ハズレ枠の状態異常スキル
□
なぜ――発動できる?
私の手持ちの文献情報が間違っていた……?
確かに……自分も実験はできていない。
発動の可否についての実証までは、できていなかった。
禁呪発動に足る条件が手もとに揃うことがなかったからだ。
記憶が確かなら禁呪の”定着”自体は誰にでも施せる。
禁字族でなくとも。
残された記録を信用するなら、だが。
ただし発動そのものはない――ありえない。
この前提で、認識していた。
が、現にあいつは発動に至っている。
発動、しているじゃないか……ッ!
禁字族でもなければ、紋持ちでもないはずなのに!?
なぜ!?
無意味に血を噴いて死ぬだけなんじゃないのかッ!?
というか――なぜ、死なない!?
紋持ち以外の者が禁呪を使用したら死ぬんだろうッ!?
いや……。
見たところ死に至りそうな負傷はある、らしいが……。
――軽減?
なんらかの軽減策を取ったことで本来あるべき死を免れた?
……勇者?
ステータス補正、か?
勇者による禁呪の使用については確かに事例を知らぬ。
が、だとしても……納得いかない!
勇者ならば禁呪を発動しても死なない!?
ふざけるな!
納得できるか……そんな、ふざけた話ッ!
わからない。
わからないわからない。
わからないわからないわからない――
瞬き一つにも満たぬ、その一瞬の間。
ヴィシスの頭の中で、そのような思考が爆ぜた。
が、停止した時間が動き出したように”現実”へと――
舞い戻る。
発動したのは事実。
ミモリが死に至っていないのも、事実。
これらはすでに起きてしまった現実。
ここで原因究明に拘泥する意味はない。
今、私が向き合い対処すべきは過ぎ去った現実ではない。
目の前で直面している、この現実――――
▽
わずかに下がりかけた微弱に震える右腕を、ミモリが再び――
意志の力で支えるように、上げる。
「【パ――
(しまっ――)
しまった。
すぐ冷静になって、距離を取っておけばよかった。
まずい。
さっきタカオ姉妹の方から離れるのを意識しすぎて――
ミモリの方へ、近づきすぎている。
射程距離外への離脱。
が、今この距離では離脱が――間に合わない、かもしれない。
ならば、むしろ――
白き神の細胞すべてが、同じ意見を提示してくる。
ヴィシスはこれに従い――即断した。
このまま、殺るしかない。
まだだ。
まだ、いける。
ずっと懸念だった後期蠅王装の中身は確定した。
ならばこれは極めて簡単な話になったのだ。
ここで私が状態異常スキルを食らえば終わりかもしれないが――
逆に――状態異常スキルを潰し、ミモリを殺せば。
私の、勝ちだ。
この局面。
向こうはもう状態異常スキルに頼るしかないはず。
当初の分析通りではないか。
忌々しい禁呪によって【女神の解呪】を破られようと。
状態異常スキルを潰しさえすれば――このヴィシスが、勝つ……ッ!
動き出す――――ヴィシス。
分身の相手で手一杯の様子のセラス・アシュレイン。
そういえば、さっき何か言いかけていた。
多分、ミモリに声をかけようとしたのだろう。
あの反応――知らなかったのか?
ミモリが、禁呪を使えるという情報を。
強い絆で結ばれていそうなのに。
案外――クク――信用されていないのか?
セラスが青ざめている。
愛しの男が心配でたまらぬのだろう。
が――己の役割を忘れるほど感情任せのアホでもない、か。
感情に呑まれ激しく動揺でもしてくれれば、よかったのに。
存外、覚悟は決まっているわけか。
周囲の他の雑魚どもは――戸惑い、足が止まっている。
というより、この速度領域についてこれていない。
何人かは身を挺しミモリの盾にでもなろうと考えたのか。
ハッとして、動き出す予兆をみせている。
が、あまりに遅すぎる。
愚図どもが。
ヴィシスは右の眼球だけを動かし、その先を確認する。
最も鬱陶しかったアヤカは――もう、動けぬ様子。
死ね。
いや――クク――もう、死んでいるのか?
それと――第二の禁呪を阻止した、二体目の分身。
距離的に、今のこの攻撃には寄与できない。
同じくタカオ姉妹も何かできる距離にない。
ヒジリは死んだ――でなくとも、虫の息。
あとはあの妹の超速移動だが……間に合うまい。
あの”あんろっくなんたら”を言い切る間は、ない。
二体目の分身にイツキを殺させてもいいが……。
念のため――私の背後の”目”になって、もらおうか。
――来い。
そして――最初の分身。
あれがずっとセラス・アシュレインを抑えている。
着々と能力を高める分身相手によく食らいついてはいるが。
しかし振り払うには至らぬようだな――ハイエルフの姫騎士。
それがおまえの限界だ。
殺してやる。
無様に。
おまえの、愛しき者を。
おまえたちの何もかもを、八つ裂きにしてやる。
この世の最大級のブザマに値する”襤褸”を、おまえたちに着せて。
私の――この道を阻む者は、もういない。
誰一人として。
「 ――ラ―― 」
使用するのは【パラライズ】か。
ヲールムガンドに効果的だったと判断しての選択だろう。
あれを食らって暴れ回った時の効果は凄まじいものだった。
それは、認めてやろう。
……が、ミモリ。
おまえのそのスキルも、例外ではない。
結局、スキルとは!
欠陥品!
バカバカしい!
条件付きで、かつ、スキル名を口にしなければならない!?
そんなものはすべてハズレスキルだ!
このような究極局面においては木偶の坊にも等しき能力!
ついてこられないんだよ!
その状態異常スキルとかいう大ハズレの欠陥能力ではなぁ!?
詠唱が間に合わないせいで発動まで至らなければ所詮、無意味!
そうだ!
今の私相手には遅すぎるんだよそんな欠陥スキルではッ!
どうだ!
不安だろう!?
苦しいだろう!?
恐ろしいだろうッ!?
セラスもなんだその顔は!?
そうだなそうだよなぁ!?
わかってるんだろうおまえも!?
わかってしまうその戦才を恨めブスエルフがッ!
分身の相手で手一杯な以上――
私のミモリへの殺撃をおまえが防ぐことはできない!
敗けだ、おまえらの。
そして……もう一度、突きつけてやろう。
私の、勝ちだ。
◇【十河綾香】◇
もう身体は普通に、動かないけれど。
いえ――ヴィシスと戦っている時から。
極弦で、ほぼ無理矢理に動かしていた。
ムニンさんを守れたのは、よかった。
咄嗟に身体が動いて……よかった。
身体が、冷たい。
これは周りが寒いんじゃない。
私の中にある芯みたいなものが――多分。
冷たい。
準備を、していた。
あと、一回だけ。
この状態の私にも何かできることがあるんじゃないか、って。
だから――身体の中で、紡いでいた。
極弦を。
紡いだからって、動けるとも限らないけれど。
ヴィシスの刃に貫かれた胸のところが、とても熱い。
身体が冷たい分。
血だけが余計、熱く感じるのだろうか。
……………………
今……元の世界にいるお父様や、お母様。
おじい様。
家族たちは。
何を――しているだろう。
心配、しているだろうか。
そういえば。
私たちは元の世界で。
どんな扱いに、なっているのだろう。
………………
三森君が、禁呪を使用した。
次は、状態異常スキルを使うはず。
ならばヴィシスの離脱を阻止しなくてはならない。
彼のスキルの射程距離内から、逃さないために。
あと、一回だけ。
私が紡げる極弦の、限界数は――
…………
守るべき人たちを、守りたかった。
私が守らなくちゃいけないと、そう思った。
クラスメイトたちや、先生を。
でも……。
守る者の中に、自分は入っていただろうか?
自分のことはずっと、勘定に入れていなかった気がする。
誰かを守れるなら自分のことなんて二の次でいい。
自己犠牲、というやつだろうか。
自分をないがしろにして、誰かを守る。
だって、そんなのは――――私の、武器じゃないか。
自分をないがしろにして、誰かを守れる。
あぁ、よかった。
自分が……
守りたい誰かのために、自分を犠牲にできる人間で。
だから――
躊躇なんて、いらない。
この命と引き換えに紡ぐ――――極限の、極弦。
……
さっきヴィシスと戦っている時は。
三本まで増やし、戦っていた。
そして私が紡げる、極弦の限界数は――
おそらく、六本。
およそ人体が形を保ち動けるその限界が――六本。
勇者のステータス補正があるこの肉体であっても。
それ以上はおそらく、四肢が千切れかねない。
手足を失うほどの攻撃では不発に終わる危険が出てくる。
この六本紡ぎ。
たった一回限りの攻撃にしか、使えまい。
その一撃を放てばきっと、私はもう……。
……ヴィシスは距離を詰め、三森君を殺すつもりらしい。
離脱ではなく――殺しに、前へ出た。
ならば。
私がやることは、一つ。
…………これでいい。
この戦いが、あの女神の思い通りの決着で終わるなんて。
あまりにも不快で――不愉快だから。
それに……
本望だ。
だって今あそこにいる三森君は……私が、ずっと守りたかった――――
クラスメイトなんだから。
……聖さん。
どうか、生きていて。
周防さん、南野さん……鹿島さん……みんな。
生きて再会できそうになくて――――――ごめん。
◇【女神ヴィシス】◇
――通り、抜けた?
何かが。
凄まじい衝突音と、共に。
な、に?
物体が。
影が。
言葉通り、目にもとまらぬ速度と勢いで。
右から左へ。
ヴィシスの進路上に対し――
十字を描くような、そんな軌跡で。
――は?
セラスと戦っていたはずの分身が。
いなく、なっている。
多分――吹き飛んでいった。
突如として横合いから飛来した”何か”と一緒に。
ただ――ほんの一瞬だけヴィシスはその飛来物の正体を、視た気がした。
ア ヤ 、 カ ッ !
そして進む先にはもう、ミモリと――
「 ――ラ―― 」
蠅の王を守る騎士しか、残っていない。
どうやらアヤカは、分身の方を引き受けたらしい。
なる、ほど。
アヤカは信じ、託したか――あの、エルフの姫騎士に……ッ!
セラス、アシュレインに。
異質だ。
このエルフは。
ミモリや、この中庭に現れたアヤカとも違う。
眼に、曇りがない。
ミモリの視界を確保した上でヴィシスの進路先に立ち塞がり――
剣を、構えるセラス。
不意に、
”澄んでいる”
そう思った。
この局面でなんて目をしやがる、とも思った。
ミモリへ向ける心配ですら――純性が、すぎる。
心配や不安を内へ押し込み、真っ直ぐ――私を見ている。
こちらが小っ恥ずかしくなるほどの、純真な意思。
真の穢れを知らぬ善性。
私は、知っている。
あれは――完全なる、善の相。
この私が最も嫌いな、性質。
踏みにじりたくなる――ぐちゃぐちゃに、してやりたくなる。
終わっていたんだぞ、きっと。
おまえさえいなければ。
そこにいるトーカ・ミモリの、この復讐の旅は。
おそらくここへ、辿り着くことなく。
死ね。
――――本当に、死ね。
腕刃を、振るう。
三つ股に分かれた腕刃。
これまでずっと二股だった刃が、三つの刃に。
土壇場での、奇襲。
「――――――――――――」
セラスの、光の刃は。
三つに分かれた腕刃を――受け止めた。
三つに枝分かれさせた、光の刃で。
(ぐっ……、――――く、そ……)
「くそがぁああ「――イズ」ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――ッ!」
――――ビシッ、ビキッ――――
ヴィシスは絶叫しながら止まらず、攻撃を放つ。
ブシュゥッ!
動くたびに、血が。
血が全身から――噴き、出て。
あぁ。
痛い。
痛い痛い痛い!
しかも全部……全部セラスに――攻撃が、捌かれるッ!
「ちく、しょぉお……ちく、しょぅどもがぁぁあああああああああああああああああああ゛あ゛――――ッ! が、ぐ……っ!?」
「――【スリープ】――」
「……ぅ」
がっ……。
急に……強烈、な……耐え難い……眠気、が……。
こ、来い……。
「分、身……ども……」
あ。
だめ、らしい。
遠くの分身ならほぼ影響を受けないが。
この近さだと……分身も本体の、影響を……受けて。
しかも……眠りの状態異常スキルのせい、で……。
分身がいち早く、動きを……止、め……て……。
「く、そ……が……」
「――――【バーサク】」
神血の華が。
盛大に、咲く。
「ご、は……ッ、――ガ、キ……」
「 【ポイズン】 」
ヴィシスはふらつきながら一歩、二歩と、後退する。
(ま、瞼……が……)
ヲールム、ガンド……。
おまえ……この眠りのスキルを、食らって……。
そこそこ、しばらく……普通、に……ロキエラ、と……。
しゃべってなかった、か……?
これ、は……む、り……だ、ろ……、……。
バサッ、と。
荒々しく呼吸するミモリが――後期蠅王装を、脱ぎ捨てた。
中には何やら……。
小汚い、くたびれた襤褸ローブを身につけていた。
ローブには修繕の跡もある。
またその腰の革帯には、こちらも古ぼけた小袋が装着されていた。
「俺の復讐の、ついでではあるが――俺のに加えて……あんたらの執念もようやく、実ったらしいぜ……」
……?
見覚えが、ある?
あの、ローブ……。
あれ、は……あいつ、か……?
大、賢者……アング、リ――、………。
だめ、だ。
い、意識を……保つ、ので……い、っぱい……で……。
「ヴィシス、テメェの執念がどれほどのもんかは知らねぇがな……いうなればテメェは……俺と、そして……ここに到達するために力を貸してくれたすべての仲間と、復讐者たちの――」
ミモリが、言い放った。
「その執念に、敗けたんだよ」
「――――――――」
執念。
それは。
誰より強く持っていると、ヴィシスが自負していたもの。
絶対なる自分を、支えていたもの。
しかしその執念で私が――
敗けたと、いうのか。
事実、こうして。
逃げがたい、その冷徹な事実――現実は。
この時ヴィシスの感覚に、
”敗北”
この二文字を、もたらした。
(あ……)
今ので。
糸が――切れた。
保っていた、意識が……。
くずおれ、瞼が完全におりようとする中。
荒く息をするミモリがヴィシスを見下し、
「言ったはずだぜ、クソ女神……もし、生きて戻ったら――」
目が閉じ切って意識が途切れる寸前、ヴィシスが最後に聞いた言葉は――――
「覚悟、しておけと」




