96「ダンジョン防衛線2」
おっは~!
刻んでいくスタイル!
……予定調和です。
「……」
スッと体を引き、ニャンダーへ通るように促す魚。
魚は何も言わずランスと盾を地面に置きそこからも下がる。
警戒心が解けないニャンダーはゆっくりと銃口を魚に向けたままブースターで前進する。やがて扉に差し掛かると全力でその空間へ飛び込んでいった。
ニャンダーが行ったことを確認した魚は扉を閉め、大きくため息をつく。
「僕は何を……間違ってしまったのだろうか……」
狂気に染まった仲間たちと人間たちをそっと誰も気付かないこの空間に封印して魚は扉の前に腰を下ろす。それはまるで門番の様だった。
その時30階層。
「ボウッ(時は来た!)」
権兵衛さんが王者のよろいを身に纏いオーク城のバルコニーから宣言する。
「ボウッ(我らが20~30階層を任せられているのは何故だ!)」
広場に集まったオークたちに権兵衛さんから力がつながる。エンペラーオークが持つ特殊能力である。
「ボウッ(我らは個体では弱い!)」
意思を持った幹部クラスのオークが悔しさに武器を握りしめる。
「ボウッ!(しかし、この城は! この城下は! 我らの主戦場は軍団の統率を生かした集団戦の戦場である! 顔を上げよ! 胸を張れ! 我ら創意工夫と規律をもってこの場、ダンジョンの最後の砦として守り切るのだ! 立て! 誇り高きダンジョンの守護者たちよ! 武器を持て! そして掲げろ! 敬愛するダンジョンマスターの為、我らはこの場にて死ぬ! しかし、必ずこの場は死守する!! おおおお!!!)」
「「「「「「「ボフ!(おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!)」」」」」」
権兵衛さんの雄たけびに合わせて広場に詰め掛けたオークたちが吠える。
兵士のオークも、将軍のオークも、城下町に配置された一般市民のオークも、権兵衛さんの声にこたえ武器を掲げる。掲げた武器は権兵衛さんの加護を受け薄く光りだす……。
凡庸なモンスター、オーク。
それがアームさんより、ムウさんより下層に位置し、彼らの特別なエリアを与えられるには訳がある。凡庸なオークを難敵に変えるエンペラーオークは地上では超級モンスターと並んで【災害級】と認定されるゆえんである。
「ボウッ(伝令感謝する……)」
「がう(健闘を祈る。拙者も15階層まで伝令を終えれば戻る故……それまで……)」
ケルベロスはそこで言葉を切った。無粋であった。
「ボウッ(ふふふ、では伝令殿を驚かせるようにしよう)」
「ボフッ(お任せを、何日でも耐えきって見せましょう)」
権兵衛さんの側近ジェネラルオークは自慢の牙を輝かせて吠える。
3日後。
「がお!(しつこい!)」
通常戦闘モード暗黒竜先輩がブレスを吐き脇を抜けようとしていたモンスター達を炭化させる。
「ぎゃっ(料理班、出るの! 暗黒竜先輩、少し下がるの!)」
「ぎゃっ(事務班、連鎖暴走モンスターを処理)」
「ぎゃっ(討伐班! 10階層エレベータを防衛! 押し返せ!)」
35階層の防衛はどこの防衛よりもうまく回っていた。
恐れを知らぬ巨体の暗黒竜先輩が吐き出すブレスは大半のモンスターを処理し、残りをナイトドラゴン率いるドラゴニュート部隊が防ぐ。その間に暗黒竜先輩は引いて補給を受ける。
それを繰り返し遂には第5派の攻撃まで正にネズミ一匹通さぬ防衛体制であった。
……だが‥…。
「がお(……お前!)」
暗黒竜先輩の前に現れたのは95階層の階層主デビルシープ……だったものである。
デビルシープ。
羊の頭に悪魔の瞳を宿し、生えた4本の上には漆黒の鎌を2本持つ、筋骨隆々とした体躯に下半身は羊の4本足。全てを引き裂く鎌を騎馬のように高速で動き振り回すその姿はまさに悪魔。そんな強力なモンスターがなぜここに……暗黒竜先輩が戸惑っていると羊頭が口を開く。
「……おおおお、お前を倒すたたたたたため……わわたしは………………油断するな……お母様の為……油断するな……」
壊れたオルゴールの様に語ったデビルシープだが、途中から薄く知性を取り戻し……懇願した。
涙を見せ自分を倒せと示すデビルシープはやがて他のモンスター同様に狂っていった。
「がお…(階層主としての誇り。それをけがされ、悔しかったろう……だが、私が居る! お前を止め! そして安らかなる消滅を与えてやろう!)」
瀕死のデビルシープをここまで運んできたのはダンジョンウィルスに侵されたモンスター達であった。だが、デビルシープは最後まで抵抗を続け、遂には己の命を絶った。
しかしその体はデビルシープの意思に反し、いや感染を阻害していた医師が消えたことを幸いとしてダンジョンウィルスが強制的に再生してしまった。
ここに最悪のモンスターが中層に降臨することとなった。
「ぎゃっ!(ドラゴニュート部隊はエレベータを死守!)」
「「「ぎゃっ(暗黒竜先輩。とめ(よ!)(ます)(の!))」」」
自分より強力なモンスターを前に暗黒竜先輩は一つ笑む。
そして一吠えするとモンスターを阻んでいた巨体縮め、高速戦闘モードに変化し、動こうとするからだ抑えるデビルシープと向き合う。
「がおっ!(見せてあげるよ! 35階層! 暗黒竜戦隊の力を!!)」
暗黒竜先輩はチラリと30階層へ続く階段に視線をやると『すまない……』と小さく呟いて……そして難敵との戦いへと飛び込んでいった。
頼れる部下いや、仲間と共に……。
4日後。
「ボウッ(来るか……)」
31階層に続く大扉を眺めながら権兵衛さんは腕組をする。
15階層に伝令に走っていたケルベロスは戻らない。
代わりに多くのダンジョン作物が20階層のムウさんより届けられた。どうやら15階層の面々は、15階層から20階層までの補給物資の輸送作業をしているようだった。
「ボウッ(アユムよ……。我が友よ……。最後に会いたかったな……。)」
「ボフッ(王よ……。勝てばまたあえます)」
「ボフッ(そうです。我ら精鋭、ダンジョン秩序を衛我らは何を犠牲にしようとも……この戦勝ちます!)」
小さく弱音を吐く権兵衛さんに周りに聞こえぬようそっと、しかし力ずよくジェネラルオークが伝える。
「ボウッ(ふふ……そうだな! 勝てばよいのだ! 皆の者! このパーティーに招かれておらぬ無粋な客が来たようだ! さぁ、精々歓迎してやろうじゃないか!!)」
その日、オークたちの雄叫びと共に扉が開き戦闘が開始された。
実質最後の砦が開かれたのだった。
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