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意外とは思わなかった。そこには青の打掛を被った朝右衛門がいた。
そしてもう一人の人影がある。頭髪は全くなく、黒の法衣に袈裟を身につけた壮年の男がいる。私は父が座ったのを確認し、そばで少しばかり一礼した。二人の客人はケバだった畳に膝をつけており、父が現れると同時に頭を下げていた。
「宮入大尉。君も座りなさい。そこだ」
上座に当たる場所に座るよう促された。自分より年嵩の前に座る居心地の悪さったらないものだ。
「お前も知っているだろう。蛮州三棟梁の狐珠朝右衛門、それと犬島六道だ」
朝右衛門はチラリと私を一瞥した。犬島は顔を上げる。本来は許可を取らなければいけないだろうが、それを咎めるつもりは父にはない。
犬島です、そう言って上げた顔はどことなく浮ついた、というべきか。
目鼻立ちが全く目立たず、どこにでもいるような、どこにもいないような変な顔立ちだった。頭髪もないものだから、結果的にどこにもないようなどこにでもある顔と変なものになっていた。
「現在、蛮州の統治はあやふやなものになっている。その原因の一つに宮入大尉。貴様の活躍があったそうだな」
嫌味くさい言い方だ。別に私がしたくてしたのではなく、クーデターしたがりの博打うちがいただけのことである。
「はい宮入伯爵。そうではありません」
「そうではない、か。結果的には変わらんだろう」
「はい。しかし」
「しかしではない。現状として三つ巴として牽制しあっていた均衡が崩れた。二つの頭はバランスが悪い」
実際、その通りではある。
「貴様には歴史をそれなりに仕込んでやったな」
いつになく口の回る父だが、その内容が私を嘆くもの、というのも情けない。
ただ、先ほど父が言ったように、二つの勢力だけだと併存が非常に難しくなる。それは歴史が証明していた。似たような力の勢力が二つあるとどちらかが明確に下になるか滅ぼすかの二択になるのは歴史が証明してきた事実だ。
それがなぜだか、三つくらいだと安定するのだ。二つではダメ、五つ六つとなるとなおだめだ。三つなら安定する。これは歴史が証明してきた人間のサガなのだろう。
「狐珠様、犬島様に蛮州を統一する意思があるのでしょうか? お二人とも、仲良くはできませんか?」
間抜けな令嬢を演じる。まあ、演じずとも間抜けなのは間違いない。中隊全滅の指揮官、それが間抜けでなくてなんだというのか。
「無論、その努力はいたします」
朝右衛門が言葉少なに言う。
「仏の加護がありますれば、蛮州も自然、治るでしょう」
実に頼りなセリフでまとめるのは犬島だった。確かに仏の犬島と言われる、蛮州における宗教家の筆頭ではあるが、統治となると不可能だろう。それに、私自身別に神も仏も信じていない。そうした連中まで包括しなければならない中、朝右衛門と犬島では確かに手が足りないはずだ。
「鬼原は野蛮だったが、重鎮ではあったからな」
父の言葉は正鵠を得ていた。
「我が娘に手をかけていなければ、そのままでいてくれれば良いと思ったが」
その言葉が本当かはわからなかった。もし鬼原の案に賛成票でも投じていたら父は宮野池のために私を切り捨てただろう。
「当然です」
朝右衛門は頭を下げたまま言う。多分真面目な彼女のことだ。私が初めてあった時のように白い布切れを顔から垂らしていた。まるで彼女が殺してきた死刑囚たちの最期の姿と同じ。
「宮入大尉」
しばらく沈黙の中にいたが、不意に父の声がし、私を呼んだのだと少しして気づく。
「はい」
「お前、蛮州に向かえ」
「……は?」
「聞こえなかったか」
「はい。聞こえました」
「蛮州の三棟梁。お前は新しい棟梁の一人に任命する。宮野池の肝煎りだ。狐珠朝右衛門、犬島六道。何か不満があるなら今申せ」
目の前の二人が首を垂れた。手を合わせ、伏せる。
「狐珠朝右衛門、不服ございません」
「犬島六道、同じく」
「反対なしなら決定だ」
私は何も言わないままだった。




