戦士たち
前回更新後に新しく1件、レビューをいただきました。ありがとうございました。
言葉を発する中で、ジオは黒刃のカタナを動かしていた。
力を込め、斜めに。
アルスはその場から離脱。
離脱の際、食い込んでいた刃がその肉を裂いた。
心臓から左脇がぱっくり割れ、アルスは出血。
また、アルスは離脱時にジオへ攻撃を仕掛けていた。
ジオはもう片方のカタナでそれを捌き、イヴの方へ跳んだ。
「そなたか」
「どうやら無事みてぇだな」
イヴに応えるジオの目は、アルスの装備に注がれている。
同じ最果ての国の仲間であるアーミアの装備。
イヴは、
「事前の情報通り、あの神徒との会話による意思疎通は難しそうだ。ゆえに……安否はわからぬ」
ジオは短く、
「――そうか」
とだけ言った。
低い姿勢で構えを取る黒豹の双剣士は、冷静に見える。
が、イヴにはわかった。
彼は、燃えたぎる怒りをその内奥に充溢させている。
その一方で――理解している。
この相手に対し冷静さを欠くのは死に直結する、と。
(カッとなりやすい一方、妙に冷静な面もあると聞いていたが……なるほど、ただの直情型な男ではないらしい。そして……)
トーカの言葉を思い出す。
『セラス、十河、高雄姉妹を除けば、次点にはジオと狂美帝がくる』
(あのトーカも、実力者として名を挙げている者……)
「そなたと合流できたのは、幸運かもしれぬな」
「オレもだ」
ジオはアルスを観察しながら続けた。
「外の世界で生き残ってた同類を、こんなところで死なせるわけにはいかねぇからな。テメェと近い順番を選んだのも、そのためだ」
ふっ、とイヴは笑む。
そして、これまで自分が得たアルスに関する情報をジオに伝えた。
アルスは――再生が始まっていた。
流した血が逆流めいてその白い肉体の中へと還流していく。
裂けた肉も、塞がっていく。
「心臓は”核”じゃねぇ、ってことだな」
イヴは感心した。
(さすがというか、よく視ている……)
同じく、イヴも気づいていた。
ジオの攻撃を受ける時、アルスが守った場所――
(盾と刃鞭で咄嗟に守ったのは、首と胴に見えた……)
つまり、どちらかがアルスにとっての致命傷となりうる部位。
そう考えられるのではないか。
「それでどうする、黒き豹の双剣士よ。ここから離脱し、他の者との合流を目指すか?」
低い構えを取っていたジオが身体を起こす。
力を入れすぎぬ様子で、彼はカタナを構え直した。
「あいつが、逃がしてくれりゃあな」
(ふむ……逃げの選択肢を取るだけの冷静さも、ちゃんと持ち合わせているか……)
ただ、とジオ。
「離脱を意識しすぎてそこにできた隙を拾われてやられる、ってのは避けてぇ」
「うむ」
時に攻撃は最大の防御となる。
闘争へ挑むからこそ減じられる隙もあるのだ。
あえて挑むがゆえ拾える命もある、というわけである。
あるいは、防戦に挑む方が結果として仲間を待つ時間を作れるかもしれない。
「それに――」
ジオが自分の手を一瞥し、
「手応えとしちゃあ……まるで手に負えねぇ、ってわけでもなさそうな感触だったが」
イヴはアルスを見据えたまま構えを変え、
「――やるか?」
チャキッ、とカタナの角度を変えるジオ。
「……少し、やってみるか」
あるいは。
戦うことで、逆に離脱の隙を作れるかもしれない。
また、交戦の中で得られる情報もある。
それが、後続の者へ繋げられる有益な情報となる可能性だってある。
互いに視線を交わしたのち、二人はアルスへ視線を戻した。
アルスの雰囲気が――変わっていた。
(ふむ……ひとまず戦いを選んだのは、正解かもしれぬな)
こちらが戦いに挑む空気になると、アルスの殺意がわずかに減じた気がした。
逃げようとすればひたすら殺しにくるつもりだったのかもしれない。
けれど戦う姿勢を見せた途端――
アルスの戦いを”楽しむ”雰囲気が強くなった。
そんな気がした。
(やはりこの者は闘争そのものを求めている? 失望の空気が霧散したのと同時に、殺意が減じた……)
つまり。
失望は、問答無用の殺意へ変わるのだろうか?
アルスが両手を開き、構えを取った。
肩の刃鞭も、躍る。
「『強くなることは楽しい……なぁ、それの何が悪ぃ? ヴィシス……おまえは、何もわかっちゃいねぇ』」
アルスが突進してきた。
イヴとジオは前に出つつ左右に分かれる。
ジオはアルスの右、剣の方へ。
イヴはアルスの左、盾の方へ。
刃鞭が、左右それぞれに繰り出される。
どちらもカタナで刃鞭を捌く。
(刃鞭の軌道は今のところ、読みやすい方だが――)
ジオは刃鞭と剣それぞれにカタナで器用に対処している。
イヴは、踏み込めそうな隙を見極めつつ攻防を続けた。
こちらが補助役と相手に見抜かれれば、その役の意味はなくなる。
本命もありうる――そう思わせてこそ補助役は活きる。
血闘士時代。
初期の頃は、集団戦をしていた。
あの頃の感覚がふと甦ってくる。
そういえばこういう組み立てもしていたな、と懐かしく思った。
その時、
「!」
一閃。
ジオの斬撃が、アルスの肩辺りを鎧ごと切り裂いた。
肩の肉ごと切り離された刃鞭が宙に飛んでいる。
「『ぐわぁぁああああ――――ッ!?』」
(なるほど、刃鞭の本数を減らすのを目的とした攻撃か)
一見すると全身鎧に見えるアルスのあの姿。
しかし、実際は”すべてがアルス”らしい。
ジオはその鎧肉ごと、刃鞭をアルスから切り離した。
(む?)
……ズズッ……
切り離された肉片が、アルスの方へ戻ろうとしている。
自律的な動きで。
まるで、肉片が意思を持ち単独で動いているかのようだ。
流れた赤い血も同じ。
生物のように動いている。
ジオは攻防の中、その肉片を踏み潰――
「――――」
咄嗟にジオは、踏むのを中断した。
力なく垂れていた様子だった肉片の刃鞭が、動いている。
あのまま踏みつけていたら。
肉片に残った刃鞭の攻撃に足を無防備に晒す形になっていた。
ジオが敵を睨み据え、
「切り離された肉体の一部も、自在に操れる……そういうことか?」
(やはり”核”となる部分を破壊せねば、再生し続ける……?)
カタナの斬撃音。
その音が、肉を寸断する音を引き連れてくる。
ジオの刃が、アルスの腕を斬ったのだ。
しかし――切断には至らず。
どうやら、今度は腕の切断を試みたらしい。
「『はぁ……はぁ……血が……くっ……つ、強ぇ――こいつ、強ぇ……ッ! けど、負けるか……負ける、かよっ……はぁぁああああぁぁぁああああああ――――ッ!』
その言葉や声量は、裂帛の気合いを感じさせる。
しかし虚空から響くその雄叫びは、やはりどこか”ちぐはぐ”である。
イヴは再びジオと視線を交わした。
(恐るべき男だ。視線のやり取りだけでこれからどう動くかを伝えてくる……これほど自然と完璧に近い連係を取れる戦士は、過去にいなかった)
戦才だけではない。
高い身長に、引き締まった筋肉。
戦闘向きの骨格。
何より――あの手足の長さと、しなやかさ。
これらは戦いの中で重要な要素を占める。
特に身長や骨格、手足の長さは生まれ持った”才能”と言える。
(あの大柄な神徒と互角……あるいはそれ以上に戦えているのは、あの者の肉体的な強みも大きかろう)
そのどれも、イヴはジオに劣る。
(だが――)
速度。
反射神経。
経験則による先読み。
これらには、自負がある。
火花散る攻防が、続く。
その中で――イヴは、違和感を覚えていた。
(――なんだ? この神徒……何か、引っかかる……)
しかしその正体まで辿り着くことができない。
ジオは、押していた。
力や技ではアルスに勝っている――そう、見える。
さながらジオは、黒刃の暴風。
自律的に這いずり刃鞭を振り回す地面の肉片にも、対応できている。
(ジオは確かに優勢……だが、決定打には至らぬ……やはり決めるには首か胴か。その二つの部位への決め手を、やはりアルスは警戒している……、――む?)
「『く、そっ……シオン……オレは、根源なる邪悪を倒して世界を救わなくちゃいけねぇのに――楽しい……戦うのが、楽しいんだッ! 命のやり取りが、楽しいんだよ! 楽しいと、感じちまってる! くっ……どうしたらいい? オレは――この世界を救うために召喚された者として……正しい、のか……? この気持ちは、間違ったものなのか? 答えてくれよ……シオン……なあ、シオン……何か、言ってくれ……』」
アルスは、何か喋っている。
かつて根源なる邪悪と戦った時、口にしていた言葉なのか。
内容から、やはり元異界の勇者であったことがうかがえる。
「――ちっ、気味の悪ぃ野郎だぜ……言葉だけ聞いてると、戦ってるのに”戦ってる”気がしねぇ……ッ」
戦いはジオがたくさんの刃傷をアルスに与えているものの、拮抗状態にあった。
(そう……拮抗、しているのだが……)
拮抗。
(……拮抗、か)
イヴは迷っていた。
このまま拮抗状態を保ち、味方が駆けつけてくれるのを待つか?
が、逆に敵の増援が現れる場合だってありうる。
(こういう時、トーカやヒジリがいれば勝利への道筋をつけくれそうなのだが……)
それでもイヴは、イヴなりに光明を探っていた。
その時、
「!」
アルスの刃鞭がさらに二本、増えた。
今度の二本は肘から生えている。
それでもジオは気にせず攻防を続ける。
イヴも、戦闘を継続する。
(うむ……二本増えた程度なら、まだ我もジオもやれる……それに――)
目を凝らす。
「……ジオ! 一度、距離を取ってみてくれぬか!?」
黙ってジオはすぐさま後ろへ跳ぶ。
イヴはそれと正反対の方向へ後退した。
するとアルスが一瞬、判断に迷う様子を見せた。
「――、……なるほどな」
ジオも理解したらしい。
そう――
刃鞭は本数こそ増えたが、射程が微妙に短くなっているのだ。
本数を増やせるのにアルスはこれまでそれを安易にしなかった。
それは、増やせば射程がその分短くなるからだろう。
(それに……本数が増えたら、わずかだが刃鞭の威力も減じた気がした。それゆえに、おそらくあの神徒はそう安易に本数を増やせぬのだ)
アルスはこれまで、ジオの猛攻を防ぎ切れていなかった。
そこで手数を増やし、対抗しようとしたのだろう。
ある意味、防戦に切り替えた――そう捉えられなくもない。
イヴは、
「……ジオ」
「おう」
「あの者と相対する中で、我は何か妙な違和感を覚えた」
「違和感?」
「その正体がなんなのかはまだわからぬ……ただの勘違いかもしれぬ」
ジオが鼻を鳴らす。
「直感ってのは大事だぜ。特に……優れた戦士のはな」
(ふむ……)
優れた戦士。
イヴをそうと認めてくれているらしい。
ジオはカタナを手もとでくるりと器用に持ち替え、
「テメェの持ったその違和感ってのが、もしかするとあいつを攻略する糸口になるかもしれねぇ」
「確証のない違和感程度で、博打を仕掛けてよい相手ではない気もするが」
「いや……この相手だからこそ、だろ」
なら、とジオが前傾姿勢を取る。
さながら、獣が獲物に襲いかかる直前のような姿勢。
「その違和感を掴むために――もう少し……時間稼ぎをして、みるかッ」
――ガッ――
地を蹴り、ジオがアルスに肉薄。
そのまま乱撃を仕掛ける。
イヴもジオの駆け出しに合わせ、アルスに接近する。
さらなる熾烈な攻防が、始まった。
ジオは神徒と互角に打ち合っている。
イヴも観察しながら、アルスの攻撃を捌いていく。
――戦れている。
対神族に特化した造りとやらのおかげか。
神族以外の種族であれば――イヴたちなら、どうにか戦える。
戦えている。
(とはいえ、やはり攻め切れていない……違和感の正体も掴めぬ……やはり、違和感は気のせい――)
「!」
刹那。
ジオの動きが、変わった。
そして、イヴは感じ取った。
合わせろというのか。
ジオが――アルスの手甲めいたその手首を、斬り飛ばした。
切断された手首。
アーミアの剣ごと、手首から先が地面に落下していく。
ジオは身体を捻って刃鞭を躱し――さらに、前進。
アルスの懐へ潜り込もうとする。
同時に――イヴも攻撃を仕掛けていた。
二本の刃鞭を弾き、盾に思いっきり蹴りを入れる。
盾が激しく揺れた。
すると、アルスが盾を強く握りしめたのがわかった。
ジオは胴を斬ると見せかけ、カタナの一本を、アルスの太ももに突き刺した。
「『うぉぉおおおおぉぉぉおおおおおお――――ッ!?』」
アルスの雄叫び。
ジオはその雄叫びにも動じる様子なく――
残るカタナの柄を、両手で、強く握り締めた。
――ミシッ――
凄まじい力が、その黒い腕に満ちたのがわかった。
ジオの狙いは。
胴の――切断。
「『やらせて、たまるかよぉぉおおおお――――ッ!』」
さらなる、アルスの叫び。
刹那――イヴの中で”音”が、消えた。
「――――――――」
透明度を増し、澄み渡った思考の海。
感覚で、イヴはそれを理解した。
それは先読みが冴えていたゆえのことか。
あるいは、獣の勘か。
―― 今 ――
ジオの言葉。
『もう少し……時間稼ぎをして、みるかッ』
”時間稼ぎ”
これは、防戦の宣言とも取れる。
つまり”勝ちにいかない”という宣言。
アルスの中から”決めにいく戦い”という選択肢を削げる。
ただし、これをアルスが理解していたかはわからない。
こちらの言葉を理解しているかどうか、そもそも不明だからだ。
しかし――戦士としての駆け引きの方はできる。
それは、攻防の中でわかった。
おそらく武器を交わすことによる”会話”は可能。
この戦いの中、アルスは気づいたはずだ。
イヴは本命ではなく補助役である、と。
そして、
”補助役でないと見せかけるため、最大限の努力をしている”
とも。
事実、イヴもそのつもりだった。
そのつもりで戦っていた。
否、おそらくジオもそうだった――はず。
が――瞬時にジオが、切り替えてきたのだ。
イヴがその意図を理解したのは、一瞬に満たなかった。
感覚と感覚で響き合い、奇跡的な短さで両者の理解は成立した。
これは、互いが”優れた戦士”であったゆえに起きえたことなのか――
(いずれにせよっ――)
ジオは直前で、アルスの胴を寸断する己の必殺級の一撃を囮役に切り替えた。
そして、イヴに”やれ”と伝えてきた。
アルスの防御はすでに胴を守るべく動いている。
イヴ・スピードの刃は――――
(この、一撃に――)
「『あんたら、やるじゃ――」
――ズンッ!――
アルスの頭部を――その首下から、切り離した。




