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愛すべきクソゲー



 鹿島と浅葱のところへ駆けつつ、呼びかける。


「イヴ、ジオ! ツィーネとチェスターの方を頼む!」


 二人の豹人が階段を駆けおりてくる。

 俺とセラス、ムニンはすでに鹿島と浅葱のところに辿り着いていた。


「三森君」


 鹿島は治癒スキルを浅葱の傷口に当てていた。

 ……いや、あれは。

 傷口、と言っていいのか。

 あれは――穴。

 そう呼ぶ方が、正しいかもしれない。


「浅葱さん、まだ息はあるの……どうにか助かる方法はないかな? 治癒スキルは痛みを和らげたり出血の勢いを弱くしたりはできるけど、ヴィシスの【女神の息吹(ヒール)】みたいに再生はできないから……」


 セラスとムニンと一緒に屈んで、俺は浅葱の状態を確認する。

 この中で応急処置の心得や経験が最もあるのはセラス。

 セラスは――神妙な顔をした。


 ”真実を口にするのは躊躇われる”


 そんな表情だった。

 それでもセラスは、


「ひとまずの応急処置はやってみます」


 応急処置の準備を始める。

 ……にしても。

 鹿島の様子が、微妙に変わっている。

 なんというか。

 以前はもっとおどおどしていて、自信がない感じだった。

 さっきも……。

 声が震えることもなく、適切に現状を伝えていた。

 その時、



「セラスちゃん……それは無駄だから、いいって」



 浅葱の声。

 鹿島の表情に、急速に色が戻る。


「あ――浅葱さん! 意識がっ――浅葱さん、わた……わたしっ……」

「あーうっざ……あんたはいつまでもウザいねぇ、小鳩……」

「うん……うん!」


 ウザいと言われても。

 鹿島は泣きながら、浅葱の手を握り締めた。


「浅葱さん……ごめっ……わたしがどんくさかった、から……庇って……わたし、をっ……」


 はぁ、と浅葱がため息をついた。


「てめぇを助けたわけじゃねーっての、ポッポちゃんよ……思い上がんな――げほっ」


 浅葱が、吐血した。


「あと……あり、がと……ありが、とう!」

「……はいはい」


 タイミングを見て、俺は尋ねる。


「……痛みは【痛覚遮断(クイーンビー)】で消せてるのか?」

「ふ、へへ……そこで”痛みはないか?”とか”大丈夫か?”とか言わねーあたりがやっぱいいよね、三森きゅんはさ……」


 セラスが応急処置の道具を手にしたまま、


「あの……」

「いいってば。わかるんだ……これ死ぬわ、って。死かー……へー……こういう感じなのね。死ぬのがわかる、って……おもしろー……ま、痛みがないのが救いかねーやっぱ……」


 浅葱が目を細め、俺を見つめる。


「あーあ……マジに戦いたかったよなー……こいつとさー……」


 それから浅葱は。

 味気ないから最後に顔くらい見せてよ、と言った。

 俺は、蠅王のマスクを脱ぐ。


「……つーかよく見りゃあ……普通に、イケメンの分類なんだよなぁ……少女漫画の”どこにでもいる平凡なあたし”とおんなじアレだよなー……擬態、こえー……」


 言って、浅葱はほんの少し黙った。

 そしてややあってから、口を開く。


「ねぇ三森君」

「ああ」

「アタシが結局は裏切れねーってとこまで、やっぱ読んでたわけ?」

「……絶対的な確証まではなかった」

「けど、そこまで分の悪い賭けでもなかったんだろ?」

「まあな」

「ふー……まいったね。これが蠅の王か……こいつやっぱ、ただの蠅がたかるブタの頭じゃねぇよなぁ。そっか……無意識かー……まーあえて見ないようにしてたわけだよなぁ、アタシ……いや……けどもうこの世界にあいつがいないのは、事実だったわけで……アタシはそれを”観測した”から”いない”と認識してた……そう自分に、認識させた。観測したんだからもう結果は変わらないって、信じ込んでたわけだ……祈りだな……けど……」


 浅葱の視線が鹿島に移る。


「ずっと、幻影が見えてたわけだ……そのくせ無意識の中じゃその事実を排除して”完全にいない”ことにしてたんだから……はは……都合の悪ぃもんはないことにするって……浅葱さんも、人のこと言えねーなぁ……アホすぎる……」


 鹿島が耐えきれなくなったように、


「あ、浅葱さん! 応急処置――」

「最後なんだから、ちょっとしゃべらせてよ」

「――――ッ」


「……漫画とかアニメで死ぬ前にベラベラしゃべるキャラとか見てさ……”いつ死ぬんだよこいつ”とか”死が迫ってるのに話長すぎだろ”とか前は思ってたけど……いやこれ、気力が続く限り最後の悪足掻きっぽくしゃべりたくなるわ……もうそういうキャラ見てもアタシ、否定できねー……ま、もう見ることもないんだけどサ」


「浅葱、さん……」


 鹿島も。

 ついに、諦めたようだった。

 ……この深手は。

 浅葱本人が認めているように――助からない。

 今は多分、言葉通り最後の気力で話しているのだろう。

 あるいは鹿島も……もう薄々、感じ取っていたのではないか。

 なんだかなぁ、と浅葱がぼやいた。


「……小鳩はそっくりなんだよなぁ、あいつに――ママに」

「え?」


「どんくさくて……頭弱くて……そのくせ微妙に自分は賢いところがあるとか、勘違いしてて……優れてんのは、顔とかカラダだけで……くく……なんだよ――本当に、そっくりだったんじゃん。そこをずっと認められずに……無意識下に押し込んだままここまで来てたって――笑える。ほんと戦場浅葱(アタシ)が、アホすぎて」


 ずっと邪魔くさかったんだよね、と。

 浅葱は再び、ぼやきを口にした。


「なのに、なぜか放っておけねーっつーか……でも、だからこそ余計うざくてさぁ。死ねばいいと思うのに、殺すことはできなくて……むしろどうしてか助けちまう……ノイズでしかないのになぁ。なんでかなぁ……母親だから? 母親って、そういうもん? アタシはあれだな……そこの、ムニンママみたいなマミーがよかったなー……」


 鹿島が自ら浅葱と目を合わせ、


「浅葱さん、わたしっ……」


「結果的には……おまえとアタシのママが、三森灯河ご一行を救ったとも言えんのかもな。にしても、これ……なんつーゲームオーバーだ。こんなの、クソゲーすぎる」


 あのさ小鳩、と呼びかける浅葱。


「う、うん……っ」

「こんなこと頼めた義理じゃねーのは……重々承知なんだけどさ。元の世界に戻ったら……5年とか10年くらい……1年に1回とかでもいいからさ……アタシのママの様子、見に行ってやってくんないかな? かわゆい浅葱ちゃんの生前の友だちですとか言えば、あのアホなら簡単に家上げてくれるでしょ……ぐ、ぼっ!」


 浅葱が、激しく吐血した。


「だ、大丈夫!? 浅葱さ――」


 手を伸ばした鹿島を手で制止し、


「まあ、しゃべらせろって……頼むよ」


 そう言われて、鹿島はぐっと堪える。


「あと……今のママには天野さんっていう、アタシの選別したカレシさんがいて……そいつは安全カテゴリーに入れて大丈夫なやつだから。ま……なんかトラブルとか抱え込んでそうだったら、高雄姉あたりに相談してみてよ。ひじりんならトラブルとか解決してくれるっしょ……知らんけど」

「わ――わかった! わかったよ、浅葱さん……絶対……絶対約束は守る、から……ッ」


 鹿島は、泣いていた。


「あと……みんな、こっちしゅーごー……近うよれぃ」


 浅葱が、俺やセラス、ムニンを手招きした。

 セラスが俺に判断を仰ぐ。

 俺は頷き、


「一応、判定させてもらえるか」


 三森君はそうじゃないとね、と。

 浅葱はどこか嬉しそうに微笑んだ。

 そして、


「三森君たちへの害意はないよ」


 セラスは、真実と判断。

 戦場浅葱。

 ……すぐ動ける準備は、しておくか。

 それに。

 口ぶりからして、浅葱も。

 最後まで油断しない俺を――三森灯河を、望んでいる。

 俺たちは浅葱に身を近づけた。


「正真正銘……これが、最後の――」


 浅葱が、俺たちに触れる。



「 【群体強化(クイーンビー)】 」



 すでに時間制限で効果が切れていた――浅葱のバフスキル。


「……アタシが死んだら効果も消えるのかもしんねーけど、一応ね。あ、もしかしたら死後強まる念みたいに超強力バフになったりして? だったら、よいねぇ……、――ぅっ」


 ぐぼっ、と大量の血を吐く浅葱。

 鹿島が呼びかける。


「浅葱さん!」


 浅葱の目の生気が、薄くなっているように見える。

 俺は、


「……浅葱」 

「おう」

「礼を言う」

「ふっ……礼には及ばねーよ……途中で裏切ろうとしてたのは、事実だし」

「それでもだ」

「ちっ……ぜーんぶ、蠅王さまのてのひらの上かよ……あ、偽ヴィシスとか関係の話は小鳩から聞いてねー……あ、それとさー小鳩……おまえの固有スキルだけど――」


 浅葱が何か、小鳩に耳打ちした。


「……ま、なんかの役に立つといいねー……もし活かせそうなら、三森君が……なんとか上手くやるっしょ……むかつくほどこいつ、頭がキレるからな……」


 浅葱の片目のまぶたが、閉じ気味になっている。


「はー……三森君の育ってきた道のりとかも……聞いて、みたかった……なー……まーアタシが……こんなこと言うのもアレ、だけどさ……」


 白い唇を動かし、浅葱は言う。


「アタシの無意識含めて……ここまでを描いたなら――勝てよ……三森、灯河……」


 俺は。

 ただ、ああ、と頷きを返した。


「……あとさ――小鳩」

「う゛ん……ッ」





「悪かったな、色々」





「――――ッ」


 口もとを抑えた鹿島の目から、大量の涙が溢れた。


「浅葱、さ――」

「いや……最後くらいはさー……微妙にいい人ぶって……終わりてーじゃん……、――最悪だなアタシ」

「そ、そんなこと……ないよ! わたし、お母さんじゃなくて……なれたと、思ってる! 思ってるからっ……」

「へー……何に?」

「友、だちに……ッ!」


 へっ、と。

 浅葱は鼻で笑った。


「じゃあまー……そういうことに……しとこうか……マイ、フレンド……」


 嗚咽する鹿島。

 浅葱は、天井を見ている。

 多分もう――目が、見えていない。

 俺は、


「【スリープ】……必要なら、かけるぜ」

「お気遣い、どーも……けど、いーや……この死ぬ直前の感覚……痛みがねーと……思ったより、悪くねー……から……」

「……そうか」



「はー……ま、けっこう面白かったし……これでも、いっか…………んで、ようやく……お迎えが来た……みたいだ、ね……なる、ほど……死、は……こういう……感じ、か……へー……」



 浅葱の左目のまぶたが、閉じ切る。



「……これにて……ゲームオーバー、です…………バイ、バイ……っと……、…………、――――――――――――――」



 鹿島が、違和感に気づいた反応をした。


「浅葱、さん……?」


 おそらくは。

 握っていた浅葱の手から、一気に力が抜けたのだろう。


「浅葱さん……浅葱さん! 浅葱さんッ!」


 涙を流しながら、浅葱の身体を揺さぶり呼びかける鹿島。

 動かなくなった浅葱の下には――赤い血の水たまりが、広がっている。

 そうして鹿島が落ち着いてきた頃……


 俺は、


 浅葱のまだかすかに開いたままの右目のまぶたを――手でそっと、閉じさせた。




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― 新着の感想 ―
浅葱の最期は多くの読者が予想し、またはそうなる事を何となく願う様な形でしたね。私もその様に思い描きながら読みました。そして、なるべくしてなった浅葱の最期でしたが、とても心を動かされる、大きな息を吐き…
猫の幻影はもちろん浅葱の脳が作り出したものだが、 悪い未来の象徴として、死に追い込んだ父親を猫の姿で視ていたのかもしれない。
下の方へ フリーズは3/3です 今は使えません
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