見た目清楚系暴力機関の言葉にチカリは目を丸くした。
学会で出会った頃の様に、この都市の未来を語る賢者の娘は輝いているように見えた。
「じゃ、私たちも行きましょう。挑戦者の情報が少ない上に高齢の者が多いから、倍率いいのよ。これは設けるチャンスよ!」
「……」
感動を返せ。
「最近研究費が嵩むのに魔王ちゃんも人形王もケチなのよ」
「……」
チカリは賢者の娘が使っている額を知っているため、閉口である。
その後チョイチョイと化けの皮が剥がれていた賢者の娘と共にコロシアムへ移動し、ビール片手にお小遣い稼ぎができたとか。
「ちょっまて! ボス戦が集団戦闘ってなんだ! 初戦が牛パパ、次が牛太郎、牛次郎、牛三郎、牛花子で最終戦が牛ママって、何の嫌がらせだよ!!!」
ミノタウロスファミリーVSランカス達。
結果は如何に!!
「……おかしな街だ。だがしかし、このような街も良いものだな」
観戦席からランカスたちの戦いを満足そうに見下ろしている青年、イエフはミノタウロスの串焼きを片手に満更ではない笑顔を浮かべる。そして……。
「ここがコムエンドではないとは……いったいどこがコムエンドなのだ?……お、あの商品面白うそうだ……。ちょっと、商人さん。アーテルランドという国に興味はないかい?」
盛大に迷子の様だった。
……大陸の反対側にどうやってきたのだろうか……。
こうして更に数日の時が流れた……。
その日アユムと権兵衛さんは笑顔で街を歩いていた。土地の魔法力流の調整についてダンジョンマスターのヴァリアスに話すと、瞬く間に変更がなされた。結界の近くにあったので干渉が楽にできたらしい。
その後、農地管理者の面々と会合を持ち、アユムの管理手法を伝えた。丁度今日の収穫から試すそうだ。その点非常に楽しみなのと、昨日からワームさんが出所してきたのだ。これをもって地中の魔法力流を乱していた不純物の整理とワームさんが産出する肥料が伝動効率を高め、より味の濃い作物が出来上がる。はずである。
「楽しみです」
「ボウ(楽しみだな。だが、他の地方も見てやらねば、これから向かう先は葉物野菜の地方らしいぞ)」
「ですね!」
アユムが食い気味に答える。
今アユム達がいる場所は、巨大都市しかもマスターが地中の魔法力流を管理するダンジョンである。
『地脈移動貝35号、北東発南東行き。間も無く起動いたします。結界により閉鎖空間となります。駆け込み乗貝はご遠慮ください』
アナウンスが響く。貝というのはアユムが現在いる、ドーム型の空間を意味する。
バタバタと駆け込む乗客を待って貝は青い色の結界を纏う。
転移ではなく、地を流れる魔法力流を利用した空間の入れ替え魔法である。転移魔法でこの規模をやろうとすると神が出張る必要があるが、この機能を使えば通常の人間の魔導師で可能となっている。巨大都市ならではの流通事情である。
「便利」
「ボウ(便利だ)」
笑顔で絶賛する2人。『コムエンドで導入してくれないかな』などと話しているが、極力その話はコムエンドのダンジョンマスターの前ではしない方がいい。ヴァリアスであるからこそ、そしてこの都市型ダンジョンであるからこそできることであって通常の多層型ダンジョンでは非常に難しい、ヴァリアス出さえ不可能なことであるのだ。
『出発いたします』
アナウンスと同時に結界の色が黒に代わり『ブーーーン』と低い音が響き渡る。アユムたちも初めて利用した際に恐怖を感じた一瞬であるが、これも1分ほどで離れた場所に到着する優れものだと知ってしまえば怖さもなくなる。
少しの沈黙。
『到着いたしました。結界が解除されるまで少々お待ち下さい』
アナウンスと同時に結界の色が青に戻り、半透明なそれは外の景色を確認。乗客がほっとしたその瞬間であった。
「……」
アユムの首元に手刀が突き付けられた。
ガラスが割れる様な音がアユムの脳裏に響き渡る。咄嗟の事に対応しきれず固まるアユム。
圧倒的なプレッシャーに動く事ができず、権兵衛さんと2人動けずにいた。
「……ふむ。咄嗟に力を行使してみたが対応できぬとは人違いであったか……早とちりとはいかんいかん。ここはコムエンドではないしな『アキトの息子』がいるわけもない……」
アユムは絶対的な力の差を感じる。
のんびりとした口調の人物だが、圧倒的な強者である。
何より……。
「これは失礼したな神剣使いよ。何やら防御結界を壊してしまったようだ。早めの再構築をお勧めするぞ……」
突然アユムを襲った男、イエフはアユムでもわかるほど格上の、神剣使いであった。
『結界、開きます。皆さま、本日もご利用ありがとうございました。走らずゆっくりと降車願います』
アナウンスと同時に結界が開所され外の空気が流れ込み、人も動き出す。同時にイエフのプレッシャーも霧散しアユムと権兵衛さんは膝をつく。動悸が収まらず、その後しばらく貝運営本部の医務室で休むことになった。
そして翌日、アユムはベットから起き上がってくることはなかった……。
~ダンジョンマスター同士の会話~
「想定内であり、想定外でしたね」
「ああ、まさか世界の反対側に向かっていたはずの『彼』が現れるとは……ね」
「切欠は……」
「今回の大陸横断同期転移だろうね。どこかの転移スポットを使おうとした『彼』を巻き込んでしまったのだろう」
「『彼』の現状は?」
「既に近隣スポットに移動したようだ……。しかしアユム君は運が悪い」
「ええ。まさか『彼』がこちら側に現れるとは……。それで、アユムに仕掛けられた術式解析はわかりましたか?」
「勿論、夢幻牢獄という少々厄介な代物だったよ。想定通り犯人も抑えて裏取りもできた」
「『彼』には困ったものです。『彼』の介入が無ければこのようなことには……」
「まあまあ……、何事も計画には不安定要素が存在する。今回は運よく頼もしい同行者が多い。彼らに期待しよう」
「巻き込む前提で連れてきてますからね」
「ふふ。彼らにとってエンターテインメント。アユム君にとっては現実と向き合う良いきっかけ。それぞれ良い方向に転がると良いね……」
「ええ、その為に連れてきましたからね。『彼』がコムエンドに来た時に、抵抗すらできない、では……かわいそうですからね……」
「ふふふ。では我らはいつも通り、頑張る彼らを見守るとしよう」
「裏で飛び回っていた羽虫さんたちにはそれ相応の報いを与えながら……ね」
「怖い怖い」
「……貴方発案の案件ですからね?これ」
こうして計画された、アユムの試練、は突然に訪れる。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
では『いつものやつ』行きます!
~~アームさんの愛の説教部屋5~~
アームさん「皆さん今晩は、みんなのアイドル、アームさんです」
(ゆっくりとお辞儀するアームさんwith蝶ネクタイ)
アームさん「……えー、この人?マジで?ぐう鱈が既にキャラ覚えてないんじゃない?」
……ガチャ
・・・
・・
・
グールガン「……久しぶりに帰宅したら娘が『おじさん。こんにちは~』と言ってきました(;つД`)……」
アームさん「……(切ない!)」
グールガン「……洗濯物が一緒になったら嫌かなと思って別にしようとしたら、『あ、一緒でいいですよ』と幼児から少女になったばかりの娘に敬語で話をされました(;つД`)」
アームさん「……(敬語!)」
グールガン「……彼氏ができたらしく紹介されたのでそっと耳元で、『沈めるぞ』って囁いてみたら、状況を察した嫁に殴られ気絶しました。気絶から目が覚めると家族そろって下界にお食事に出ていました。俺、家族じゃないの?……ちなみに、フェンリルの犬丸は連れて行ってもらえたらしくいませんでした(;つД`)」
アームさん「……(なんだろ。お父さん。ふぁいと!)」
グールガン「……」
アームさん「……まぁ、一杯飲めよ」
グールガン「……一杯と言えば、仕事で絡んだ上役が……」
アームさん「……ほうほう」
グールガン「……てな感じで無茶ぶりを……」
アームさん「……へぇへぇ」
グールガン「……聞いてる?俺だけ外れくじ引いてるんだよ」
アームさん「……ほうほう」
グールガン「……あ、嫁から地上土産のリクエスト来た!」
アームさん「……はいはい、なるほど」
グールガン「……ちょっ、ごめ! 明日までっぽいからダッシュで探してきます! アームさん、話聞いてくれてありがとう! またね!」
ガチャ!
バタン!
バタバタバタバタバタバタバタバタ
アームさん「……」
アームさん「……」
アームさん「……」
アームさん「……結局幸せなのか……」
アームさん「……てか、あいつこのコーナーを何だと思ってんだ?」
アームさん「散々、説教へ入れないような、お父さんあるあるを話していきやがって……」
アームさん「……はぁ、アユムにあまえてこよっと……」
解説:グールガン 26歳(人間に換算した年齢)。白髪。見た目ドワーフだが、天使と呼ばれる種族。ダンジョン監査官。白の神の眷属。1章で暗躍してアームさんを奪おうとした亜神。天界亜神居住区に嫁と娘がいる。尚、おとーさんはお口臭くない。
~~アームさんの愛の説教部屋5(完)~~




