おまけ:兄弟の会話/イラスト(2/7追加)
✳︎ 2/7 汐の音さまに素敵なイラストを描いていただきました。ラスト(あとがき部分)に掲載しておりますので、どうぞご覧ください。
✳︎ 企画『私の大切な本箱の会』への参加作品です。企画詳細は目次ページ下部リンクより。
✳︎ 主人公の出生(両親の馴れ初め)にお酒が関わるため、『酒祭り』企画にも参加させていただきました。
SS 〜 兄弟の会話 〜
(完結後、リオレティウスが帰国して少し経ったある日のこと/兄王子目線)
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「兄上。そういえば、俺が戻ったら話すと仰っていたことは?」
「ああ。では……今晩、二人で酒でも飲みながらにしよう」
「酒が必要な話ということですか」
「まあ……、そうだな」
「……義姉上にご関係が?」
「お前、そういう話には疎いんじゃなかったか」
第一王子エドゥアルスは冷静な表情を崩すことなく、ちらとだけ弟王子リオレティウスを一瞥する。
弟は屈託のない笑顔を見せている。やはり眩しいな、と思う。
そして弟からの問いは無視し、エドゥアルスは続ける。
「今年はセレス地方のワインの出来が良かったらしい。献上品として来ていたからそれでも――」
が、途中で何かに気がついたように言葉を止めた。
セレス地方はこの国の南東に位置し、ワイン造りで有名な土地だ。特徴的な白色の土壌を持つ地であり、他では生育できない珍しい品種の葡萄が栽培されている。
葡萄の品種名は「シェリア」。隣国ガイレア語風に発音するとすれば、「シェリエ」だ。熟れた粒の淡い薄緑色は、ワインとなった際にもそのまま綺麗に発色する。
偶然とは、言い難いな。弟王子が隣国から迎えた妃のことを思い浮かべて、エドゥアルスは心の中で独りごつ。
彼女の瞳はまさしくこの白葡萄に似た、淡い薄緑色をしている。
だが、件の葡萄は隣国では栽培されていない。土壌や気候等の諸条件が揃わないと実らぬ希少種ゆえ、この国でも採れるのはセレス地方のみだ。
特産品であるワインは大量製造できるものではなく、もちろん長年敵国であったガイレアへの販売経路はなかった。
但し、定住地を持たぬ旅の芸人や商人を通してということなら、隣に渡る可能性はある。
にしても、当時は敵であった国の葡萄を人の名付けに使うとは相当風変わりな――。
「……数年前、ガイレアから一度目の和平案が挙がったとき。父上が無条件にこれを受けた理由を知っているか?」
いえ、と小さくかぶりを振った弟に、エドゥアルスは微笑みかけた。
「私も真相は知らない。だが、その話も後でしよう」
ガイレアから提示された姫の名に込められた意味を、ウレノス王である父は知っていたのか。もしくは知らずとも、ウレノスの固有名詞由来であるその名に、何か思うところがあったのか。
聖像のような佇まいをし、人の心など見えぬと思っていた父は意外と……
――人の想いが、何かを動かすこともあるのだな。
改めて、弟夫婦のことを思う。彼らは長年敵対していた二国を繋いだ。
しかし、弟にもその妃にも言えることだが、彼らという一人の人間に絶対的な力があったわけではない。言ってしまえば、運がよかっただけかもしれない。
弟はたまたま、王の許しを得て自軍を動かせる立場にあった。少女のほうは、偶然出会った女性が頼れる協力者となった。
弟が単身で駆けていったところで蛮族戦には勝てなかっただろうし、少女の意思を伝える女性がいなければ状況は動かなかっただろう。
だが、そうした周りの助けを得られたのは、やはり彼ら自身の想いがあったからだ。ウレノス王や軍の面々も、ガイレアの女性も、彼らに心動かされた。エドゥアルスもその一人だ。
相手を想う気持ちだけで国の在り方を変えてしまうとは、まったくすごいとしか言いようがないな――
こうしてエドゥアルスは、冷静な瞳の奥で静かに祈った。弟夫婦がこの先も末永く幸せであることと、両国の未来を。
(本編対応箇所補足)
・シェリエンのお父様がどういう人かというのは「銀の太陽 -2」
・兄弟の“戻ったら話す”うんぬんは「青の援軍 -2〜3」
・第二章プロローグ:「王子妃としての日々 -1」にも要素が散りばめてありました。
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(おまけのおまけ)
寝室の扉が開く気配を感じて、シェリエンは顔を上げた。視線の先に入室してくる夫の姿を確認し、小さく微笑む。
今夜、彼は兄王子の部屋を訪れていた。「酒を酌み交わす」とのことで、もっと遅くなるかと思っていたが案外早い戻りだ。
彼はシェリエンの座るソファーまで来て、隣に腰を下ろした。その目元は僅かゆるんでいるように見える。
酔っ払っている、という様子ではない。シェリエンは彼が酒に酔う姿を見たことがない。夜会等で飲んでいるのを目にすることはあるが、数杯飲んだところで変わらぬほどには酔いにくい体質らしい。
どちらかというと、兄弟水入らずの時間を過ごせたことによるゆるみ、そんなふうに思える。
「第一王子殿下と、何をお話ししたのですか?」
「ああ、お前にも伝えたい話がある。兄上と飲んでいたワインにまつわる話なんだが……今夜は少し遅いから、また時間があるとき改めてにしよう」
「はい」
政務の合間、紅茶を飲む際にでも話してくれるのだろう、とシェリエンは思う。彼は相変わらず忙しくしていて、一緒に過ごせる時間は一度目の婚姻のときとさほど変わらない。
けれど、会話は増えたように感じる。といっても、ひっきりなしに喋っているというのではなくて。
言葉が途切れた中で、ただ静かに隣にいられる心地よさは以前と同様。以前と違うのは、遠慮して何かを訊ねることができない、というような場面がなくなったこと。
シェリエンがそんなことを思いつつ、変わらぬ穏やかな空間に身を任せているうち。リオレティウスは、ふっと悪戯っぽい笑みをつくった。
「あと、兄上の話……あれは、惚気だな」
「えっ……、のろ、け……?」
惚気というのはつまり、第一王子殿下が妃殿下についての惚気話をしたということだろうか……まったく想像のつかない光景を、シェリエンはなんとか思い描こうとしてみる。
冷淡な空気を纏い、近寄りがたさのある義兄。妃ステーシャと並んでいるときも、夫婦というより公務のパートナーといった雰囲気で、笑顔は見たことがない。その第一王子殿下が惚気……
「ああ。酒を一気に煽って、なんでもないことのように淡々と話をしていたが……あれは絶対照れていたな。お前にも見せたかった」
「…………」
面食らったように、ぱちぱちと瞳を瞬かせるシェリエンへ向かって。リオレティウスは、今度はやわらかに笑いかける。
「まあ、兄上の気持ちはわかる。俺も妻のことは愛しくて仕方がない」
言葉と共に、大きな手がそっと、銀色の髪を一筋すくった。
くすぐったくなって、シェリエンは瞳を細める。
――こういうことを、この人は恥ずかしげもなく言う。出会ってすぐの頃も、何の気ない様子で「お前の髪は美しい」と言われて、心のどこかがむずむずして。
背中へと回された腕に、シェリエンは身体を預けた。
近づいてくる瞳は、澄んだ綺麗な青色。ずっと見ていたくて、目を閉じてしまうのが勿体なくて。
距離が縮まっていくのにも構わず、シェリエンがこれをじっと見つめ返したままでいると――互いの鼻先が触れるかどうかのところで、パッと彼の身体が離れた。
「忘れていた、俺は酒くさいかもしれない」
あたふたと片手で前髪をかき上げる夫を見上げながら、シェリエンはくすりと笑みをこぼす。
身体が離れたときにふわっと届いたのは、洗い上がりの絹と石鹸の香り。兄王子との酒席のあと、彼が一度自室に戻って湯浴みなどをしてきたのはすぐわかる。
それから、石鹸でも香水でもなく、未だ何の匂いかわからないけれど。抱きしめられたときにいつも感じる、やわらかで落ち着いた匂い。
「いえ、リオ様はいつもいい匂いがします」
「そ、そうなのか……?」
口元に手をあてたリオレティウスは、気恥ずかしそうに、けれどもごく優しい眼差しを妻へ向ける。
そして次に、彼は眉根を寄せて、複雑な表情を浮かべて迷いに迷ったあと。
さらりと妻の前髪をかきわけると、その額に小さく口づけを落とした。
✳︎ イラスト:汐の音さま(https://mypage.syosetu.com/1476257/)
穏やかな日常の風景。お部屋で一緒に読書をしている二人です。
隠れタイトル(?):「猫吸い」ならぬ「うさぎ吸い中の殿下」……笑。
幸せそうな表情がとても素敵で感激です。人物はもちろん衣装や小物まで繊細に美しく描いていただきました!
汐の音さま、改めましてありがとうございます。
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✳︎ 企画『私の大切な本箱の会』に参加しています。作者様それぞれの大切な作品が詰まった素敵な企画ですので、ぜひ覗いてみてくださいね(企画詳細&作品検索バナーは、目次ページの下部リンクにあります)。
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最後までお読みくださりありがとうございました。




