星屑のトリニティ
あとがきに、子供向けのひらがな簡易バージョンを掲載しています。
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⋯⋯闇の底星の深く冷たい監獄で、クエスは自分の中にあるキラキラした思いが弱まっていくのを感じていた。
そんな失意の闇の中、彼女は壁にもたれかかると、ぼんやりとした影法師がいるのに気がついた。
「……君の光も、まもなく消えるよ」
消え入りそうな声の影法師――カケルは、かつては光り輝く流星だったが、ノワットの魔力によって輝きを吸い取られ、実体すら失ってしまったのだと語った。
希望を失い、ただ存在しているだけの影になったカケルを見て、クエスは胸が痛む。
「私の光を、分けてあげることはできないの?」
「ここは、外から与えられた光はすぐに闇に喰われてしまうんだ。自らの内側から輝きを生み出さなければ、意味がないのさ」
クエスが尋ねると、カケルは静かに首を振った。カケルのその言葉が、クエスに新たなひらめきを与える事になる。
「内側から……そうか、魔法だ!」
蝕む暗闇のせいで、クエスは大事な事を忘れかけていた。カケルの微かな記憶に残る「輝きの魔法」についての助言を頼りに、必死に魔法の構築を始めた。
奪われた光を取り戻すのではなく、無から光を生み出す星の民ならではの能力。魔法を行使するのは容易ではなかったが、クエスの身体にある星の光体質が、輝きの魔法の習得を助けた。
カケルの手助けもあり、クエスの手の中に、チカチカと小さな光の粒が生まれる。
それは牢の番人の目をくらませるのに十分な輝きを放ち、影で出来た牢屋を塵に変えた。二人はその隙に牢獄からの脱出を果たしたのだ。
自由を得た二人の目標は一つとなった。
「私は輝きを取り戻せたから‥‥次は君の番だね、カケル」
逃げる前にカケルの身体を元に戻してやりたい。クエスはカケルの本体が、この闇の底星のどこかに封印されているに違いないと確信していた。
カケルは魔法は覚えていたけれどうろ覚えで、他の記憶は曖昧だ。それに二人共牢屋以外に場所が分からない。
クエスは新しく覚えたばかりの「輝きの魔法」 を頼りに、カケルの本体が眠る場所、そしてこの星の真実を知るべく探索に出る決意をした。
◇
闇の底星を照らす唯一の希望として、クエスとカケルの探索は続く。
目指すはカケルの本体が封印されているであろう、この星の最深部。番人達が話していたのを聞いたのだ。道のりは遠く、暗い。二人を逃すまいとする、ノワットの黒き闇の配下によって幾度となく阻まれるのが想像出来た。
まず現れたのは、巨大な空洞のような口を持つ黒魔獣クローズドだった。
「その光、我らが主への上質な餌だ!」
クローズドの口は、あらゆる光や希望を吸い込み、無に帰す能力を持っていた。クエスが放つ「輝きの魔法」すら、その巨体の中に容易く消し去られてしまう。
絶体絶命の状況で、カケルは叫んだ。
「一点集中だ、クエス!奴の意識がこちらに向いている隙に、あの大口へ向けて最大の光を喉の奥へぶつけてやれ!」
クエスはカケルの言葉を信じ、自らの魔力を極限まで高めた光の矢を放つ。クローズドが光を吸い込もうと大きく開いた口の奥深くに、その光は直撃した。内側から迸る光の奔流に耐えきれず、クローズドは断末魔と共に塵となって消えた。
「やったね、クエス」
「カケルのアドバイスのおかげだよ。それにホラ、見て」
クローズドのいた辺りからまばゆくきらめく光の粒が現れ、カケルを包む。
「これは光の流星の欠片⋯⋯」
魔獣に封印されていたカケルの輝き。闇に呑まれても消えなかった希望の光。
しかし闇の底星は二人を逃がすまいと、次々と暗く濃い闇の網を放ち、暗黒に潜む魔獣や魔物が襲いかかって来た。
クエスとカケルの前に、更に狡猾な敵、黒魔人ネクロスが待ち構えて、二人を闇で覆いつくすように立ちはだかる。
ネクロスは実体を持たず、影から影へと移動する神出鬼没の魔人だ。彼はクエスの光を奪う度に、それを即座に闇の魔力へと変換し、自らの力としてクエスに跳ね返してきた。
「グワッハッハッハッハ。その奮闘が、我が魔力を増やす糧となるとは、愚かな娘め」
クエスは光を使うことを躊躇し、防戦一方となった。その間にも、カケルの本体の欠片が封印されている場所は遠のいていく。
「クエス、闇を恐れるな!」
カケルが励ます。
「奴は光を闇に変えるが、無効化するわけじゃない。変えられる瞬間の隙間を狙うんだ!」
カケルの助言でクエスは意を決し、再び光の魔法を放つ。ネクロスがその光を吸収し、闇へと変換しようとして動かない⋯⋯ほんの一瞬に生まれた隙。
「グワァァァッ────⋯⋯」
クエスは次の魔法を硬直したネクロスへぶつけるように重ねがけし、変換中の不安定な魔力に干渉した。ネクロスの体内で光と闇が衝突し、制御不能となった魔人は自滅した。
「いったた、魔法の力を使い過ぎたよ」
膝を付き、満身創痍になりながら、クエスはネクロスの消滅跡に残された最初の「カケルのキラキラ煌めく身体の欠片」を拾い上げる。
小さなガラス玉ほどの輝きだったが、クエスの手の中で温かく脈打ち、光が増す。
「あと少しだね、カケル」
「ああ。ありがとうクエス。僕もだいぶ力を取り戻したみたいだよ」
カケルの影法師の色が薄くなったように見えた。欠片を手に入れたことで、次の封印場所への道筋が微かに見え始める。
ノワットの強力な配下たちの妨害を退けながら、クエスは一つ、また一つとカケルの輝きを集めていく。この闇の底星の真ん中で、彼らの希望の光は、決して消えることなく輝きを増していくのだった。
◇
探索のおかげでクエスは魔法で輝きを増していき、カケルも天駆ける星の力の大半を取り戻していた。
闇の底星で待ち構える困難を乗り越え、クエスはついに闇の魔女ノワットがいる暗闇の玉座の間に辿り着いた。
「⋯⋯⋯⋯!!」
玉座から光の奔流が渦となって飛び出し、カケルの影法師を消し去る。輝く欠片は全て揃い、カケルはかつての星の光を宿した少年の姿を取り戻した。
「闇の魔女ノワット! あなたの企みは、ここで終わらせる!」
クエスはカケルの最後の欠片を何故ノワットが解放したのか疑問に思いながらも、光輝く指先をノワットに向けて、高らかに宣言した。
闇の魔女ノワットは、クエスを見つめ玉座からゆっくりと立ち上がる。そして彼女の隣に立ち、光の粒子に包まれてゆくカケルを見て目を見開く。
────ノワットの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。冷酷な魔女の表情は消え失せ、後悔と途方もない悲しみを湛えた女性が立っていた。
「その輝きは⋯⋯ああ、カケル……」
魔女に戦意はなく、そのまま彼女はうずくまる。ノワットは震える声でつぶやき、ボソボソと、静かに真実を告白し始めた。
ノワットは元々、光を嫌う魔女ではなかった。子供の頃は夜空を見上げるのが好きな少女であり、流れる「ほうき星」の、一瞬で消えてしまう儚い輝きに魅了されていたのだという。
彼女はあの輝きが永遠に続くことを願い、自分の手元に置きたいと切望していた。
「ある時、『ほうき星を永遠のものにする方法』を囁く声を聞いたの。それが闇の魔神ゼツの声だったと後で知ったの……」
ゼツは、ほうき星を捕らえるには、その光を閉じ込めるための絶対的な闇の空間が必要だとノワットに教えた。
闇の魔神の指示通りにノワットが作り上げたのが、この『闇の底星』だったのだ。
「私はただ、空に輝くほうき星が欲しかっただけ……。カケルを捕らえられたのは束の間、カケルが闇に呑まれて輝きを失ってしまったの。私の闇の魔法の力ではカケルを救う方法が分からず、ただ闇の中の影法師を見つめているしかなかった……」
ノワットは嗚咽した。彼女は悪意からではなく純粋すぎる願いと、自分勝手な望みで、カケルを闇の底星へ押し込めてしまったのだ。
そして闇ではなく、強い光の力を求めてクエスのようなキラキラとした輝きを放つ存在を求めたのだった。
それもまたゼツに唆された結果だった。彼女は自分の過ちを正すために、いつの間にか恐ろしい魔女へと変貌してしまっていた。
「真の敵はノワットを操り、光の世界に混沌をもたらそうとしている闇の魔神ゼツってことね」
今、クエスは選択を迫られる。
ノワットを敵として討つのか────ノワットを仲間にするのか‥‥だ。彼女が犯した罪はあまりにも大きい。ここで断罪し、最初の目的通り、カケルと共に闇の底星を脱出する事も出来る。
彼女の後悔を受け入れ、共通の敵であるゼツを倒すために、その強大な魔力を味方につける事も選べる。
カケルは静かにクエスを見つめている。彼の記憶はまだ完全には戻っていない。だがノワットの涙が偽りではないことを感じ取っていた。
クエスは、闇の魔女ノワットの深い後悔に沈む目を見て決断を下さなければならなかった。この先の未来は、クエスの選択にかかっているのだ。
クエスはノワットの心の奥に、かつての自分と同じ、純粋に星の輝きを求める心を見た。
ノワットには償いが必要だったが、断罪され生命を失えば、彼女の犯した罪はそのままだ。闇の魔神ゼツを倒すこと⋯⋯クエスはカケルと顔を見合わせ、頷き合う。
「ノワット、顔を上げて。あなたの願いは決して悪いものではなかったはずよ」
きらきら輝く星集めたいと思った、子供はいっぱいいる。悪いのは純粋なノワットを唆し利用した闇の魔神ゼツだ。
クエスの言葉に、ノワットははっと息をのんだ。
「ゼツを倒すため、あなたの知識と力を貸してほしい。そしてゼツを倒すために‥‥私たちと一緒に戦って」
ノワットは迷いの表情を見せたが、カケルがかつての輝きを取り戻した姿を見て、決意を固めた。
「ありがとうクエス、カケル。私の犯した罪は消えないけれど‥‥償いのためにも、あなたたちに協力するわ」
三人は、真の敵である闇の魔神ゼツに挑むことを決意した。
◇
ゼツは、闇の底星のさらに深淵、虚無の空間に潜んでいた。その姿は不定形な闇そのものであり、ノワットが作った闇の底星すらゼツの力の片鱗に過ぎなかった。
「愚かな。光など‥‥我が闇の前では無力な塵に過ぎぬ!」
ゼツは嘲笑い、圧倒的な闇の魔力で三人を取り囲んだ。
「光と共に存在そのものが闇に呑まれ消されてしまう⋯⋯」
暗黒そのもののような闇の魔神の力にクエスたちは絶望しかける。
クエスは以前カケルに教わった輝気の魔法と、自分の希望の光を信じる心を思い出し、繋ぎ止める。
クエスたちはゼツの精神すら闇に沈める攻撃に直接対抗するのではなく、ノワットが「闇の底星」を作り出した方法――星の光を閉じ込める逆転の発想を応用することにした。
光の力を闇の牢獄に閉じ込めるのではなく、希望の光を無限に放出し照らし続ける「光の天星」を作り出すのだ。
「光の天星の設計図は私が作るからクエスとカケルで光を灯して」
闇の魔女となったノワットは、ゼツの力が及びづらい。二人を守るように闇に呑まれながら魔法陣を展開する。
「僕も記憶の靄が闇に喰われたおかげで、色々と思い出したよ」
カケルがノワットの魔法陣の配置を、記憶を元に修正して点灯してゆく。クエスは、自らの星の光体からきらきら無限の光を供給する役割を担った。
「みんな、今よ!!」
三人の力が合わさり一つになった瞬間、「光の天星」が完成する。
強烈な、光輝く光体がゼツの懐へと放たれた。
「ぐあああああッ!」
光の天星はゼツが吸収しようとする闇の魔力を無効化し、ゼツ自身の存在を光の希望で満たし始めた。
ゼツは悲鳴を上げた。彼は純粋な「闇」であるため、「希望の光」という圧倒的な光の概念に耐えられなかったのだ。
ゼツの巨体は急速に崩壊し、最後は無数の光の粒子となって消滅した。闇の魔神が消えたことで闇の底星を覆っていた分厚い闇の瘴気も晴れていき、星は明るく輝く光の天星に生まれ変わった。
◇
闇の底星は、もはや「闇」ではなくなった。ノワットは自身の魔力で星を再生させながら、かつて囚われていた者たちが故郷へ帰るための新たな「光の道標」を放つ。
カケルは完全に元の姿に戻り、その輝きは以前よりも増していた。
「クエス、ノワット、本当にありがとう」
カケルは故郷の星空を見上げながら、二人に深く感謝した。そして久しぶりに流星となってきらきら星の粒を残して、飛び立っていった。
ノワットは、今度こそ純粋な輝く星の管理者として、この光の天星に残ることを選んだ。
「もう夜空に輝くほうき星を無理に手元に置こうとは思わないわ。空にあるからこそ美しいのだって⋯⋯あなたたちが教えてくれたから」
クエスは新たな希望に満ちたこの星を後にし、自分の故郷へと帰る旅路についた。彼女の胸にはカケルという大切な仲間との出会いと、一人の魔女の憧れを救ったという、消えることのない光の記憶がきらきらと輝いていた。
おしまい。
「ほしのかけらとやみのまじょ」
むかしむかし、からだがキラキラひかる、ほしのこのクエスがいました。
クエスは、ひかりがだいきらいという、やみのまじょノワットに、まっくらな「やみのそこぼし」へつれていかれてしまいました。
くらいろうやのなかでクエスは、かがやきをうばわれたかげぼうしのカケルという、おとこのこにであいます。
カケルにおそわって、クエスは、じぶんのなかからひかりをだす「かがやきのまほう」をおぼえました。くらいろうやはひかりにきえたので、ふたりはろうやからにげだします。
やみのそこぼしからでるために、ふたりはカケルのからだの「かがやくかけら」をさがすたびにでます。
とちゅうでおおきなクチをもつ、まっくろなけものや、ひかりをむしばむ、わるいひとたちにじゃまされますが、クエスとカケルはちからをあわせて、かけらをぜんぶあつめました。
そしてふたりはまじょのノワットとたいけつします。
やみのまじょノワットは、むかし「そらにかがやくほうきぼしがほしいな」と、おほしさまにあこがれていたやさしいひとでした。
でも‥‥わるい「やみのまじん、ゼツ」にだまされて、やみのほしをつくってしまったのです。
「ノワットはわるいひとじゃないのかも?」
クエスはそうかんがえなおして、カケルとそうだんします。
「ノワットも、いっしょにたたかおう!」
みっつのこころがひとつになります。ノワットがやみのほしをつくったときとはぎゃくのまほうで、とくべつな「ひかりのあまほし」をつくりました。
「それーっ!」
みんなの「キラキラほしがだいすき」というきもちと「きぼう」のひかりが、やみのまじんゼツをつつみこみます。ゼツはまぶしすぎてきえてしまいました。
やみのそこぼしは、すっかりあかるい、きぼうのほしにかわりました。ノワットはそのほしにのこりあかりのばんにんになりました。
カケルはもとのすがたにもどって、ながれぼしになって、ふるさとへかえっていきました。
クエスも、むねのなかにだいじなたからものをしまって、じぶんのほしへかえっていきましたとさ。
おしまい。




