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澄み渡った世界



 ……聖眼防衛戦に、参加していたのか。


 安智弘。


 別れた時、北回りでアライオンを目指すと言っていた。

 この世界をもっと見てみたいから、と。

 ならば――ありえてもおかしくはない。

 最果ての国から北回りのルートを取ったなら。

 ミラ、ヨナト、マグナルの順になる。


 安は北を目指す一団とミラで出会い、彼らと行動を共にした。


 彼らがヨナトに入った頃にはもう聖眼防衛の話が出回っていた。

 そのまま安は参加した。

 聖眼防衛戦に。 


 経緯はルハイト・ミラが本人から直々に聞き取っていた。

 ルハイトや何人かの人間に念のため頼んでおいたが……。

 聖眼防衛のために王都アッジズに集ったことで、出会ったのか。


 安とは何回かに分けて会ったそうだ。

 ルハイトもミラ軍や諸々をまとめる立場であり、忙しかった。

 が、俺はある程度詳細な情報がほしいと頼んでいた。

 だから何度か会い、安智弘の足跡をできるだけ正確に綴ったようだ。

 おかげでその足跡は詳細に記録できていた。

 そうする中で安はある時、ルハイトに頼んだという。

 スマートフォンを貸してもらいたい、と。

 そして――可能なら送り主のところへ軍魔鳩で届けてほしい、と。


「……トーカ殿」


 気遣わしげにセラスが声をかけてくる。

 俺は――また、黙り込んでしまっていた。


 聖眼防衛戦は壮絶と呼べる戦いだったという。

 まさに死力を振り絞り、絞り尽くした戦い。

 ……記された文面から把握できる戦力。

 こちらより厳しい戦いだったのは想像に難くない。

 逆にその戦力でよく――守り切ったと言える。

 ただし、犠牲も大きかった。

 数字こそ明記はされていない

 が、戦死者の多さはその文面だけで察せられる。


 ヨナト。

 マグナル。

 ミラ。

 最果ての国。


 第九騎兵隊。

 剣虎団。

 元剣虎団(彼らが安と行動を共にしていた者たちらしい)。


 死傷者は、数え切れないほど。

 ミラの選帝三家の一つディアス家の当主も戦死。

 ……剣虎団の中にも死者が出ている。

 他にも、覚えのある死者の名があった。


 ヨナトの聖女――キュリア・ギルステイン。

 防衛戦終盤。

 間に合わせの修繕を施した聖騎兵に搭乗し、打って出た。

 そして北側から王都壁内に侵入した巨大聖体と戦った。

 戦いは、相打ちによって決着したそうだ。

 彼女はいわゆるコックピットの中で圧死していたという。

 コックピットが戦いの中で変形し、圧迫され絶命した。

 死に至るまでの過程は、その決死の覚悟を物語っていたようだ。

 のちに判明したコックピットの中の様子――


 どうも聖女は戦っていたらしい。


 そんな痕跡が、あったとか。

 最期まで――せめて目の前の巨大聖体だけは倒さなくては、と。

 自らの死を確信しながらも、聖騎兵の操作を続けたのだと思われる。


 ……それから。

 四戦煌の一人――竜人ココロニコ・ドラン。

 ニコは例の宝物庫から見つかった古竜の血を飲み、巨竜化した。

 半竜から、ドラゴンになったのだ。

 彼女は南側の防衛に回っていた。

 伝承通り本当に巨竜化するかは分からなかったようだ。

 そして巨竜化すれば元の姿には戻れず、人の言葉を話せなくなる。

 どころか、理性を保ち続けられるかもわからない。

 まさに――いちかばちか。

 ただ、南側の戦局が悪くなりすぎた。

 だから迷いを残しつつ、古竜の血を飲み干したという。

 そうして――巨竜となり、戦った。

 巨竜化したニコがいなければ南側は確実に突破されていた。

 ニコは大量の聖体に群がられ、傷を増やしながらも戦い続けた。

 死力を尽くした凄絶な戦い。

 味方でさえ、目にする者が圧倒されるほどの戦いぶりだったらしい。

 けれど――最後はついに、力尽きた。

 息絶えたと思われるあともしばらく聖体から攻撃されていたという。

 聖体に人間的意思があったかはともかく……。

 おそらく――聖体側からすれば、それほどの脅威だったのだ。

 絶命したことにもしばらく気づかぬほどには。

 念には念を入れて、攻撃を続けるほどには。


 ……ニコ。


 少し不器用だったあの竜人のことを、思い出す。

 そんなに長い時を共に過ごしたわけではない。

 でも――いいヤツだった。


「…………」


 がんばったな。

 おかげで……勝つことが、できた。

 ――ありがとう。


 ココロニコ・ドラン。


 そして―――――――― 




 安智弘。




 この聖眼防衛戦において最も貢献した者、と。

 そう、書かれていた。

 戦った誰もがそれを認めるであろう――とも。

 記された戦いぶり。

 これは本当に俺の知る”安智弘”なのだろうかと。

 純粋に、驚きを覚えるほどの戦果だった。


 まさに”勇者”と、言っていい。


 あるいはこの世界に召喚されたクラスメイトの誰よりも。

 あいつは”勇者”として、戦ったのではないか。

 この世界を救うために召喚された異界の勇者として。

 セラスがまた、俺の名を呼ぶ声がした。

 けれど――言葉を返せなかった。


 ……乱れるものか、こうも。


 異世界に来てからこういう種類の”戸惑い”を覚えるのは。

 ほとんど、なかった気がする。 


 ……凄惨とも呼べるその防衛決戦に、終わりが見えた頃。


 最後の聖体の一波ひとなみが、アッジズに迫っていた。


 そして、聖眼防衛側にはもはや対抗できる戦力がなかった。


 ”女王を含むヨナトの勢力だけが一部残り、他は王都から西へ撤退する”


 このような提案――このような提案がされるほど、限界だった。

 しかしそんな時、安智弘が名乗り出たという。


 最後のスキルを使って自分が戦ってみる――と。


 共に戦った者たちを守るために。

 戦って散った者たちの思いを、無駄にせぬために。


 ……おそらく。

 ヨミビト戦のさなかで高雄樹が習得したと聞いたスキルと同じ。

 極限状態や特殊条件下における――上位スキルの習得。


 ”最後のスキル”


「…………」


 名乗り出た時、どうも安智弘はすでに悟っていた節がある。



 自分はもう長くない、と。 



 安と共にアッジズに来た元剣虎団の者が、のちにそう話したそうだ。

 彼らは安を”戦友であり家族だ”と言っている――

 と、そう記されている。


 安智弘は一人、東から迫る最後の聖体軍と戦うべく王都を出た。

 巨大な渦巻く黒き火柱が遠くで何本も天高く上がるのが見えたという。

 さらに巨大な黒い十字の炎が、空に浮かんでいた。

 そして黒い十字の炎が城壁から目視しにくくなるほど小さくなった頃――


 王都の方へ歩いてくる安智弘の姿が、確認された。


 その身体は――黒き炎に包まれていた。

 炎の柱はすでに消滅していた。

 この時、安智弘のところへ向かうべきだと主張する者が増えていたそうだ。

 そして姿が確認されるなり、門から何人もの者たちが飛び出した。

 聖体の姿は周辺のどこにも確認できなかった。

 安智弘が――倒れた。

 飛び出した者たちが辿り着いた時……



 安智弘は、燃え尽きていた。



 比喩ではなく――燃え尽き、衣服と骨の一部だけが残っていたという。

 それらを残し、最後の炎はすべてを葬ったのである。

 頭上の十字の炎も、もう消失していた。

 最初に安智弘に気づいた者は、こう述べている。



 ”最後に、その……手を振っていたみたいに見えました……人を呼んでいるとか、そういうのじゃなくて……そう――まるで、別れを告げるみたいに”



 安智弘が燃え尽きた跡には、文字が刻まれていたそうだ。

 文字は撮影機能で画像保存されていた。

 いくつかの機能の使い方を教えてあったおかげだろう。

 スマートフォンの中には、その画像も入っていた。



 ”さいごに せいいっぱい生きることができました ぼくは ぼくになれました 心のこりはあっても 悔いはありません さいごに たくさんのひとに言いたいです なんどでも ”



 その後すぐに力尽きたのか、このあとの文字は書きかけで途切れていた。

 けれど……何を書こうとしたのかは、明らかだった。




 ” あ り が     ”




 残る二文字が……どう続くかなんて。





 誰にだって、わかる。



 


 最果ての国で俺たちと別れたあと、何があったのか。

 どんな人たちと、出会ったのか。

 何がそれほどまでに安智弘を――変えたのか。

 ただ……おそらく一つだけ、確かなことがある。




「…………そうか」




 






      ■






【 スマートフォンに残されていたベルゼギア宛ての動画 】



(画面に安智弘の顔が映し出される。上から画面――スマートフォンのカメラを覗き込んでいる)


 えっと……

 これで、動画撮影モードになってる……はず……

 うん、大丈夫そうだ……。


(画面が数秒ぶれる。どこかにスマートフォンを立てかけたらしい。そこは後ろが石の壁であるのだけがわかる。上半身が画角にほぼおさまる位置で、安智弘が段差に腰掛ける。しばらく言葉を選んでいる様子だったが、諦めに似た苦笑を浮かべると、意を決したようにしゃべり出す)


 ええっと……

 お、お久しぶりです……ベルゼギアさん。

 あ、セラスさんもご一緒でしょうか?

 もっと上手い滑り出しがないか考えたんですけど……

 はは……難しいですね。

 なかなか、ベルゼギアさんみたいにはいきません。


(やや間があってから)


 僕は今……ヨナトの王都、アッジズにいます。

 アッジズで聖眼を守る人を募集していて、そこに参加したんです。


(距離があるが、妙に周囲が騒がしい。戦争の準備か、はたまた、すでに戦いは始まっていて一時的に後方へ下がっている時なのか。しかし、安智弘はこの騒々しさにもう慣れているようだ。安智弘は苦笑して)


 まあ、ヴィシスの野望を阻止して……

 一泡吹かせてやりたい、っていうのもあるんですけど……。


(表情が、優しい笑みに変わる)


 その……

 知り合いに、今回のことですごく怖い思いをしている子がいて……。

 あの子にとって怖くない世界にしてあげたいな、って。

 僕の力がその役に立てるなら……

 こんなに嬉しいことはないよな、って。

 それに……

 今、この王都にいる皆さん……

 彼らの役にも、立ちたくて。

 力になりたい……

 死なせたくないって、そう思うんです。


(苦い笑みになって)


 はは……

 けど、こんなかっこいいこと言ってますけど……

 怖いですよ?

 そりゃあ……怖いですよ。


(てのひらに視線を落として)


 でも……

 ここで戦わない方が……もっと、怖いんです。

 逃げる方が……

 見て見ぬふりをして目と耳を、塞ぐ方が……

 今の僕には、何倍も怖い。


(何かに気づいた反応をして)


 あ、このスマートフォンはルハイトさんからお借りしました。

 高雄さんのスキルで使えるようにしたと聞きました。

 やっぱりすごいですよね、あの姉妹は……。

 あと、ありがとうございます。

 ルハイトさんから聞きました。

 あのあとも僕なんかのことを気にかけてくれていたみたいで……。

 ルハイトさんと、ここで会えてほんとよかったです。

 ははは……

 いや、まだ死ぬって決まったわけでもないんですけどね……?


(そこで、長めの沈黙。それからやや前屈みになって、何かに耐える表情をする。どこか痛むのだろうか? しかしそれは数秒で、再び口を開く)


 ……万が一があるので、こうして。

 残すだけ残しておこうかなぁ、って。


(指先で照れくさそうに頬をかき、苦笑する)


 けど、こんなの撮っておいて生き残っちゃったら……

 それはそれで、ちょっと恥ずかしいかな……?


(切り替えるように、穏やかな表情を浮かべる)


 ただ、僕は……

 もしここで戦って死んでも……

 悔いは、ないと思います。

 いえ――ありません。


(過去を思い出す目をしながら)


 ……一度、僕は死んでいるんです。

 あの時……

 第六騎兵隊にやられた時、僕は死にかけました。

 もしあの竜人さんに救われなければ……

 ベルゼギアさんたちがいなかったら。

 僕はあのまま、殺されていたはずです。

 死んで、いたんです。

 なんていうか……

 延長戦の時間をもらえた、っていうか――

 あ、別に死にたいとか……

 死に場所を求めてるとかじゃ、ないんですよ?

 この動画だっていざという時の保険みたいなもので……。

 十河さんにもできれば直接謝りたいですし……。

 ベルゼギアさんにも、直接会ってお礼を言いたいです。

 でも……

 この戦いは多分、必ず生き残れると断言できるものじゃない。

 こうしてこの地にいて……それは、わかります。

 いや、勝てるかどうかさえわからない。

 誰も死なずに終われる戦いのはずはありません。

 そして……

 僕だけ生き残れるなんて都合のいいことも、ないでしょう。

 だから……

 こうやって保険の動画くらい、残しておこうと思って。


(満足そうな笑みをこぼし)


 ……見つけたんです。

 何もなかった僕が。

 何も、見えていなかった僕が。

 ……あなたと別れたあと出会った人たちのおかげです。

 僕という人間の根っこが変われたとまでは、思いません。

 でも……あの人たちのおかげで、選択肢が増えた――

 増えたんです。

 選べる道が。


 今までなかった道を、選べるようになった。

 気づけなかった道に、気づくことができた。


 それは、あなたがいなかったら生まれなかった出会いです。

 この北回りのルートを選んで正解でした。 

 これだけは、断言できます。


 自分で選んで……初めて、こんなにも自分の選択を正しいと思えた。


 間違いだらけの決断ばかりだったけど。

 ようやく”正しかった”と思える道を選べたんです。

 だから、あなたには感謝しかありません……ベルゼギアさん。

 この力を誰かのために使える。

 誰かのために、戦える。

 こんなにも……戦おうと思える。



 今それが――心から嬉しいんです。



 ……こんな風に思える日が来るなんて、思ってもいませんでした。


 価値がある、と。

 自分みたいな人間にも救える誰かがいるかもしれない、と。


 そして、こんなにもたくさんの人が……


 誰かのために命を賭けて戦おうとしているんだ、と。



 



 あのまま死んでいたら、きっと見つけられなかった。

 見えないまま、僕は死んでいた。


 あなたのおかげです、ベルゼギアさん。


 改めて――ありがとうございました。

 僕を、救ってくれて。


(そして、少し照れくさそうに)


 その……

 人を救う、なんてのは……

 立派すぎて、ちょっと恥ずかしいところもあるんですけど……。

 僕もあなたみたいに誰かを救えたらいいな……って。


 ……違うんだな、って。


 誰かがほんの少し、手を差し伸べるだけで。

 素直に、その手を取ろうと勇気を出すだけで。



 濁っていた世界がこんなにも――――――――澄み渡るんだ、って。 


 

 こんな僕に手を差し伸べてくれた人たちに……

 今、僕は感謝しかありません。

 ミラで出会った人たち……

 それから、このアッジズで出会った人たち。

 そして……

 もっと前に差し伸べられた手を……

 やっぱり素直に取るべきだったな、って。


 はは……

 後悔しても、仕方ないんですけどね……。

 ほんと色んな人に迷惑かけちゃって……嫌な思いを、させちゃって。

 後悔しきりです……。


(寂しげな微笑みを浮かべ)


 以前……

 謝りたくても、もう謝れない人たちの話をしたと思います。

 過去に戻れるなら……本音を言えば、やり直したいです。

 元の世界にいた頃、僕に手を差し伸べてくれた人……

 三森君……。


(しばらく沈黙し、独り言のように)


 ……バカだったなぁ。

 ほんと……あの頃の僕は。

 申し訳、なかったなぁ……。

 はは……

 ほんと勝手で、今さらなんですけどね……。


(ハッとして、顔を上げ)


 あ――す、すみませんっ……

 なんか、一人で浸っちゃって……。

 と、とにかく……

 ベルゼギアさんに感謝を伝えたくてッ!

 ……はは……

 こういうところやっぱり、上手くやれないんですよねぇ……。

 なかなか……

 あなたみたいには、やれません……。


(数秒間、自分の気持ちを確かめるみたいに視線を下にやり)


 ……僕、がんばります。


 がんばってみます。

 さっき言った通り、ちょっと怖いですけど……





 戦います。





 大切な人たちのために……そして――――















 















 ……それでは、失礼します。



(スマートフォンに近づいてきて、しゃがみ込む。間近で操作をしている姿)



 ええっと……

 終了ボタンは……これで、いいのかな……、――――





(そこで、動画は終了している)







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― 新着の感想 ―
泣いた(´;ω;`)
ヤス…
安が残した最後の動画の場面、ポケ戦のバーニィーがアルへ残したビデオメッセージと被って泣いてしまった。 安が最後のスキルを発動した時、Vガンのゴメス艦長みたいに「遅かったなぁ!」と言っていそう。
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