全一なる神としての絶対者
ヴィシスは前期蠅王装の一人に狙いを定めた。
「――ちっ!?」
しかし、アヤカが追いついてくる。
動線上の脇にあった彫刻を粉砕。
宙に浮いた尖り気味の瓦礫を掴み、そのまま投擲する。
小規模な、破砕音。
アヤカはその瓦礫も、銀剣から分離させた固有武器で防いだ。
ここに来て一等、面倒で邪魔な相手と感じる。
(……厄介だ)
やつの固有スキルは武器や盾を生成できる。
瞬時に生成し、離れた場所に固有武器を飛ばせる。
しかもこうして私に喰らいついて、間合いが離れない。
死に損ないが。
軋むような――あの独特な音。
おそらくアヤカの筋肉が悲鳴を上げている音だ。
筋繊維が千切れているのではないか。
あの肉体の中は存外、ひどい有様なのかもしれない。
それはそうだろう。
およそ人体にとって無茶な動きをしている。
たとえば、もう動くのもやっとな肉体を――
太い糸か何かで無理矢理にでも、動かしているみたいな。
まるで、操り人形のように。
なのに――
まだ、沈まない。
「殺しておけばよかった」
自分の口から不意に漏れたつぶやき。
なんの感情もこもっていない、虚の吐露。
もう一つ。
ヴィシスは少し前、これに気づいた。
戦闘能力の上限域に微妙な”隙間”がある。
黒紫玉の大量投与。
たとえばこれにより――
100の上限が200くらいまで引き上がっているとしても。
200のうちの10くらいが”埋まって”いる。
この計算でいえば、今のヴィシスの上限は190となる。
過剰摂取で克服できるかと思っていたが。
10の能力領域がいまだ使用不可となっているのだ。
もっと時間が経過しないとその領域は空かない。
ざっと見積もって――黒紫玉、一つ分。
そう、
あの時、ヒジリと戦った時に使用した分。
なるほど。
これが、この戦いにおけるおまえの役割だったということか。
ヒジリ、タカオ。
さながら、視線で刺し殺さんばかりの眼光で。
あごを下げ気味に、無言でアヤカを睨め上げるヴィシス。
勇者どもは、そもそもが皆……鬱陶しい要素でしかなかった。
(……勇者といえば)
ヴィシスは思う。
これは――もっと楽に勝てた戦いなのではないか、と。
そう……アサギ・イクサバさえ味方側にいたなら。
アサギのあの行動だけは、不可解極まりなかった。
(あの時、あいつに何が起きた?)
今になって思えば――やはり。
はなから裏切るつもりだったとは、どうも思えない。
妙な表現ではあるが。
あいつも自分が裏切ったのが想定外だった――みたいな。
そんな、感じに見えた。
そう……あれが予定通りこちら側にいたなら。
さらにあのあと、ヲールムガンドと合流できていたなら。
この戦い、余裕で勝てていたのではないか?
今ならば、そんな気がする。
……そうだ、あいつはなんと言っていた?
ミモリに勝つ方法がある、みたいなことを言っていた。
思い出せ。
ミモリの、弱点。
確か、
『彼の場合、常に最善手を打てるって点が……逆に、弱みに……』
捻るように、唇の端を締める。
その先は――口にしていない。
アサギはまさにその時、突然、固有スキルを使ってきたのだ。
(あれは……どういう意味だったんだ……?)
最善手を常に打てるのが逆に弱み?
だから、なんだ?
わからない。
さっぱり――わからない。
(くそ……死ぬなら、そこをはっきり言ってから死ねッ!)
あれでは、何も話していないに等しい。
「…………」
――いや、だめだ。
他者を頼りにしてもやはり、碌なことにならない。
これは世界の真理。
自ら導き出した解こそが、正しいのだ。
自ら敷いた道を行く者だけが、真の強者。
だからこの計画も自分独りで描いてきた。
他者とは頼るものではない。
他者とは、使役する駒であるべきだ。
それより――
「――――」
ここにきてヴィシスの中に、ごく小さな躊躇が生じていた。
ヴィシスはそれに気づく。
これでも自分は、まだ不利ではない。
ミモリさえ倒せればまだまだ勝てる状況にある。
あいつの他に状態異常スキルを使える者はいない。
この前提は、崩れぬはず。
しかし、
(……アサギ、イクサバ)
死んだと確信していたアヤカの乱入。
これが、ヴィシスの認識を微妙に揺さぶっていた。
死――でなくとも、沈んだとは思っていたアヤカ。
けれど今、こうして目の前で生きて自分と戦っている。
(私は……)
アサギ・イクサバの死を完全に、見届けてはいない。
ヲールムガンドが消滅した時。
アサギにはまだ意識があった――ように思える。
(だとしても、あの状態で助かるものか……?)
――どう考えても致命傷だろう、あれは。
あの負傷から助かるなどありえるのだろうか?
ロキエラがあの場にいたとて。
力の大半を失ったロキエラに治せたとは思えない。
いや、どのみち神族の器官は閉じている。
ロキエラが【女神の息吹】を使えるはずはない。
というかアサギがあの状態では、やはり使えても助かるまい。
のはず――なのだが……。
いまいち、確証が持てない。
実際これまで思いもしなかったことが頻発している。
そもそもミモリの時点でそうだった。
死んだと確信していた者が、生きていた。
(そう、一つだけ……ミモリの状態異常スキルの他に、致命的な要素があった――ある)
アサギ・イクサバの、あの固有スキル。
あれは使用者が対象に触れないとおそらく発動できない。
ただ【女神の解呪】を――貫通してくる。
万が一にもないとは思うのだが……。
あれを決められたら、詰みかねない。
食らうのが分身の方でも、本体の私の方であっても。
いや……ありえぬはずだ。
はず、なのだが……
ここに至るまでやはり、ありえぬことが起こりすぎている。
起こりすぎたせいで、確信を持ちきれない。
わずかだが――この戦いの自分の動きに、影響を及ぼしている。
(ちっ――だとしても……癪だが、捨て置けない要素ではある……ッ)
何もかもが。
ほんの少しずつ――目的の成就に、達していない。
一つ一つは大したことがないのかもしれない。
が、一つ一つの要素が積み重なり――成就の邪魔を、している。
けれども……それでもヴィシスは、勝ちを狙っていた。
虎視、眈々と。
執念という果てしない原動力が、ヴィシスのすべてを繋ぐ。
およそ完全なる諦めというものを、ヴィシスは知らぬ。
絶対の座への君臨は必定として私でなければならず、そして、この私こそが全一なる神としての絶対者でなければならない。
飽くまで――壊れるまで。
遊んでやろう。
愚かなる、肉玩具ども。
仲良く手を繋ぎ力を合わせる?
皆の力を一つに?
他者頼りの……そんな、甘い考えで。
――このヴィシスに、勝てるつもりか。
私の行く道に撒き散らされた、この……
吐瀉物どもが。
…………鴉が、鳴いている。
「――――――――」
(鴉?)




