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最強の神族



 アルスとの戦いを終えた俺たちは、引き続き城の方角を目指す。


 ……少しずつ近づいている。

 終着点に。

 単に距離の問題だけではなく。

 それが、わかる。

 俺はセラスと会話を交わしながら走っていた。

 背後にはムニン、その後ろにはジオ。

 最後尾には後方からの奇襲対策に”耳”のきくイヴを配置した。

 セラスが尋ねた。


「何か、気になることでも?」

「ん? ああ……少しな」


 アルスとの戦いを経て、俺はとある懸念を抱いていた。

 この懸念を改めてセラスと共有すべきか否か。

 迷っていた。

 懸念は確証まで至っていない。

 そして今、その懸念をまたセラスに話してプラスになるだろうか?

 今のセラスは俺の判断で動くと言っている。

 ならば――今はまだ、俺が一人で抱え込んでおくべき問題な気がする。

 

 ”一人で抱え込むのはよくない”


 この考え方は正しい。

 が、あらゆるケースにおいて正しいとは限らない。

 話した相手に大したプラスを生まず、いらぬ雑念を生むくらいなら。

 一人で抱え込んだ方がマシというケースもある。

 特に今のセラスには戦闘に集中してもらいたい。

 だからセラスの雑念――不純物は極力、削ぎ落とす。

 ましてやこの疑念は合流直後セラスに一度話している。

 共有自体は一度している。

 なので、あえてここで繰り返し話す意味もないだろう。


「…………」


 それに。

 この懸念については実のところ、事前に打てる策はそう多くない。

 アルスの時は実際にイヴが交戦し、そこから情報が揃っていった。

 あれと同じ。

 つまり……

 敵との遭遇時、いかにその場で思考の積み木を早く組み上げられるか。


 瞬発力。

 応用力。

 確証性。


 臨機応変とはまさに、これらが集約された言葉なのだろう。

 セラスも俺の様子から何かを察しているらしい。

 俺の”気になること”ついてそれ以上、質問を重ねてこなかった。

 それはおそらく――セラスが俺を信頼しているからでもある。

 信頼には、応えなければなるまい。

 と――聖体が襲ってきた。


「――セラス」

「はい」


 なんの問題もなくセラスが処理する。

 最小限の動きで。

 この面子なら通常の聖体相手に苦戦はないだろう。

 特に純粋な戦闘能力においては群を抜いたセラスがいる。


 ――が、しかし。


 アルス戦の前から俺が抱いていた懸念――


『純粋な戦闘能力がケタ違いだった場合……真っ向からやり合わずに仕留められる可能性の高い俺の状態異常スキルが、重要になってくる』


 俺自身のあの言葉が的を射ていたなら。

 否――それは戦闘能力にとどまらない。

 戦いの中で繰り返されたあのアルスの”進化”。

 もし他の神徒やヴィシスも、あのような進化をしてきたら――


 純粋な戦闘能力に寄った戦いだけで、果たして勝てるのか?


 いくら対神族性能にリソースを割いているといってもだ。

 神徒とそもそも……人が真正面から戦って、勝てる相手なのか?


 アルス戦を経て芽吹いた懸念。

 それは、今や抱えるのが難儀な大きさにまで膨らんでいる。

 アルスは俺の状態異常スキルすら撥ね除けた。

 効いているのに――効いていない。

 ひとまず残り一発だった【フリーズ】でアルスの無力化はできた。

 しかし今後、他の二体と遭遇した時は【フリーズ】なしでやる必要がある。

 アルスと同格、そして同質だった場合……

 次の戦いは、違う策を用いねばならない。

 こうなると、俺の手札で解決手段となりそうなのは……

 いや、あるいは俺以上に勝利の要素をその手に収めているかもしれないのは――


「……浅葱か」


 こうなると。

 浅葱が”味方のままである”という条件をひとまずの前提として。

 あいつが十河や高雄姉妹と合流しているのを、期待したいところだが――


「ピ?」

「どうした、ピギ丸?」

「ピムム……? ピピーッ!」


 続いて、


「トーカ!」

「トーカ殿」


 ピギ丸から少し遅れて、セラスとイヴが俺を呼び止めた。

 俺も――気づく。

 一方、ムニンとジオはまだピンと来ていない様子である。


「あ、あら? どうしたの?」

「なんだ?」


 ただ、皆が足を止めたのでムニンもジオもそれに倣う。


「…………」


 侵蝕された建物の陰に、何かいる。

 しかし、この弱い気配……

 ひょっとして、これは――



「おぉおおっ!? ずっとひとりぼっちで不安だったけど、一気に安心安全な顔ぶれと合流できたーっ!」



 そいつは喜びを口にしたあと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。


「はー、よかった……このまま誰とも合流できないかと思ったよー……」


 建物の陰に隠れていたのは、ロキエラだった。

 もう一人の小さな女神が近づいてくる。


「ずっと隠れてたのか」

「今のボクじゃあ、この迷宮で一番弱い聖体と戦っても負けるからねぇ……この小さな身体を活かしてひたすら隠れ潜むしかできなかったよ。ていうか、黒豹の人は大丈夫なの?」


 ジオの腕を見てロキエラが尋ねた。

 ふん、と鼻を鳴らすジオ。


「足手まといにゃならねーよ」

「おぉ、心強いね」

「ロキエラ殿」

「ちゃんと愛しのトーカと合流できてよかったね、セラスは」

「ロ――ロキエラ殿っ……、――いえ、その…………はい」


 感慨深そうに腕組みするイヴ。


「うーむ……やはりしばらく会わぬうちに、セラスは我の知る頃以上にトーカにデレデレになったのだな」


 セラスが照れがちに髪先を指でくるくるする。


「デ、デレデレ……デレデレに、見えますか……」


 こくこく、とイヴは頷きで返した。


「ムニンも、無事で何より!」


 ロキエラに声をかけられたムニンが、やや屈み気味に答える。


「あなたも……ふぅ……無事で何よりです、ロキエラさん」


 ムニンはかすかに肩が上下している。

 少しみんなと会話したあとロキエラが俺の懐に戻り、


「ん――とりあえずムニンの息も整ったかな。そろそろいけそう、ムニン?」

「は、はいっ……ごめんなさいね皆さん、わたしの体力が及ばないばかりに……」


 セラスがすかさずフォローを入れる。


「ムニン殿、どうかお気になさらず。体力作りも私と一緒に精一杯やったではありませんか。できる限りの努力はしたのですから、恥じることはありません」


 頬に手をやって、微妙に哀愁の漂う顔でため息をつくムニン。


「……はぁぁ……やっぱり、歳かしらねぇ」


 ムニンのために、そろそろひと息つけようとは思っていた。 

 ロキエラもムニンの様子は意識していたらしい。

 呑気におしゃべりしているようでいて、そういう部分はちゃんと見ている。

 ……やっぱ軽そうに見えて、あれでなかなか気遣いの神族なんだよな。

 どこぞのクソ女神とは大違いである。

 再び――俺たちは進む。

 進む中、俺はこれまで得た情報をロキエラに伝えた。


「――なるほどねぇ」

「どう思う?」


 ロキエラとの合流は大きいかもしれない。

 例の懸念については俺一人で考えるつもりだった。

 しかし、ロキエラなら神族や神徒についての知識を持っている。

 神族という立場から、得た情報を元に有用な意見を聞けるかもしれない。


「確かに、ヲールムガンドやヨミビトに同格の進化能力があってもおかしくはないのかも。けど……アルスってのは話を聞く限り、ものすごく昔の勇者っぽい感じなんだよなぁ……この世界にヴィシスが派遣されたばかりの頃は、ある程度の詳細な報告を出させてたんだ。かなり昔だから記憶の自信の方は微妙なんだけど……根源なる邪悪を倒したあとで自分を殺してほしいと頼んできた勇者が……確か、初代勇者じゃなかったかなぁ……? とすると……アルスっていうのは、ヲールムガンドが”処分”された時期よりも昔の勇者なのかもね……」


「つまり?」


「神徒の”製造”は半神化と違って長い時間をかける必要があるんだ。その分、半神化と比べてより強い力を得られるんだけど……」


 半神化の方は能力がそれほど劇的に向上するわけではないらしい。

 反面、半神化は神徒と違い外見の変異も基本ないとのこと。


「さらに神徒は製造に年月をかければかけるほど、強力になる傾向がある」

「要するに……神徒の中じゃアルスが最も製造期間が長い神徒かもしれない――神徒の中じゃ最強だった可能性がある、ってことか?」

「うん」


 これは――朗報かもしれない。


「無力化した今となっては、アルスが神徒の中で最も厄介な相手だったってのを願いたいところだが……」

「ボクが目にした時は神族の因子を持つ対神徒だったからか、進化する必要もなかったみたいだしね。真の力は発揮してなかったと思う。ただ……」

「他に何か?」

「ヲールムガンドがね」

「例の元神族のやつか」

「……うん」

「強いのか?」

「強いよ」


 迷いなく、ロキエラは言い切った。


「当時、天界の戦闘能力の序列は上から主神オリジン様、ちゅう神テーゼ様、狼神ヴァナルガディア、そして蛇神ヲールムガンドの順番だったんだ」

「つまり序列で言えば、ヲールムガンドは四位か」

「うん。ただ、ヲールムガンドは好戦的な性格じゃないのもあってか、当時ヴァナルガディアと戦ったことはなかったはずで……処分される時もテーゼ様とヴァナルガディアが赴いたけど、その時の戦いは実質的にテーゼ様とヲールムガンドの戦いだったらしい」


 てことは、


「ヲールムガンドが三位のヴァナルガディアより強かった可能性もあるってことか?」

「そうだね……この前ヴァナルガディアは対神族強化を施されたヲールムガンドに負けて、消滅させられたけど……元からあいつがヴァナルガディアより強かった可能性もなくはないんだ」


 先ほどのみんなとの談笑の時とは打って変わって。

 ロキエラはどこか、苦い顔をしている。


「我らが主神は間違いなく最強なんだけど、戦闘系統かと言われるとちょっと違う。だから戦闘行為となるとテーゼ様が実質的には最強って感じなんだけど、あのお方の力は概念に干渉する系統だから……言ってしまえば、テーゼ様はテーゼ様で反則みたいな存在なわけ。ただ強力無比な分、負の面も大きいからテーゼ様の力も一長一短なんだけど……まあ、要するに上の二神はそもそもの種類がちょっと違うんだ。純粋な戦闘能力という点で見るとね。で、話を戻すと……もしヲールムガンドが当時、すでにヴァナルガディアより強かったとしたら……」


「純粋な戦闘能力においては実質そのヲールムガンドが天界最強だった、と」

「そういうこと」


 ロキエラはなんだか、複雑そうに見えた。


「……この前言ったように昔から掴み所のないやつだったんだよ、ヲルムは。けど、誰よりヒトを愛している節もあった。同時に――ヒトを憎んでもいたんだろうな。いつだったかな……ヒトはボクら神族がもっと干渉して管理していくべきだと言っていた。神族が選別を行うべき――神の手で悪貨を取り除くべきだ、ってね。積極的に管理せず放っておけばヒトという生物の持つ可能性はどんどん失われていくだけだ、って」


「…………」


「社会が成熟し技術や概念が先鋭化していくことは総体としてのヒトを幸福にしない……そうも言ってたかな。ヒトはヒト以外の絶対者に管理されなければ何度でも同じ過ちを繰り返す生き物だ、とも」


「俺も悪貨の側だからどちらかと言うと排除される対象だろうが……それでも少し分かる気がしちまうのが、複雑なとこだな」

「トーカは、きっぱり否定しないんだね」

「俺の元いた世界で考えると正直、思い当たる節もなくはない。といって……ヲールムガンドってやつのやり方が絶対的に正しいのかも、俺にはわからない」


 否定もしないが――肯定もできない。

 それに。

 ヲールムガンドの言う絶対者が定める”正当性”とは、一体誰が担保するのか?

 神族――神の判断なら”正しい”のか?

 それはないだろう。

 少なくとも俺は”神”を名乗るあのクソ女神が正しいとはとても思えない。

 やはり複雑そうに笑みを浮かべ、ロキエラが続ける。


「なんかいっつも雰囲気が軽いからさ、あいつ。時が経つにつれてその話もしなくなっていったし……だから、あいつがその考えを実現するために反逆を起こすなんて誰も思ってなかった。ボクだって、あいつが反逆を起こすまではヒトに対するあいつの考えを忘れてたくらいだった。ヲルムはそれほど長い間、その考えについてずっと口を噤んでいたんだ。そんなことを言っていたのを誰もが忘れるくらい……とても、長い間。あるいは……あいつは自分で判断するために、ずっと口を噤んで独り観察していたのかもね……総体としての、ヒトの営みを」


 思い出に浸るように、ロキエラが俯く。


「……起こるケースによっては一理あるかもと思わされるのが厄介なんだよなぁ、あいつの論理って。それこそ……トーカも少し理解を示しちゃうくらいにはさ」

「だが――」


 そもそも俺にとっては、これもやはりスケールのでかすぎる話である。

 三森灯河は総体としてのヒトとやらをどうこうできる存在ではない。

 俺がどうにかできるのは結局、自分とその周りのことだけ。

 そして頭にあるのは――復讐の、完遂。


「ヴィシス側について障害となる以上、話は別だ」

「だね」


 元神族の神徒ヲールムガンド。

 そいつそいつで、また厄介な相手かもしれない。

 感傷を振り切った様子で、ロキエラが言った。


「神徒は因子を与えた神族の子どもみたいなものだ。そして彼ら神徒はヴィシスの因子を与えられている。ヴィシスの意思――命令に対しては、究極的には逆らうことができない。当然ヴィシスに危害を加えることはできないし、死ねと命じられれば消滅する」


 ヴィシスは、とロキエラは続けた。


「出遭った敵は始末するよう神徒に命令してるはずだ」

「…………」


 不意に。

 アーミアの剣と盾を手にしたアルスの姿が、思い出される。


「酷なことを言うかもけど……」


 そう前置いて、ロキエラは言った。



「すでにこの迷宮内でヲールムガンド――神徒に遭遇したそれなりの数の味方が殺されてるのは、覚悟した方がいいかもしれない」





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