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短編小説『ユメミル煙草屋』

作者: 岩井みつき

よろしくお願いします!

 愛煙家が集う、新宿の古い喫茶店。烟草の煙が店の雰囲気をより一層引き立てている。

 四人が腰掛けられるボックス席に男は一人で、席につく。誰かを待っているようだ。

 その男の名前はユメカワ。高円寺の古着屋に住んでいそうな風格で、肩まで伸ばした、ゆるくウエーブさせた黒い髪を耳にかけ、足を組む。

 通りかかったウエイトレスにコーヒーを頼む。

 ユメカワは煙草の箱から一本取り出して、ライターで火をつける。火が灯った煙草を吸い口から深く吸い込み、そして吐き出す。肺に溜まった空気を全て取り替えるように。新しい煙草の一口目ほど味わい深いものはない。全てはこの瞬間のために生きていると言っても過言ではない。

 ウエイトレスはトレーの上にコーヒーを持ってユメカワの元に持ってくる。

 湯気が立つ熱いコーヒー。砂糖を二杯入れ、かき混ぜる。

 男がまた一人店に入ってくる。誰かを見つけるように店内を見渡し、ユメカワを見つける。男は革靴を鳴らしながら近づいてくる。

「すみません、遅れました」

「そんなことはない。時間丁度だ」

「ユメカワさんその新作はどうですか?」

と、男はユメカワの吸っている煙草をみた。少しずつ、だが着実に灰になっていく煙草。

 ユメカワは白い灰皿に煙草の灰を落とす。

「ああ、最高だよ。あんたの作るものは全部良い」

「ありがとうございます、ユメカワさん。今回もいい感じのを持ってきました」

 そう上機嫌に言う男の名前はタマイ。タマイは、煙草の葉を育てている農園と、その農園から採れた葉を煙草の形に加工する工場を一括して管理している。日本のごく一部でしか経営されていない、特殊な煙草の葉を扱っている。ユメカワはタマイの得意先で、ユメカワは煙草屋を営んでいる。

 タマイは通りかかったウエイトレスに「同じものを」と告げた。

 電子煙草が主流になりつつある現代で、紙巻きタバコを扱う理由は、この特別な葉にある。

 ただの紙巻き煙草ではない、吸ったものにしか分からない特別な煙草。

「今日は新しいものと、あと既存の商品のブレンドの割合と配合を微妙に変えたのをいくつか」と言い、タマイはビジネスバッグから、小さいジップのついた透明な袋を取り出す。煙草一本が入る大きさで、それを6袋、タマイはテーブルの上に出す。

 よく見ると、一本ずつ太さや巻かれた紙の色が異なっている。

「素晴らしい、楽しみだ」ユメカワは興味津々といった様子で見つめている。

「ユメカワさんはトクベツですから」タマイは手品の前説をするような口調で言った。

 ユメカワは手に持っている煙草を一口吸う。いつのまにか半分以上が灰になった煙草。そして、左手で砂糖が二杯入ったコーヒーを持ち、啜る。人工的な甘さが喉を通る。

 ウエイトレスは熱いコーヒーをタマイの元に置いた。そして、そのテーブルの上に置かれたいかがわしい六個の煙草を見て、顔をしかめた。

 ユメカワとタマイはウエイトレスの様子など気にする素振りを見せず、話を進めた。

 タマイはビジネスバッグからファイリングされた書類を取り出した。タマイは一番右側の袋に入った煙草から順番に差し、資料を見ながら

「こちらから順に『青い焦燥』『奇天烈』『快晴の飛行船』『麻痺』『海底から見上げる』『純愛』と命名しました。どれか試されますか?」と言った。

「おすすめは?」とユメカワは聞く。

 そうですね、とタマイは少し考え、こちらは自信作ですよ、と薄ら笑みを浮かべ「快晴の飛行船」と命名された煙草の袋を差した。

「ほう、試させてもらおうか」と、ユメカワは持っていた煙草の火を灰皿に押し付けるように消して、ジップの口を開けた。

 見た目は、先ほど吸っていた煙草とほぼ同一だが、中に詰められた葉の色が青みがかっていることに気が付く。

 ユメカワは「快晴の飛行船」と呼ばれる煙草を口に咥え、タマイが差し出したライターの火を先端に重ねる。そして、火が移されたことを確認し、肺に煙を送る。


ユメカワは一瞬、自分がどこにいるのか理解するのに時間がかかった。目を空に向けたまま、数秒、いや数分、どこを見るでもなく立ち尽くしていた。

 電車に揺られているような振動を体に感じる。田舎の踏切を通り過ぎる時のような優しい揺れが心地よい。だが、次には拳一個分降下したような浮遊感を感じる。

 ユメカワは、はっとした。自分は飛行船の中に立っていたのだ。ユメカワが乗っている飛行船はまっすぐ安定した飛行をしながら時折上下左右に揺れ、その度ユメカワは足に踏ん張りを効かせるように立っていた。

 外が見える窓がある。極限まで澄み渡らせた水色に雲が浮いている。霧がかった塊の中を通るたびに一瞬窓の視界が白に覆われるが、すぐにまた水色の青空に戻る。

 地面は見えない。どれぐらいの高さか想像がつかない。ユメカワは大空を横切る飛行船に乗って大冒険をしている気分になり、高揚感に包まれる。知らない場所を切り開き、未知なる出会いに胸を高鳴らせる少年の頃に戻ったように感じる。

 そして、視界の端から徐々に暗くなっていく。ユメカワは飛行船の中で目を閉じた。


 閉じていた目を開けようと瞼を動かしたら、その目は元々開いていたようで、目の前に座っているタマイがコーヒーを啜っているところが目に入る。ユメカワは何度か瞬きして、乾燥した眼球に潤いを与えた。

「あ、ユメカワさん、お帰りなさい。どうでしたか?」とタマイはコーヒーを置いて、尋ねた。主人の機嫌を伺う犬のように見えた。

「ああ、すごくいいよ。ずっと吸っていたい」

 ユメカワは目の前に座っているタマイに言った。人差し指と中指に支えられた「快晴の飛行船」はまだまだ残っていたが、これから別の煙草も試さないといけない。販売用にはもちろん、個人用にも何箱か欲しいと思ったユメカワ。

「お気に召していただけて光栄です。飛行船シリーズ、なんてのもアリかなぁ? と思ってまして」

 タマイは嬉しそうに言った。

 ユメカワはその様子がおかしくて、短く笑ってしまった。先ほどの高揚感がまだ続いているのだろう。

 ユメカワのコーヒーはテーブルの端に寄せられて冷めてしまった。溶けきらなかった砂糖がカップの底で沈澱している。

「お次に、こちらなんていかがでしょう」

とタマイは「麻痺」と呼ばれた煙草を差した。

「麻痺」は太く、短く、少し黄色味がかっている。

 ユメカワは震える指先でジップを開けた。

 タマイが、すかさずライターをユメカワに近づけた。早く、と促しているかのようだった。ユメカワはひび割れた唇に「麻痺」を挟み、そして、タマイの手元のライターに先端を重ねた。煙草を支える手がまだ震えている。ユメカワは先端が赤く燃える「麻痺」を肩が大きく上下するほど深く吸った。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

物語を作ってそれを仕事にできたらなあと夢見ています。

ありがとうございました!!

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