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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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青の援軍 -2


『誰かと共に在るのには覚悟が要る。あの娘を手離したのは、お前にそれがなかったからだろう。

 ――自らの手で、守る覚悟も、傷つける覚悟も』


 隣国ガイレアへの援軍許可を求め、父王の部屋へ直談判しに行った日。

 リオレティウスは、その言葉に立ち尽くしていた。



 覚悟――父の言うとおりだ。


 彼女は自分の隣では幸せになれないと思った。これから彼女の祖国を相手に戦い、また生きて帰れるかもわからない、そんな男のそばにいるより――。


 あの清らかで小さな温もりを、傷つけてはならないと思っていた。自分にそんな資格はないと。

 そして、なぜ彼女が隣でああまで健気に頑張るのか、戸惑った。求めたくなってしまうから。何も持たずに生きていくのだと思っていたものを。


 話を聴きもせず、無理やり(ふさ)いだ。傷つけてまで……ずっと一緒に、共に在りたいと、俺はそう思ってもらえるような人間じゃない。


 彼女のためなどと、本当は自分に覚悟がなかっただけだ。誰かと共に生きるという覚悟が。



 だというのに、思わぬ事態になった今、彼女を助けることもできない状況に苛立っている。

 独りよがりな自分を情けないとも思う。


 彼女の元へ行きたい。他人になんてなれるはずがない。

 無かったことになど、できるわけがないのに。


 だが、傷つけるとわかっていて隣にいてほしいと、そんなことを望んでもよいものだろうか――。



「……互いにどれだけ想い合っていようが、人と人とが一緒にいる以上、傷つかない傷つけないというのは不可能だ。

 それでも共に在るかどうかを決めるのは、当人だけだ」


 まるで心を読みでもしたのではという言葉。

 リオレティウスは驚いて父を見た。そこには普段と変わりない王の姿があった。


 しかし目が合うと、父はおもむろに執務机から立ち上がる。

 つい先ほどまで聖像か何かのごと姿勢を保っていたその人は、ゆっくり窓辺に寄って、言った。


「どうしてもと言うなら、お前は王子であることを()てろ」

「……え?」



 意味が掴めず――これはもはや見放されたということか、かえって冷静にそんな考えへと至る王子の傍らで、父の話は続いた。


「ウレノスから援軍を出すことはできない。

 だが、どこかから得体の知れない軍が現れて何故だか知らないがガイレアを支援した、といった奇妙なことも、長い歴史の中で時には起こり得るだろう」

「…………」


「昨日、第一王子がここへ来て言った。万一ガイレアが落ちた場合、蛮族の次の狙いはウレノスだ。先手として、ここで蛮族を食い止めておくというのも一案ではないかと。

 現状先手が過ぎる気もするが……まあ王としてある程度合理的と、検討に値する案ではある」


 父の言わんとする意図、これを理解したリオレティウスは即座に頭を下げた。無言で、感謝と敬意を表して、深く。


 一瞥し、父王は断言した。


「今この部屋を出て、次に戻ってくるまで。お前は私の子ではない」




 父王の部屋を出た足で、リオレティウスは兄王子の元へ向かった。


「兄上。今回のこと、感謝します」


 兄弟の会話は一言で十分だった。清々しい弟の表情は、父の部屋でなされたであろうやり取りを兄へと端的に伝えた。

 それを見てとったうえで、第一王子エドゥアルスは答える。


「……いや、礼を言うのは私のほうかもしれない」


 きょとんとした顔を向けてくる弟王子を前に、エドゥアルスは思い出していた。


 昨年ガイレアから使者が来て、事実上の宣戦布告を受けた日。嫁いだ少女について“知らない”と断じた先方の言葉に、弟が抑えきれない怒りを爆発させたこと――。



 これを宥めて父王の部屋から出した後も、エドゥアルスの脳裏にはその(いきどお)る姿が残っていた。――もし私が弟の立場だったとして、あんなふうに(いか)れるだろうか。


 その日の執務を終えても思いを巡らしていた彼は、気づけばぼんやりと夫婦の寝室の扉を開けていた。

 ――しまった。ベッドに身を起こす妃ステーシャを目にしたところで、エドゥアルスはハッと気がつく。


 どんなに遅くなろうと毎晩妃の部屋に戻る弟とは違って、彼は自室で就寝することも多い。遅い時間に妻を起こしてしまうのが忍びないと、相手を気遣ってのこと。

 つまり日中に夫婦同席の公務等がない場合には、数日間顔を合わせないこともままある。政略結婚に私的な時間は必要ない。そのほうが向こうも気が楽だろうというのが、エドゥアルスの考えだ。


 普段であれば、確実に自室で寝ることを選ぶ時刻だった。

 けれども物思いに耽っていた彼はこの日、意識なくうっかり夫婦の寝室に辿り着いていた。



 妻ステーシャは妃として完璧だ。夫が通常と異なる行動を見せても、気にする素振りを表に出すことはしない。

 慎ましやかな微笑を携える彼女を視界に捉えながら、エドゥアルスは思う。


 弟と似た状況に直面しても、私は取り乱しはしないだろう。政治上の意味について思索し、必要な判断を下す。

 王に心は要らない。何かあるたびに個人的な想いに胸を痛めていては、()たない。しかし――。


 時折ああした弟の真っ直ぐな人間らしさが、エドゥアルスには眩しく映る。


 ――未来の王として生きることに迷いはない。人としての感情はとうに捨ててきた。完璧な妻はそれに寄り添ってくれる。

 ……けれど彼女は本当は。



「好いてもいない男の妃でいるのは、苦痛か?」


 長い睫毛(まつげ)に縁取られた二つの瞳が、大きく見開かれる。妃という面が()がれ落ちたかのような瞬間だった。



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