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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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青の援軍 -1


 数か月に(わた)って蛮族の侵略を受け、疲弊し苦境に追い込まれていたガイレア軍。

 この窮地を救ったのは、正体不明の部隊だった。



 ある日、前線で奮闘するガイレア兵たちに、予定外の援軍がもたらされた。王都から事前の伝令などは来ていなかった。

 この軍は自らのことを、現ガイレア王の娘ディアーネの管轄によるものだと説明した。彼らは身分を表す紋章の(たぐい)を一切持たず、青一色の旗のみを掲げていた。


 素性の明らかでない援軍に懐疑的な見方を示す者もあったが、細かな点について争っている暇はなかった。決定的な勝機を探っていた蛮族側が、一気に攻撃を仕掛けてきたからだ。


 この“青の援軍”はそれほど大所帯ではなかったが、一人ひとりがよく訓練された精鋭だった。

 また、蛮族に対して冷静な分析力を有していた。根っからの騎馬民族である蛮族はこちらとは異なる武具を操り独特な戦法を見せる、力任せに相手していたのでは勝てないと説き、敵の特徴をよく踏まえた対策を提案してきた。


 こうした彼らの活躍が功を奏し、遂にガイレアは外敵を撃退するに至った。



 青の援軍――彼らが何者なのか。


 ガイレア兵の中には、彼らと作戦を共にするうち、薄々とその正体に感づき始める者もあった。

 だが、現場を微塵(みじん)(かえり)みない王に比べ、身を張って戦線に立つ彼らはよほど信頼に足る相手だった。


 というわけで、彼らの正体は伏せられたまま。“とある部隊の活躍により蛮族撃退に成功”といった簡単な報のみが、王の椅子に座るレムス・シデリスの耳に届いた。


 元よりその椅子にしか興味がなく、実務は義息カルデウスに任せきりにしていた愚王は、何の疑問も持たず勝利の報せに満足した。


 ――出された謁見希望により、この部隊を率いた将と対面するまでは。




 謁見の準備が整ったと告げられ、シデリス卿は広間へと向かった。

 部屋に入ると一直線に奥まで歩み、数段高い位置に(しつら)えられた椅子にどかっと腰を下ろす。


 赤い天鵞絨(てんがじゅう)が張られた豪奢な玉座。木枠部分には精巧な彫刻がなされ、全てが金箔押しされている。

 肘掛けの前方部分、(たけ)る竜の顔が彫られたあたりを手のひらでなぞりながら、この老王はうっすらと笑みを浮かべた。


 玉座から見下ろした場所には既に謁見者が控えていた。黒に近い色の騎士服を纏った者たちが数名、片膝をつき頭を下げている。


 戦いの功労者を讃える、か。頂上に君臨する者として、こういう光景も悪くない。さて蛮族を追い返した将とやらを、王が(ねぎら)ってやろうではないか――。



(おもて)を上げよ」


 シデリス卿の声に従って、一番前で(ひざまず)いていた者がゆっくり顔を上げた。


 ――意外と若いな。なんだ、たまたま率いた部隊が運よく活躍した若造か。


 この王は自分が上に立つ構図が面白いのであって、謁見者自体には特に興味もないのだ。

 それゆえ相手の風貌を漫然と眺め、呑気に見立てを行っていたが――ふと何かに気がついたように、ある点で視線を止めた。


「……長髪?」


 顔を上げた青年は、艶のある豊かな黒髪を後ろで一束に纏めていた。その長さは背の中ほどあたりまで。



 ガイレアでは男性が髪を伸ばす習慣はない。長い髪を美しく保つには普段の手入れが大変だし、何より戦場では邪魔だ。


 ――男性の長髪といえばよほどの変人か、もしくは……確か隣国ウレノスでは、王族の若者に限って髪を伸ばす風習があると聞いたことがある。


 だがそれは彼らが戦場に出ないからできることなのだろうと(わら)ったものだ。竜の血筋を守るためだか知らないが、ウレノスの統治者は戦いもせず王宮にこもっている腰抜けだと。

 ……いや、待て。


 そこまで思考を巡らせた老王は、やっと一つの可能性に行き着いた。

 一人、いたではないか。その血筋にもかかわらず、戦地に姿を現すという王子が。



 (ひたい)の皺を深くしてきっと目を(すが)めた老王は、それは怒りなのか動揺なのか、わなわなと震える声で命じた。


「……後ろを向け。首を見せてみろ」

「首? ああ、これか」


 青年は結った髪を片手で脇によけ、顔を傾けてなんの躊躇(ためら)いもなく首の裏側を晒す。そして同時に軽く言い放った。


「これは、()()()()()()()()だ」




 建国神話のとおり本当に竜という存在がいて、王となる人間に血を分け与えたのか。

 今となってはわからない。単なる伝説やお伽噺のようにも思われる。


 だが不思議なことに、ウレノス王家の男児は必ず首筋に小さな(あざ)を持って生まれてくるのだ。一本の短い縦線が左右に一度ずつ波打った、天に昇る竜を表すといわれる形の痣を。


 ウレノスの民による竜神信仰は熱狂的というより、どちらかといえば生活に寄り添った緩やかなもの。

 けれど一方で、生まれながらに神話どおりの痣を持つ者がいるという事実は大きく、これが目立った争いを呼ばずに一族の王統政治を可能にしてきた理由でもある。


 生まれた瞬間から王という宿命を背負っているからか、彼らは皆周りが心配するくらい勤勉で、それさえも竜の血のせいではないかと囁かれるほど――というのは余談だが。



 ともかく、シデリス卿が目にしたのはこの“天の竜”の象徴。

 そしてそれは何でもないことだと言い、涼しい顔で視線を返してくる青年の姿だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ごめんなさい。3話まとめて。 カルデウス卿……ここにもリオさまが! どこかで真実を知っていれば、ディアーネさんと幸せな家族になれていたかもしれないのに……。これから幸せになりますように。 本…
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