Birthday
「クッチャ……クッチャ……」
俺は胡坐をかきながら朝食を食っていた。
ビーフジャーキー、一枚。
「クッチャ、クッチャ……」
毒々しい色のリザードマンたちを睥睨する。
皆、紫の泡をふきながら眠っている。
その後ろには四足歩行トカゲの死体が広がっている。
俺の左右斜め前には、横たわる二体のドラゴンゾンビ。
こちらも紫に変色している。
時おり、うめき声のようなものが上がる。
「グ、ぎ、ゲ……ぇ、ェ……っ」
苦しみの滲む鳴き声。
個人意思の介在した命奪。
それを可能にするのは――確かな殺意。
俺の中には”殺し”の因子が存在しているらしい。
うめく魔物を眺めながら目を細める。
二体のドラゴンゾンビ。
ふと、腐った醜悪な顔が実の親とダブった。
△
あいつらはその日も、頭を抱えて丸くなる俺を蹴っていた。
あれは、夕食後のことだったと思う。
俺の夕食は大抵両親の食事の余りものだった。
母親は昔からスーパーで食品を買い込みすぎる癖があった。
父親とはそれが原因でよく喧嘩していた。
しかしそのおかげで余った分の飯が俺の食事となっていた。
『頑丈なガキだぜ! ちっ! もっと泣き喚けば、ちったぁ面白ぇんだがなぁ! おらぁ!』
『殺さないでよねー? 今、世間の目が厳しいんだからさ〜』
『うるせぇ! 死んだら死んだでいいだろうが! くたばったら事故だよ、事故! 知らぬ存ぜぬで切り抜けんぞ! むしろこのガキが死ねば、たっぷり香典とかもらえんじゃねぇのか!?』
『てゆーかダーリン、あたしにも蹴らせんさーい! おら! おら! おらぁ! 痛ぇか!? 辛いか!? けどあたしらはなぁ、もぉっと辛い日々の仕事のストレスに耐えてんだよ! つまんねー仕事のな! だから、偉いん、だよ! ガキのてめぇにゃわかんねーだろ!? おらおらおらぁ! なんか言ってみなよトーカぁ!? 死ね! 死ね! 死ね!』
『イイ酒の肴だぜ! ぐび、ぐび――ぷはぁっ! いいぞ! そのままぶっ殺せ! スカッとするぜ!』
『おらおらおら――あぁ!? ちっ! 隣のやつがまぁ〜た騒音とか言って文句ほざきに来てやがる!』
『おい! またおせっかいで児童相談所とか呼ばれたらしんどいぞ!』
『そ、そうだね……はいは〜い、すみませ〜ん! 静かにしま〜す! ほんと、ウチの子どもがうるさくてすみませんねぇ〜っ』
イツカ、殺ス。
殺サナイト、殺サレル。
俺ニ、モット”力”ガアレバ。
何モカモヲ踏ミ潰ス”力”サエ、アレバ。
殺セ。
内ナル何カガ訴エテクル。
殺セ。
殺ス。
殺シテ、ヤル。
▽
「…………」
あの時期、俺は”殺意”を知ったのだろうか。
「なら、感謝しないとな」
あいつらに。
殺意という因子を、与えてくれたことに。
他生物への殺意を、培ってくれたことに。
「元の世界に戻るようなことがあったら……捜し出して、礼の一つくらい言いに行ってやるのもいいかもな……」
叔父夫婦にも感謝しかない。
こちらは皮肉ではなく、心から感謝している。
叔父夫婦は俺を”普通”にしてくれた。
大事にしてくれた。
人のぬくもりを教えてくれた。
優しい心を、教えてくれた。
本当にお礼を言いたいのは、俺を引き取って育ててくれた叔父夫婦にだ。
「……優しい心、か」
魔物たちをぼんやり眺める。
最初に絶命していったのは四足歩行トカゲだった。
毒による死をひたすら待つというこの殺し方。
「ゲっ、ガっ!? グぇェ――」
【レベルが上がりました】
爽快感も何もない。
ひどい光景だ。
たとえば、虐殺。
そう――俺が、やった。
恐ろしい行為。
優しさの完全に欠落した行為。
「ふ、ぐっ……」
涙が、溢れてきた。
「くそ……なんなんだよ、これ……っ」
この時になって俺はようやく、自分のした行為の恐ろしさと凄惨さに苦悩――
するのだと、思っていた。
「しない」
まるで、しない。
目から涙が伝い落ちる。
何も感じない自分の非情さに驚いたのだ。
驚きのあまり溢れてきたのが、涙だった。
俺は”毒”されたのだろうか?
殺しへの抵抗感は”眠り”についたのだろうか?
殺しへのまともな感性は”麻痺”したのだろうか?
なんとも思わない。
なんとも思わない自分が、怖い。
涙を拭う。
「フゥゥゥ……、――」
細く息を吐く。
涙はもう、消えている。
「仕方、ねぇだろ」
ここで生存競争してるうちに、こうなっちまったんだから。
受け入れるしかない。
受け入れろ、今の俺を。
新しい俺――
トーカ・ミモリを。
おまえたちが俺を殺そうとする。
俺もおまえたちを殺そうとする。
実にシンプルな摂理。
本身の殺意には――容赦なく蹂躙を、決行する。
濃い闇と見つめ合う。
「よぉ」
どうやら俺はもう”おまえ”が怖くないらしい。
恐れていた闇は今や、手を取り合う友となったのかもしれない。
「ギゃッ! ぎェ!」
「ぐェ!?」
「グぎャ!? ぎェぇ!?」
連鎖していく断末魔の声。
リザードマンが、次々と息絶えていく。
死の合唱。
「ご、ゲぇェ――ッ、……」
「ひギ、ぇェ、ェ゛――ッ、……」
ドラゴンゾンビも力尽きたようだ。
惨たらしくも、毒々しい光景。
このあと上のエリアへ移動する途中、俺は、思い出すことになる――
【レベルが上がりました】
自分の口端がこの時、笑みを形作っていたことに。
【LV549→LV665】




