S級勇者たちの現状
◇【十河綾香】◇
勇者たちは女神の指示で集合していた。
城に隣接する大庭園。
ここは女神の許可なしでは立ち入れない。
庭園には花々が咲き誇っている。
かぐわしい香りが漂っていた。
叶うならゆったりしたひと時を過ごしたい場所である。
しかしそうはいかない。
集った勇者の空気は和やかとは言えなかった。
女神がここに呼び出すのは決まって何か大事な話がある時だ。
皆、それをもう理解している。
このところ勇者たちはずっと遺跡巡りをしていた。
金眼の魔物が巣食う遺跡。
そこでずっと戦っていた。
もちろん経験値を稼ぐためである。
また、アライオンは金眼の魔物を大量に捕らえていた。
勇者の経験値用に捕らえておいたのだ。
捕獲されていた魔物は桐原グループに優先で回された。
女神の期待値。
回された魔物の数はそれを露骨に物語っていた。
綾香たちに回された魔物は、少なかった。
(だけど遺跡の魔物を倒してレベルはかなり上がった……)
戦いのコツも覚えてきた。
「最近、なーんか城ン中の空気がピリピリしてんよねー。ポッポはそういうの感じない?」
「え? そ、そうかな?」
「ニッブ〜! 乳の方に栄養いきすぎて、頭回ってないんじゃねーの?」
「あ、浅葱さん……っ」
胸を隠して縮こまる鹿島小鳩。
その顔は真っ赤になっていた。
戦場浅葱の無神経な発言。
綾香の中にかすかな義憤が湧く。
前の世界にいた頃からそうだった。
少し彼女には苦言を呈するべきかもしれない。
注意しようと、綾香は口を開きかけた。
しかしその時、小鳩が綾香の目を見て首を振った。
綾香の考えを読み取ったのだろうか?
”わたしは大丈夫、揉めると面倒だから”
小鳩の目はそう物語っていた。
こういう時の彼女の目には強い意志が宿っている。
悔しさを覚えつつ綾香は引き下がった。
すると、小鳩は礼を言うみたいに小さく頷いた。
「…………」
戦場浅葱。
現在2−C内の彼女の発言力は上がっている。
固有スキルを習得したのが大きな理由であろう。
浅葱はB級勇者。
通常、固有スキルはA級以上の勇者が得るものだという。
しかし浅葱はB級ながら固有スキルを習得している。
女神も喜んでいた。
『アサギさんには何か特別なものが宿っていると、私には最初からわかっていましたよ。仲間をまとめ上げる能力もありますしね』
浅葱の固有スキルは【群体強化】。
複数の対象に【能力強化】を付与するスキルだ。
一度グッとステータスが強化されたのち、さらに一定値までジリジリと全体的なステータスが上昇していくスキル。
効果時間が切れると、その上昇値は元に戻る。
浅葱のグループは数が強みだ。
ちょうどその強みを活かせるスキルといえる。
これで浅葱グループは集団戦において一歩抜きん出た。
ただ、桐原グループは彼女を引き入れようとしていない。
桐原たちは浅葱をあまりよく思っていないらしい。
懐に抱え込むのは危険と判断したようだ。
桐原たちは浅葱を警戒している。
そんな気配があった。
桐原側からの加入拒否。
これには女神もお手上げの様子だった。
逆に、綾香にはまだ加入の扉が開かれていた。
もちろん綾香の側に加入の意思はないが……。
安智弘のグループも強くなっている。
ただしやや安のワンマン感は否めない。
A級の彼だけ突出して強くなっている。
他の勇者はレベルがそこまで上がっていない。
安のおこぼれでチビチビ上げている印象だった。
反面、綾香のグループはなるだけ均等に経験値を分配している。
”経験値は十河綾香に集中すべき”
今では準まとめ役となっているカヤ子が最初そう提案した。
しかし綾香は拒否した。
一人の力などたかが知れている。
みんなで力を合わせるべきだ。
こう言って綾香は提案を拒否した。
結果、仲間たちもレベルアップしてスキルを覚えていった。
彼らが覚えたのはコモンスキル。
コモンスキルは基本的に勇者なら誰もが習得可能なスキルである。
主にコモンスキルは五つの系統に分けられる。
【攻撃系】
【防御系】
【治癒系】
【能力強化系】
【状態異常系】
スキルはレベルアップで解放されていく。
解放されるとスキルツリーに変化が起こる。
色味のなかったツリーの一部が色を持つ。
ツリーの上層ほど高位スキルになるという。
ちなみに現状、状態異常系のスキルは使いものにならない。
確かに女神の言葉通りの性能だった。
術式に限らず、状態異常系は勇者スキルであっても不遇らしい。
それから、固有スキルはコモンスキルと毛色が違っている。
固有スキルはスキル自身にもレベルが存在している。
使用していくうちにレベルが上がっていくそうだ。
レベルが上がると、その能力も進化していく。
「最初はどうなることかと思ったけど、わたしたちも防御系や能力強化系のスキルで綾香ちゃんの役に立てそうでよかった……綾香ちゃんの言う通りだったね?」
南野萌絵が安堵まじりに言った。
支援系スキルを使う役なら前衛へ出なくていい。
綾香が単騎で前衛を担当。
他の仲間は防御スキルで身を守りつつ後方から支援。
瀕死へと追い込んだ魔物に後方の仲間がとどめをさす。
現在、十河グループの戦闘スタイルはこれだった。
皆、よくやってくれている。
(だけど……)
ステータスを表示。
【アヤカ・ソゴウ】
LV115
HP:+1390
MP:+2878
攻撃:+10983
防御:+2256
体力:+2313
速さ:+1574【+500】
賢さ:+1450
【称号:S級勇者】
レベルはかなり上がっている。
女神は急いで勇者を強化する方針を取っていた。
着実にその効果は出ている。
桐原拓斗は確かLV200突破目前と聞いた。
ただ、LV100以降は皆レベルアップ速度が鈍化している。
ステータス数値の伸びも目に見えて鈍くなっていた。
綾香の場合【攻撃】だけは妙にグングン伸びているが……。
他のステータスは明らかに伸びが悪くなっている。
安グループの男子がこの前こんなことを言っていた。
『一定レベルまで達すると急に伸びが鈍化するのって、な〜んかMMOみたいなレベルデザインだよなぁ〜』
綾香には”MMO”がなんのことかはわからない。
スマートフォンもないため、検索もできない。
だが、伸びが鈍ってきたのは皆が感じている事実。
レベルやステータスはどこかで頭打ちになるのかもしれない。
(何より――)
綾香が不安なのはむしろこちら。
スキル情報を表示。
口もとに手をやり、表示を見つめる。
いまだ固有スキルが解放されていない。
固有スキル未習得のS級は綾香のみ。
皆から離れて立つ高雄姉妹。
彼女たちも今は固有スキルを習得済み。
A級勇者も全員、習得済みである。
B級の浅葱ですら習得している。
なのに綾香だけがいまだ固有スキル未習得だった。
「スキルのこと、心配?」
綾香の不安を悟ったのか。
周防カヤ子が声をかけてきた。
取り繕って微笑む綾香。
「え、ええ……少し……」
このグループ唯一の前衛担当は十河綾香である。
(私が、がんばらないと……)
「だけど、特殊ツリーのスキルがある」
「うん。そう、なんだけどね」
特殊ツリー。
綾香のスキルツリーは特殊らしい。
コモンスキルが一切ない。
代わりに特殊な戦闘系スキルを習得できる。
いわば戦闘系に超特化したツリー。
前衛一人でやれているのは、この特殊ツリーの恩恵もあるだろう。
(だけど他の勇者の固有スキルと比べると、この特殊戦闘スキルが劣るのは否めない……)
焦りは募る。
戦いには常に死がつきまとう。
悠長には、していられない。
「お待たせいたしました、皆さん」
女神が、やって来た。




