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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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 朝右衛門が首の後ろに刀を刺した。一瞬で死んだ。



「ふう……、ん?」



 介錯した奴、服は肋骨服だ。将校。流石にそれくらいは知っている。


 彼女は一方の手の指先を方向を指し示すように伸ばしていた。



「おーい、おーい」



 さし示した方から声がした。何かを呼んでいる? 朝右衛門はそちらに向かう。



「こっち、こっち。こっちだよう」



 声の主がいた。両手が肘からない。ひどいものだ。なのに生きていて。短くなった腕を振り回していた。



「誰か、誰かいないのお」



 大声で騒いでいる。膝立ちの彼女は手を振り回している。朝右衛門がそばにいるのに気づく様子もなかった。


 いや、気付けるわけもなかった。彼女の鼻先に砲弾の破片が抉ったのか、不幸としか言いようがない。眼窩を横なぎに抉られていて、眼球が消滅していたからである。腕からはとめどなく血が流れ、止血もできてない。そして

傷口を放置した時間が長すぎる。



(ああ、こいつも)



 介錯しなくては。



「おい、お前」

「ああ、ああ。誰え? そこに、誰かいる? ゆーぐん? ゆーぐん?」



 慌てたように、初めて気づいた彼女が朝右衛門の方を向いた。砲撃で頭を揺らされたか声が辿々しかった。



「ああ、そうだ。今、楽にしてやるからな」

「あー?」



 喉元を刃で突く。さっきまでとめどなく動いていた口から血が出て、横に倒れた。本当にクソだ。助けてやれるもんなら助けたい。きっと私には無理なのだ。これだけが、まともな行為だと信じたくない。



 近くにはもう二つの死体があった。



(吹き飛ばされたこいつらを助けようとしたのか……)



 朝右衛門は健気さに泣きそうになったが、意味のない事だと割り切ろうとした。どうしようもない、どうしようもない事なのだと割り切るしかないのだと諦めていた。



「ひでえもんです」



 そばにいる佐分はいい加減うんざりしたように言った。彼が持っている銃剣には血が滴っている。



「何人?」



 殺した、などと口にしたくもない。人数だけ口にして欲しかった。佐分も、苦い顔そのままに答える。



「四人。生き残りなんかいるのかと」

「いたら全員かけて救え」 

「いりゃいいんですが——」



 佐分が瞬きした。



「……どうした?」

「いえ、そこの。二人の将校殿、動きませんでした?」

「どれだ?」



 あれです、と指さされたのは先ほど介錯した将校のそば。折り重なって倒れていた二人の将校だった。



「……残念だ。さっきそばで見たよ。死んでた」

「そうですか」

「誰か生きてたら、それだけで嬉しいもんだな」



 そう、ここで誰か生きていて、そいつを後送できたらそれほど嬉しいことはないだろう。朝右衛門はそう思いながら、他の助からない生き残りたちに最後の慈悲を与えようとした。



 将校が、動いた。



 朝右衛門の心臓が激しく動く。



「……見たか?」

「見ました」

「他のを呼べ」



 了解、と答えて佐分は後ろに向かった。朝右衛門は折り重なった将校をどける。


 そこには眠ったようになった将校がいた。泥なのか土なのか汚れている。砲撃で巻き上げられた土をまともに被って、長い黒髪は土色に染まっている。顔も庇っていた将校の血や、肉片などがついている。それでも気絶しているだけだ。呼吸も確認できた。



「お——」



 息を呑んだ。



 ——美しい。



 朝右衛門は喜びに包まれた。



 殺さなくていい。この美しい将校は殺さなくていいんだ。後送できるんだ。



「おい、おい、アンタ——」



 何かドキドキした。



 起きてくれないだろうか。この美しい将校が動いているところが見たい。喋るところが見たい。こんな泥まみれでなく、綺麗な服を着て笑って欲しい。



 朝右衛門は彼女に手を伸ばし——。



 近くに砲弾が落ちた。



「朝右衛門様! 敵襲です!」



 佐分が慌てて駆け寄る。仁科という犬族の青年が担架を慌てて持ってきていた。



「待て! 生存者だ!」



 大声で言った。佐分は顔を歪める。喜ばしい知らせだ。だけど、なぜこの状況なのかと言うような顔。



「朝右衛門様!」

「逃げるぞ! 撤退! 各自、壕まで行け! 佐分と仁科! こっちだ!」



 近くに砲弾がまた落ちる。こっちには何もない。なのになぜ砲撃が。


 間抜けだった。相手からすれば、まるで突撃前の部隊にでも思えたのかもしれない。実際は処刑部隊に過ぎないのにだ。ライフルを担ぎ、銃剣をつけた部隊がうろちょろしているのだから。



「朝右衛門様、無理です! 逃げましょう!」

「うるさい! おい、それを寄越せ!」



 仁科が担架を渡した。朝右衛門は乱暴だが担架に将校を乗せる。



「仁科、持て……仁科?」



 仁科は倒れていた。痙攣していた。それが彼が身体のどこかを敵弾に貫かれたと理解するまで一瞬だった。



「——ッ!」



 佐分が跳ね飛ぶように担架の前を握る。朝右衛門が後ろについた。飛び去るように塹壕へと急いだ。



 仁科の声はしなかった。ただ、塹壕に帰った後、佐分は朝右衛門を軽蔑するような目線を送っていた。




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