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黒き者たち



 最近、王都には鴉が増えてきていた。


 少し前から衛生状態が悪くなっていたためだ。

 また、王都民の中にはここを逃げ出す者も増加していた。

 一方、ヴィシスはもう天界へゆくつもりだった。

 だから王都全体の衛生管理にさして気は配っていなかった。


(だとしても突然、ここに集まってくるものか? 死体に集まってきた……? いいや――違う)


 鴉は聖体を”通常の死骸”とは認識しない。

 それ以前に、聖体は死を迎えると溶解してゆく。

 死体は残らない。

 では――敵側に鴉が集まるほど死者が出ている?

 これも違うと思われる。

 王都全体に集まってきているならわかる。

 が、


 に集まってくる理由は、ない。


 ヴィシスは――気配の方を見た。

 上空。

 他にも、中庭へと抜けてくる二階部から。


 翼を持つ亜人が、姿を現す。


(ハーピー?)


 二人一組で箱のようなものを運んでいる。

 その誰もが、死を覚悟した決死の表情をしていた。

 ヴィシスは理解する。


(鳴き声は、あれか……ッ)


 箱の一面が格子になっている。

 格子の中に鴉が何羽も入っていた。

 ヴィシスは投擲物で打ち落とそうとする。

 が、またもアヤカに妨害される。


(本当に、邪魔臭い……ッ!)


 ごく小さな破裂音めいた軋みがアヤカから発せられている。

 おそらく何か――これまで以上に、何か無茶をやっている。

 顔色一つ変えずに。

 しかし大量の汗がその無茶を物語っている。

 息も荒い。

 また、あまり多くの浮遊武器は出せないようだ。

 ヲールムガンド戦で使用したあの銀騎士も生成してこない。


(おそらく……)


 ヴィシスと打ち合っている銀剣の強度が犠牲になるためだ。

 アヤカはギリギリ互角にやれる強度を、保たねばならない。


 一方――セラス・アシュレイン。

 いよいよ、劣勢へ転じつつあるらしかった。

 言わずもがな、セラスの側がである。

 ほんの少しすれば、私の分身が上回る。


(そして――)


 見ると――新たに合流してきた前期蠅王装。

 うち数名が箱を抱えている。

 そいつらは、箱を地面に置いた。


(ハーピーの持っているものよりは小さな箱だが……)


 格子の嵌まった面が、ぱかっ、と開いた。

 鴉が、解き放たれる。

 さらに上空のハーピーも箱の中の鴉を、解き放った。


(鴉を……なんのつもりだ? 何か狙いがなければこんなことはしまい……なんだ? 何を、狙っている……ッ!?)


 他の何人かのハーピーは布袋を抱えていた。

 中から何かがばらまかれる。

 上空から、この中庭へ向けて。

 ヴィシスは警戒し、


「?」


 地面にまき散らされた”それ”を見た。

 なんだ?

 食べ物――餌?


「…………」


 鴉が、中庭に溢れている。


 クァアアッ! クァアッ!


 鳴き声が――耳に障って、うるさい。


 ……そこかしこに散らばった餌を安易に食べには来ない。

 鴉は賢い鳥だ。

 この中庭が危うい場所なのは理解しているのだろう。

 巻き込まれるのを、警戒している。

 が、離れるつもりもないらしい。

 そう――死に際の人間が息絶えるのを近くで見守るみたいに。

 まるで、ハゲタカのように。

 鴉が耳障りな声で鳴き、二階部分の手すりから手すりへと渡る。

 窓から、窓へ。

 渡る――鴉。


(鴉……使い魔……)


 そうだ。

 城内で殺した、あの使い魔……。

 確か、鴉の姿をして――


 



 ――禁字族。



 そうだ。

 鴉。

 思い出した。


(連中のごく一部は……確か、鴉に姿を変えられる……ッ!)


「ぐっ……」


 前期蠅王装の誰かが禁字族。

 ここに――選択肢が、上乗せされてしまった。

 前期蠅王装ではなく。

 あの鴉の中のどれかが。

 禁字族、かもしれない。


(だが変身中に禁呪は使えまい。そして発動には青竜石――根源媒介こんげんばいかいが必要なはず……)


 原初呪文に近い力を使用する際に必要とされる媒介物。

 青竜石はそんな媒介物の一つである。

 向こうは青竜石を確実に入手しているだろう。

 狂美帝辺りがこっそり集めていた――そんなところか。


(……思えば)


 大陸から青竜石の数がごっそり減った。

 ある時期に、そんなことがあった。

 が、増える分には困るが減る分には問題ない。

 とはいえ一応、どこへ渡ったか調べさせてはいた。

 けれど、ついぞその行方が判明することはなかった。

 ――まあ。

 禁字族さえ根絶やしにしてしまえば、問題ない。

 そう思っていた。

 根元を絶てばそれでいい、と。


(…………)


 あんな時期からミラは青竜石を集めていたのだろうか?


(その割には、得られた青竜石の売買や交換の情報が極端に少なかった気がするが……)


 それなりの数の青竜石が、確認されていたらしいのに。


「…………」


(……鴉、か)


 あの鳥の手で青竜石を掴めるか?

 鴉の状態で詠唱――しゃべることが、できるのか?

 いや……変身をどこかで、解除してくる。

 私の隙を見計らって。

 二階の窓のところから、魔素製の矢が放たれた。


「――――邪魔だ」


 ヴィシスは矢を打ち払い、消滅させた。

 矢の飛んできた方向を一瞥。

 魔導弓を構えた、青肌のケンタウロスがいた。


「援護のつもりか――小賢しい」


 射程距離がもっとあれば。

 器官さえ閉じていなければ。

 この腕刃をもっと長く伸ばせたかもしれない。

 本数だって、もっと増やせたかもしれない。

 遠距離攻撃可能な形態に、腕を変形させられたかも知れない。


「――――」


(この音――――)


 三つ目の、音玉……ッ!?


(くっ)


 どういう意味だ?

 いよいよ仕掛ける――その合図か?

 逆に、私を混乱させるためにあえて無意味な使用を?


(…………)


 音が示す合図の意味がわからない以上……

 あいつらだけが理解できている合図である以上。

 もはや、鳴る音はヴィシスにとって混乱の元にしかならない。

 だから――



 音玉はもう、どうでもいい。



 クァアア! クァア! クァアアアアッ!


 ギリィッ、と。

 口の奥で歯ぎしりをする。


 なんて――――うるさい。


 まるでその鳴き声は。

 漆黒の翼を持つ禁字族たちの怨嗟の声のような。

 殺してきた禁字族たちの魂が、乗り移っているかのような。

 黒い生き物に、耳障りな羽音。

 鴉。

 まるで蠅みたいな――下等生物。


 耳鳴りのようなものがする……。

 音が。

 ひどく、うるさい。


 ――落ち着け。


 意識を、集中しろ。


 ――――大丈夫。


 消えてゆく、気がした。

 自分の周りから――音が。


 ――――――勝つのは、私だ。


 前期蠅王装たちが、



 一斉に腕を突き出し、こちらへ向けた。



 ……

 


 わかる。

 距離――禁呪の、射程距離。

 見える。

 感じる。


 すべて、わかる。


 私の、安全域が。

 すぅううう、と。

 この局面で。

 ヴィシスは――深呼吸を、した。





 





 ―― ドスッ ―― 



 腕刃が――アヤカの胸を、貫いた。


「――ぐ、ふっ」


 アヤカの唇の端を一筋の赤い線が、伝う。


 今、ヴィシスの肌には。

 黒いひび――否。

 浮き上がった黒線が、走っている。



「おまえへの憎しみが、私を”次”へと導いたのかもしれない」



 おまえは。

 あまりに憎く、邪魔すぎた。



「今までよく、がんばった方だが……」


 残念。

 ここまでだ、






「死ね、アヤ「――








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― 新着の感想 ―
作者様、まさに天才! と、鳥肌が!!
戦闘のスピード感がヤバすぎる ここまで、派手さは無いのに手に汗握る最終決戦のなろうは中々ない あといくつ策を仕込んでいるのやら 敵も味方も脳の消費カロリーが高そうだw これ、わたし覚醒しました感出して…
ヴィシス「勝ったッ!状態異常スキル完!」
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