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壁外決戦


 新しく3件もレビューをいただきました。レビューや感想では苦心した点などを掬い取ってくださっているものもあり、陰ながら嬉しく思っております。ポイントの方も、気づけば200000ptを超えていました……。ブックマーク、評価をくださった方々にもお礼申し上げます。


 また、先日2巻に再重版がかかったとのご連絡を担当編集さんよりいただきました。ご購入くださった皆さま、改めて厚く感謝申し上げます。ありがとうございました。


 それでは「壁外決戦」、お楽しみいただけましたら幸いでございます。








 ◇【十河綾香】◇



 北門から溢れ出たオーガ兵たち――

 南の魔物との挟撃に浮き足立つ味方たち。

 綾香が咄嗟の判断を迫られた時だった。


「この程度のオーガ兵など、我がネーアの敵にあらず! 蹴散らしなさい!」


 凜烈な声が、高らかと鳴った。

 号令のあとに続くは白き鎧の騎兵隊。

 ネーアの聖騎士たちが、オーガ兵の背後から雪崩れ込んできた。

 背後を突かれる形となったオーガ兵が次々と斬り伏せられていく。

 騎兵隊の先頭集団には、ひと際豪奢な鎧を着た女がいた。

 カトレア・シュトラミウスである。


「ね、ネーアの姫君だ!」


 生存している兵がカトレアを指差す。


「いましたわね、異界の勇者!」


 綾香へ向けて剣先を突き出すカトレア。


「南から迫る群れは一旦、わたくしたちが任されますわ! 邪王素の影響を受けないあなた方は、オーガ兵を!」


 ――そうだ。

 オーガ兵は大魔帝の軍勢。

 少なからず邪王素を宿している。

 この世界の人々を弱体化させる謎のエネルギー。

 ただしこちらにはその影響を受けない者たちがいる。

 自分たち――異界の勇者だ。


 白き鎧の騎兵隊は綾香たちを通り過ぎ、南から迫る魔物たちへ突撃していく。


 過去の根源なる邪悪から生まれた金眼は邪王素を持たない。

 なら、


(カトレアさんたちも、弱体化なしに戦える……ッ)


 綾香は騎兵隊とすれ違いながら、北門目指して駆ける。

 槍を手に、隊列の崩れたオーガ兵たち目がけて突撃した。


「2−Cの勇者は、私に続いて! 私たち勇者は邪王素の影響を受けないから、オーガ兵相手でも一切弱体化なく戦える!」


 二瓶が気炎を吐いて続いた。

 カヤ子も皆に指示を出しつつやや遅れて動き出す。

 その時、だった。


 竜声が、空をつんざいた。


 猛りながら、黒竜たちが北門を飛び越えてくる。


「黒竜騎士団!」


 先頭の黒竜には、ガスと呼ばれていた若き黒騎士が乗っている。

 確か三竜士の一人だ。


「皆の者、異界の勇者たちを援護するぞ! 私に続け!」


 魔導具を手にしたガスは声を上げたあと、上空から魔術を放った。

 ネーアの聖騎士たちの遥か向こうの群れの一角が、火球で燃え上がる。


「援軍だ! みんな……お、おれたちも行くぞ!」


 自らを奮い立たせ、二瓶たちも戦闘へと突入していく。

 放心気味に一連の光景を眺めていた室田が、呟いた。


「……なんなわけ、あいつら。低ランクのくせしてはりきりすぎ……綾香も、なんかヒーローみたくなってるしっ……」

「室田さん!」


 綾香は呼びかける。


「生きるために戦って! そして、できれば今あなたたちの力を貸して! 今、過去のことはどうでもいい!」


 魔素刃でオーガ兵をなぎ払いながら、綾香は願う。


!」

「く、くそ……異世界にきてから、なに格段にイインチョっぽくなってんだよ……くっそ! やればいいんだろ、やれば! し、死んでたまるか……幾美みたいに……死んでたまるかぁぁああああ!」


 やけっぱち感もあるが、とにかく室田も奮起した。

 他の桐原グループも腹を括ったらしい。

 彼らも、二瓶たちに続く。


「おれたちよりランクの低いあいつらが戦えてるんだ……だ、だったらおれたち上位勇者が戦えないわけねぇだろ! 覚悟を決めて、やるしかねぇ!」

「い、いざとなれば人面種殺しのイインチョがいるし!」


 彼らの背を見ながら、綾香は内心独りごちた。


(私の戦う姿で――人面種を倒したことでみんなに希望を見せられた。そう、思いたい……ッ)


 戦場でのレベルアップもあってか、勇者たちは思いのほか善戦を見せた。


 邪王素の影響を受けないのもあるのだろうか?

 門から入ってきたオーガ兵たちの数が、みるみる減っていく。

 何より――止まぬ綾香の猛撃を前に、オーガ兵たちにはなすすべがなかった。


 オーガ兵の勢いが止まった頃、カトレアと一部の聖騎士が引き返してきた。

 魔物はまだ残存しているが、魔の濁流はひとまず押しとどめられている。

 ちなみに見る感じ、ネーア軍とバクオス軍は連係が取れていない。

 両国の関係を考えれば仕方ないのかもしれないが……。

 それでも集団での動きは、綾香たちの何倍も洗練されていた。

 中、大型の魔物にもしっかり対応している。


「アヤカ・ソゴウ」


 馬上のカトレアが声をかけた。


「は、はいっ」


 壁内の惨状へ視線を転ずるカトレア。


「まさかこちらがここまでひどい有様になっているとは、思いませんでしたわ」


 綾香はかいつまんで経緯を説明した。

 カトレアは深刻そうに、形のよいあごへ純白の手甲をあてる。


「四恭聖が、長男を除き全滅……三竜士のバッハ殿に、ギーラ殿も戦死ですか。しかし、まさかあの”灼腕しゃくわん”アビス・アングーンがやられるとは……しかも、長男と竜殺しは生死不明……」


「あの、壁の外の方では何があったんですか?」


 カトレアが壁外へ視線を転ずる。


「大魔帝軍による奇襲にあいました。数の面ではわたくしたちが圧倒的に優位ですが、中にやたら強い側近級がまじっていて、それが手に負えません」

「側近、級……」


 根源なる邪悪の強力な配下の呼称。

 以前、そう説明を受けた。


「敵の南侵軍は動きがとても鈍く、目的地のマグナル王都へ到達するにしても、まだまだ日にちがあったはずでした。しかし、鈍足な方の南侵軍はどうやら目くらましだったようです。ともすれば、南侵軍の本命はわたくしたちだったのかもしれませんわね……」


 王都にて待つマグナル軍との合流。

 その合流前に、敵は先にこの南軍の半分を削る策を弄してきたのか。


 もしくは――本命の女神を、ここで()るつもりだったのか。


 真の狙いはわからない。

 が、


「……見事、してやられたわけですね」


 まつ毛を伏せ、息をつくカトレア。


「ええ、やられましたわ」


「あの、今の壁外へきがいの状況は……」


「今はポラリー公とワルター殿が指揮を執り、兵をまとめてなんとか踏ん張っていますわ。ですが、側近級だけはどうにもなりません。数で圧倒していても……あれは、数でどうこうできる相手とは思えません。わたくしたちがこちらへ来た意味……わかりますわね?」

「邪王素の影響を受けない勇者が、相手をするしかない……」

「その通り。頼みましたわよ、勇者アヤカ」


 ちなみに会話の途中、カトレアの視線はあるものに釘付けになっていた。


 綾香が殺した人面種の死骸である。


 カトレアの瞳には、驚きにまじり、希望の光が灯っていた。


「おそらく、あなたたち勇者にしかあの側近級は止められない。魔群帯の魔物は、兵数さえ残ればどうにかなりそうですが……」


(人面種も、私の固有スキルと極弦で倒せるかもしれない……)


 つまり、


「あの人面種を倒せる者がいるのでしたら……現状、問題となるのは――」


 側近級のみ。


 のちのことを考えると、これ以上、壁外の兵の損害を広げたくはない。

 そのためには――側近級を倒すしかない。

 綾香は深く息を吸い込み、息を整えた。


「行きましょう」


 凜と、北門を見据える。


「道を、開きに」



     ▽



 北門を越えると早速、オーガ兵が殺到してきた。


 先頭を行く綾香は、馬上から槍でオーガ兵を突き殺していく。

 馬はネーア兵から借り受けたものだった。

 綾香の左右は、勇者たちが固めている。

 そして、彼女たちが北門を抜けた先に広がっていた光景は――


「何、これ……」


 一瞬、圧倒された。

 戦場は、乱戦と化していた。


「シぎァぁァあアあアあア!」


 横合いから、剣を手にしたオーガ兵が飛び出してきた。

 綾香はひと突きで、そのオーガ兵の眉間を貫く。


(くっ……圧倒されてる場合じゃない!)


「みんな、陣形を整えて!」


 十人十色の声が、力強い応答となって戻ってくる。


 綾香たちはこうして、再び戦の濁流にのみ込まれた。


 熾烈な戦いが――再度、幕を開ける。

 敵味方が入り乱れ、辺りはすぐに混戦の模様を呈した。

 そんな中、勇者たちは奮迅の働きを見せている。

 邪王素の影響を受けないおかげか。

 もしくは本物の戦場が、彼らを成長させたのか。

 いずれにせよ今の彼らは以前と違っていた。


「殺せ殺せ、殺せぇ! 大魔帝の兵士どもを、ぶっ殺せぇ!」

「数で常に有利に立つことを忘れないで! 強そうなのは、数で倒すの!」

「後ろの子たちは桐原君のグループの人たちに……支援術式を!」


 綾香のグループが培ってきた連係の動き。

 突出した力を持つ十河綾香を皆で活かすという戦い方。

 今、彼らは桐原グループ――B級勇者を活かす戦い方をしていた。

 安グループも同じだった。

 いずれ先頭に安が立つことを考え、彼らも支援的な戦い方を学んできた。

 ベインウルフから、共に学んだのだ。

 二瓶が、声を上げる。


「行くぞみんな! 下級には、下級なりの働きどころがある!」


 下級勇者たちの支えを受けて、B級勇者たちが猛然とオーガ兵に襲いかかっていく。


「殺れるもんなら殺ってみろよ魔物ども! おらぁぁああああぁああっ!」

「絶対、帰るんだから! 元の世界に、帰るんだからぁ!」

「絵里衣、二瓶たちが押されてる! 援護に回ってやってくれ!」

「わ、わかった!」


 カヤ子がそこで、声を張った。


「危なくなってる兵士の人たちも……余裕があれば救って! 無事な兵士の人が多ければ、あとでこっちに来ると思われる魔群帯の魔物たちと戦う力に、なってくれるっ」


 桐原グループが背を向けたまま、応答する。

 状況に流されスキルを放つ室田も、少しずつ覇気を取り戻し始めていた。


「んだよ……あの鉄仮面キャラの周防まであんな張り切っちゃってよ! くそ、マジでウケんだけど! ほら南野、後ろ危ないって!」


 綾香は、手応えと、かすかな嬉しさにこぶしを握りしめた。

 単に一時的なものかもしれない。

 状況がそうさせているだけなのかもしれない。

 けれど今、確かにクラスメイトたちは一つになっていた。

 力のみなぎる感覚が、綾香の全身を駆け巡る。


 やがて、少しずつではあるが、綾香たちの周囲の魔物は片づき始めていた。

 オーガ兵を蹴散らす者は勇者だけではない。

 カトレア率いるネーア聖騎士団の強さも相当なものであった。

 騎馬による攻撃は特に強力で、邪王素の影響を感じさせぬほどだ。

 何より、


「――【武装戦陣(シルバーワールド)】――」


 十河綾香の異質な強さはこの戦場でも、やはり頭一つ抜けていた。

 他の者では手に余りそうな魔物をあっさり蹴散らしていく。

 綾香の通り道には、魔物の死体の山が続々と築かれていった。

 少なくとも綾香とその周辺に限れば、破竹の勢いと言える状況にある。

 が、


(オーガ兵の数が想像以上に多い……ッ)


 綾香の内に湧き上がった疑念を察したか。

 オーガ兵を切り伏せたカトレアが馬首を並べ、言った。


「この数のオーガ兵がマグナル領土内を移動していれば、ここへ来るまでにどこかで発見されているはずですわ……しかし発見されることなくここまで到達している。何か、違和感があります。それに――」


 眉間に、ゆるくシワを寄せるカトレア。


「少しずつですが、オーガ兵の数が増えている気がしますわ……」

「数、が……?」


 その時だった。


 やや遠い場所で、大量の味方が宙を舞った。


 悲鳴と、共に。


「ぐわぁぁああああ!?」

「ぎぁあああ!」


 四本角を備えた羊頭の悪魔が、暴虐の嵐と化していた。

 全長、およそ7メートル近くはあろうか――


「黒竜が!」


 羊頭の巨人の近くを舞う黒竜が混乱していた。

 制御を失っているように見える。


「邪王素が強すぎて、おそらく騎乗している者は指示さえ出せないんですわ!」


 そう分析するカトレアの瞳は綾香に強く注がれていた。

 言葉に出さずとも、彼女の目が語っていた。


 あれが話に出ていた側近級だ、と。


 緊張感を胸に、綾香は槍を握り直した。

 そして――鷹のごとく鋭い目で、羊頭の悪魔を見据える。


 瞬間、綾香の全身が、総毛立った。



 こちらを、指差している。



 羊頭の巨人が――十河綾香を。

















 重々しく歪んだ声が戦場の空気を切り裂き、綾香の耳朶じだを打った。


 ――ドク、ンッ――


 心臓が、跳ね上がる。


 おぞましき黒い渦に出遭ったような重圧。

 まるで、心臓をわしづかみにされたようだ。


  

「最良の”収穫”を阻害するは、おのれカ」



 羊頭の巨人が、走り出す。



「己は、異界の勇者であろウ」



 地を踏み鳴らし、咆哮を上げて迫ってくる。

 無力なアライオン兵の戦列を、吹き飛ばしながら。



「我が名は、魔帝第二誓ツヴァイクシード……我が最良の”収穫”を阻む最大要因を、これより排除すル」



 ブシュゥ!


 羊頭の巨人――ツヴァイクシードが、不可解な行動を取った。

 己の巨爪で、自らの胸を切り裂いたのだ。

 傷口から勢いよく血が噴出する。

 噴血は、ツヴァイクシードの周囲で血煙と化した。

 次の瞬間、


 


 血はその質力を増し、やがて巨大な曲刀の形を成した。

 ツヴァイクシードは駆けながらその血刀の柄を、握り込む。

 地響きを引き連れ、巨大な血刀を手にした側近級が、綾香へと迫る。


 一直線に、向かってくる。


 綾香は馬から降りた。

 短く呼吸しながら――”極弦”状態へと、入る。

 そして右手を、真横に上げた。


「――【武装(シルバー)戦陣】(ワールド)――」


 右手側に巨大な銀球が出現。

 と、後方から、ひと際大きな声が上がった。


「来たぞぉ! 城内から、魔群帯の金眼どもが湧いてきたぁ!」


 ついに、壁内の魔物たちも到達したらしい。


「ここが踏ん張りどころだぁああ! がんばれぇええ、みんなぁああ!」


 軽傷を負い額から血を流す二瓶が、げきを飛ばす。

 向こうは、もう――


(任せるしか、ない……ッ!)


 一切止まる気配はなく、ツヴァイクシードは、勢いそのままに血刀を振りかぶった。


 近くで目にすると、その巨体ゆえか威圧感がさらに増す。


 が、綾香は――回避を選ばない。

 両刃の固有剣を生成し、受け止める構えを取る。


 ブンッ!


 振り下ろされたツヴァイクシードの血刀。

 それに、大振りの一撃で応じる。

 固有剣が相手のサイズに合わせて巨大化した。

 鬼気を帯びた銀なる剣撃は、


 ガィンッ!


 硬音の唸りを上げ、魔の血刀を、弾き返した。


「――ッ!?」


 綾香の攻撃の威力で、ツヴァイクシードが、弾かれた血刀ごとややのけ反る。

 ツヴァイクシードから驚きの感情がこぼれた。

 想像以上に綾香の一撃が重く、速かったようだ。

 一方、綾香も相手の威力で吹き飛ばされかける。

 が、どうにか踏ん張った。

 そして――綾香は追撃を試みる。

 バネで揺り戻された魔の血刀が、豪速の唸りを上げて反撃へと転じた。

 再び、


 ガィィンッ!


 両者の刃が、甲高く、互いを弾き合った。

 綾香の身体はまたも、後ろへと押し返される。


(なんて重い一撃……ッ! しかもあの巨体なのに――速い!)


 背筋に、痺れにも似た戦慄が走った。

 一方、ツヴァイクシードの方はその金眼を細める。


「我の持つ膂力りょりょくと互角に打ち合うとは……やはり己は、


 綾香は取り合わず、攻撃を繰り出した。


 三度みたび、両者の剣閃が空気を震わせる。


 さらに、二合、三合、四合と、続けて刃を打ち鳴らす。

 が、互いに決め手に欠ける。

 刃を打ち響かせながら、綾香は一瞬だけ戦局へと一瞥をくれた。

 ツヴァイクシードをここで抑えているおかげだろうか?

 綾香から離れている現地人の味方は、ほぼ問題なく動けているようだった。

 ツヴァイクシードの邪王素の範囲外らしい。

 そして、


(オーガ兵の邪王素は、そこまで強くない? つまり……私がこの側近級を抑えていれば、カトレアさんたちは大きく力を削がれることなく戦える……ッ!)


 他の勇者たちは、この一騎打ちには参加させないつもりだった。


 ツヴァイクシードが相手では命の危険がある。


 幸い、自分たちの入る余地はないと感じ取ったのか、援護に入ろうとする勇者はいなかった。


 皆、自分のすべきこと――できることを、やっている。


 血と銀の残響の中、ツヴァイクシードが言った。


おのが戦才、我がていの脅威と化す可能性があル。その芽、いずれ手に負えなくなる前に――」


 威圧感が、高まる。



「今ここで、摘んでおかねばなるまイ……ッ!」



 女神から軽視され続けてきたせいだろうか。

 称賛とも取れる評価の高さに、綾香は少しばかりの意外さを覚えた。

 が、その驚きもすぐ捨て去り――力強く、踏み込む。

 力を込め、思い切り固有剣を振るう。

 と、ツヴァイクシードは、受け流し気味に血刀で固有剣の力を逃がした。


 ギィィィンッ!


 刃と刃が悲鳴めいて擦れ合い、火花を散らす。

 敵は決して力だけの相手ではない。

 確かな技量も備わっている。

 互いに休まず、続けて連撃を繰り出す。

 極弦状態は負荷が大きい。

 が、これがないと敵と渡り合えない。

 長期戦は不利。


(早く、決めないと……ッ!)


 そんな気の抜けぬ剣戟の最中――



 突如ツヴァイクシードの血刀が、血の鎌へと変貌を遂げた。



 当然その急な変形により刃の道筋も変化する。

 死神のごときその軌跡は、鋭利な死のカーブを描いた。


「綾香ちゃん!」


 萌絵が、悲鳴に似た声を上げた。


 鋭く広い大鎌の曲刃きょくじん


 固有剣では、返し刃が間に合わない。


 綾香の頭部を刈り取らんと、死の厚刃が、無慈悲に襲いかかり――




 ―― 生成 (クリエイト)――




 ガキィン!




「!」




 ツヴァイクシードの金眼がやや、見開かれた。




 


 鬼めいた鋭い目つきで、綾香は薄く微笑んだ。


「武器の形を変えられるのは、あなたの専売特許じゃない……ッ」


 形状と軌跡から、咄嗟に同じ大鎌なら防御できそうと判断したが――


 どうにか、命を拾った。


 ツヴァイクシードが、嗤う。





 つば迫り合いにも似た形で、互いの武器が小刻みに震動を始める。

 ジリジリと押し返しながら綾香は言った。


「さっき”摘み取る”と言ったわね? いいえ、むしろ――」


 鬼気を放ちながらたいを引き、綾香は、大鎌を槍へと変化させた。


「私が、あなたの命を、刈り取る」

「よくぞ言った、異界の勇者ヨ」


 再び爪で胸もとの皮膚を裂き、ツヴァイクシードが血煙を噴き上げた。


「人の価値とは崇高な生への意志に宿ル……そうでなくてはよき収穫とはならヌ。希望が強ければ強いほど、絶望とは甘美な果実として結実すル。人よ、決して最後まで諦めず強き意志で運命に抗エ。我らは、人の高潔なる精神を心より信ずる者であル」


 深き絶望を味わうために、人々の抱く希望を称賛する。

 どうかしている。

 綾香はおぞましさに似た寒気を覚えた。

 こんな相手と相互理解など、ありえない。


 殲滅するしか、ない。


 高らかに宣言するツヴァイクシードの両手に、巨なる二対の血刀が収まった。

 一方、綾香は槍先を三叉に変化させる。


「その存在を歓迎するぞ、希望の勇者」


 血の双刃が空気を裂き、かまいたちめいた死線を描いた。


「ここで己が我を倒せねばソらに希望はない……嘘、偽りなク! 希望は消え去ル! 皆、死に尽くすのダ!」

「ええ、だからこそあなたは――」


 銀光が、煌めきを増す。


 綾香の渾身の一閃が、ツヴァイクシードの頬横を突き抜けた。


 ブシュッ!


 頬の傷口より流れ出たツヴァイクシードの血が糸を引き、ふわりと風に流れる。



「どうあってもここで、私が殺す」



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― 新着の感想 ―
ピンチになって主人公登場とかあったらカッコいい
[一言] 誤字報告は受け付けてないのですね。 >希望がければ強いほど、 強ければ、ですかね。 あと側近級の最後の方の台詞も少し抜けがあるような
[一言] 十河綾香はジャンヌダルクかな? だとすると、戦いの後では……
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