0話「始まりの日、終わりの日:前半」
おひさ! ぐう鱈リターンです!
彼は空回っていた。
ギシッ
縦に長い印象を受ける男は、彼が提出した資料をデスクに放り投げると、男は椅子の背もたれに体重を乗せる。椅子はその体重を受け、耐えるような音を鳴らした。
「だから、言っているでしょう?こんなものもって来られてもうちは動けない。ていうかさ、なんで直接私の所に来るのかな?順番ってやつがあるでしょ?」
言葉と共に漏らされた嘆息。それは明らかに侮蔑の色が見られる。
『常識ってやつがあるのか?』と冷笑されているに等しい。
「分っています。ですが! それを押してでも直ぐに動かねばならないのです! だから「それは君の理屈だ」……」
言葉を被せられて彼は黙りこくる。
普段は冷静な彼なので、指摘されればいかに焦っている状況でも理解はできた、自分の非常識に。
大きな組織体で何かを通そうとするのであれば、遠回りするのが最善で最短の方法である。
何故って? 簡単である。大きな組織とは多数の者たちの集合体である。
集合体で一部無理をすると、それは全体に連鎖する。
知っていれば対処できるが、知らぬと対処に大きな労力がかかってしまう。
訳の分か名ぬ他人の理由で駆けさせられる労力は、簡単に恨みに・不満に・敵意に変わる。
勝手を押し通すために無理を進めると、その歪みは無理を通す者にとっては小さく、しかし歪みを受け歪みを正す者には大きな影響として跳ね返る。
ジリリリリリ
彼の反応に苦笑いを浮かべる男はデスク上の黒電話が鳴るとこれ幸いと黒電話に手を伸ばし、『黙ってろよ』と彼に視線を投げて黒電話をとる。
「はい。こちら地上安定部ダンジョン統括管理課U8919統括管理官です。……はい。……はい。……」
U8919統括管理官と名乗った男は、電話先の音量に眉をひそめつつも要件を聞いている。やがて、驚きに目を見開き男は自分を宥めるように息を吐き、彼が持ってきた資料を手に取る。
「はあ、ですが……。……はい。……はい。すみません。確かに越権行為です。申し訳ございません」
男は眉をひそめながら彼を見る。
如何ともしがたいと苦笑いを見せると、男と視線を合わせ短く首を横に振る。
彼も気付いた。これは勝手な行動をする自分への何かしら行動が起こった連絡なのだろうと。
行われるのはペナルティー。
まず間違いない状況だが、目の曇った彼は『光明があらわれた』と勘違いをしている。追い詰められたものは藁でもつかむ、差し出されたその手を掴むと終わるのだが、それでも彼は手を伸ばす。
「……はい、承知しました。はい、今こちらに居りますので。はい。向かわせます。はい。はい。はい。では、失礼いたします」
男は見えない相手に深々と頭を下げると黒電話を置く。そしてため息。
「はぁ……、なんで居るんだよ。アイコンタクトで戻れって言ったじゃんかよ……」
「俺はあきらめられないんだ。そして時間が足りないんだ。だから「君は『自分自分』と私達を見ていない。状況的に同情はするが……、いや状況が状況だけにもっとうまく立ち回らねばならなったはずだ」……」
男は再び彼の言葉を遮ると『友人として、先輩として、心底残念だ』と言わんばかりに表情を変える。
一拍。
男は彼への親愛の情をそぎ落とし、極力冷静に言い渡す。
「第13会議室に向かいたまえ。1級管理官、大天使ヤー・カー。3級神の皆様がお待ちだ。君の言葉を聞きたいそうだ……」
「3級神……」
彼、大天使ヤー・カーは思わぬ大物の登場に喚起した。そして笑顔で男に礼を言うと去っていった。
「……あの天才ヤー・カーも終わりですね……」
彼が去って、男が脱力していると男の部下である大悪魔の女性が男に視線を向けて呟くように言う。
「ライバルが脱落して嬉しいですか?」
男が彼女の言葉にピクリと反応したの見て、今度は明確に言葉を投げかける。
「嬉しい……訳ないよ。性格悪いなぁ……」
「大悪魔なもので」
どちらかというと悲しそうな男の表情に満足した彼女は、それだけ言うと書類に目を落とし仕事を再開した。
「……豊穣の女神の失踪か……」
「女神とは言わず、神は気まぐれです。世界を構成する大事な歯車だというのにね……」
彼の独りごとに彼女が食いつく。
彼女が亜神となる経緯で英雄的な行動と、多くの苦難をきり抜けてきた。そもそも天使と悪魔という亜神種族は、人類が自らの行いを【正しい】と、【信じるため】に作られた概念、それを守るために発生した種族である。勝った側の理論が【正義】として、負けた側の理論が【悪】になる。そうしなければ生きていけなかった。そうしなければ発展できなかった。変化のすくない世界を管理する神々にとって多様性を発展性を生み出す概念は重要である。それこそ亜神の一部をその概念に染めても惜しくないほどに……。
「まぁ、そういうな……」
「……」
エルフとして長い時を種族を守るために活躍し、彼女の最後は内戦で仲間に裏切られて毒殺されている。無念の内に亜神になりうる精神を構築していた彼女は亜神となって悪魔と呼ばれる種族を賜った。そして自らの国で起こった内戦が天界の管理不備による影響であることを知った彼女は、あろうことか亜神だが仕えるべき神に良い印象を持っていない。
「でも統括管理官……覚悟をしておいた方がいいかもしれませんよ」
「……いやいや、厳しい会議でお説教と減給程度でしょ?」
「自分勝手に追い詰められたと勘違いした人がやることはいつも……」
「……あ。うん。彼も神への依存が強い亜神だからね……たしかになりそうだね……」
「「自滅に」」
声がそろい、彼女は満足げに仕事に戻り、彼は大きくため息を吐き出して項垂れる。
「上手く立ち回れよ……」
できないことだと知りつつ望む彼だが……、男が処罰を受けたことを、たった1週間後に聞くこととなる。
一方、3級神会議で絞られた男は翌日自らの職場に出社すると、そこには白い鎧に身を包んだ天界の正規兵が居た。
「1級管理官、大天使ヤー・カー。我ら貴官の監視並びに地上への配置替えとなった天使アキトの代替作業員として任官した」
「アキトが地上?何を仰られているのですか?この組織における人事権は……「昨日付けで私が受け持っている。3級神会議で聞いているはずだが?」……しかし、何故こんなにも急な……「急ではない。1年前より申請されているぞ?」……」
暗に『豊穣の女神が居なくなって1年貴様は何もできていない』と言われている。
だが男はそのことに気付かなかい。
前述したように亜神は精神生命体、つまり情報整理に特化した特殊生命体の色が強い。その為長い時間で得た情報を整理するために、地上配置という名の地上休暇が認められている。
7日後。
「……残念だよ。1級管理官、大天使ヤー・カー。君は3級神会議の警告を無視し度重なる業務放棄を続けた。これは由々しきことだ」
「……」
男、1級管理官、大天使ヤー・カーは声が出せない状況で、気候を管理する3級神の言葉を憎々し気に聞いていた。
「……という事で、君は失うには惜しい存在だ。故に我ら3級神会議は君に強制休暇を命じる。君が行きたがっていた地上だ。ただし、君は赤ちゃんから始めてもらうけどね……。さぁ、行くがいい。君はその仕事が何に影響するのかを知るといい。今の問題は再び戻って、それから考えるといい。遅くはないはずだ」
気候を管理する3級神がそれだけ言うと大天使ヤー・カーは徐々に光の粒子へと変わっていく。
(馬鹿な! 遅いに決まっている! くっそ! やつか! あいつか! 我らが女神より、己の休暇が大事か! おのれ! おのれ! おのれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
大天使ヤー・カーは深い絶望と激しい怒りにとらわれていた。
大天使ヤー・カーが完全に消え去ると、気候を管理する3級神は深いため息をこぼす。
「僕の話をちゃんと聞いたのかな?彼は……」
その年、とある王国に3番目の王子が生まれる。
その王子はその国には存在しない黒目黒髪をしており【災厄の王子】と呼ばれることになる。
名をイエフ。大天使ヤー・カーの転生体として選ばれた子供である。
その2年後、遠く離れた王国で大天使ヤー・カーの同僚天使アキトは男の娘に恵まれる。天使という地上では不安定な存在が人間との間で生まれた子はとある村にかくまわれる。
名をアユム。本作の主人公である。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
更新が続けられたらいいな(願望)
でも、年末年始は飲む機会が多いので。。。




