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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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交錯 -2


 この世界の(こよみ)において、八の月。南東における、此度(こたび)の蛮族による侵略を初観測してからふた月以上。

 ガイレアは未だ、この外敵を退(しりぞ)けられないでいた。



 侵略の始まりは過日、五の月。ガイレアが西側国境にて、ウレノスとの会戦に至ろうとしていたちょうどその頃。

 南東では、七年前とは別の城を攻略対象とした蛮族がこれを包囲した。


 ガイレアは籠城(ろうじょう)策をとるとともに、敵をこれ以上国の内部に進ませないよう防御。

 南東を守る者たちは中央に応援を要請するも、主力をウレノス方面へ動かしていた状況下、満足な援軍を得られずじわじわと疲弊していった。



 しかしその後、一度だけ状況が上向く(きざ)しが見えた。

 ウレノス戦から撤退してきた中央軍が、再編のうえ南東へと向かわされたのだ。


 隣国との戦のため絶えず動いていた兵たちは、相当疲れが溜まっていたことだろう。にもかかわらず、彼らの士気は保たれていた。

 その理由は、一人の少女にあった。


 再編及び次の出征に備えて戻った王都の軍設備にて、兵たちは一人の小柄な娘を目にした。輝く銀色の髪を持つ娘。


 彼女はその名や身分について、何も話さなかった。

 ただ毅然(きぜん)と前を向き、微笑を携え、兵たちに声をかけて回った。「無事をお祈りしています」と。



 ――あの少女は誰だ?

 ――知らないな。王の関係者か、どこぞのご令嬢か。だが今まで出たことのある行事なんかでは見たことないな。


 彼女の存在は兵たちの間で憶測を呼んだ。

 そうするうちに彼らは、そのめずらしい髪色が、前王治世にあった第三王子と同じであることに気づき始めた。


 ……故第三王子の娘といえば、隣国へ嫁いだんじゃなかったか。 ではなぜここに、追い返されでもしたか? しかしそれにしては堂々としているな。 ……それに、美しい――。



 シェリエンは、美しかった。

 飛び交う邪推も跳ね返してしまうほど。理屈なく、見る者の心を捉えてしまうほど。外見どうこうだけでなく、彼女の芯にある想いの強さが。


 避けられない戦いを前にし、どうか一刻も早くこの悲しみが終息に向かってほしいとの純粋な祈りが、真っ直ぐ立つその姿を(まばゆ)く照らし出した。


 彼女が何者で、何故ここにいるのか。答えが明示されることはなかったが、それは問題ではなかった。

 七年前に故国を救った英雄を想起させる銀の髪、また彼女自身の(まと)う光そのものが、戦地へ向かう者たちに力を与えた。



 ――だが、しかし。

 意気盛んに向かった彼らの力を持ってしても、蛮族を完全に退けることはできなかった。





 ディアーネからの手紙を受け取った直後、予想だにしない事態にリオレティウスは呆然とした。

 しかし少し時間をかけて噛み砕いてみれば、別の想いが湧いてくる。


 ――あれが、兵たちの前に立つだと。夜会の後にはくずおれそうになって、雷が鳴れば瞳に涙を溜めて、あんなに小さく震えていた少女が。


 手紙には、兵を鼓舞する役を受けたのはシェリエンの意思だと書かれていた。強いられたのではなく、彼女自身が決めたことだと。


 一体どんな思いで。故郷を守らねばと、そんな気持ちからだろうか。また、一人の少女に頼らねばならないほど、蛮族に対するガイレアの戦況は思わしくないのか。



 この一通の手紙は、リオレティウスの心をかき乱した。頭の中はシェリエンのことで一杯になり――いや、本音を言えば別れてからずっと、思い出さずにはいられなかった。


 それでも、彼女には以前の生活が戻るのだ、故郷で暮らすのが彼女の幸せだと言い聞かせていた。

 そして、自分は一人で生きていく。国のために授けられた命が尽きるまで。最初から、何もなかったかのように。


 誰もがシェリエンの話題を口にしなくなる中、二人が共に過ごした三年に満たない期間の記憶は、そっと彼の胸の奥にしまわれた。



 初めから無かったことにすれば全て元どおりになる、少女には故郷で平穏に暮らしてほしい――けれどもこうしたリオレティウスの考えは、あっさり破られたのだ。


 心配でたまらなかった。どうやら手こずっているらしい蛮族戦の状況も、おそらく不当に即位したのであろう現王の元に彼女がいることも。


 しかし、それ以上に。情けなかった。

 彼女は自分のそばでは幸せになれないからと遠ざけておいて、思わぬ事態になった今、守ることもできない。


 それに――自分はこれまでどおり一人で生き、この身はいつどうなっても構わないなどと半ば投げやりな、独善的な思いに(ふけ)っていた一方で。

 彼女は民衆の前に立つことを決めたのだ。あの小さな身体で、たった一人で。


 そして万が一、ガイレアが王都まで蛮族の侵略を許してしまうようなことがあれば、姫として王宮にいる彼女の身も危険に晒される。

 すぐにでも駆けていきたかった。どうにかして、彼女の元へ――。



 こうして居ても立ってもいられない想いを募らせたすえに、リオレティウスは父王の部屋へと向かっていた。



「ガイレアへ、援軍を出す許しをください」


 王は執務机を前に、僅かも乱れのない姿勢で座していた。まるで偉人か何かの像と対峙しているような、そんな気分を(いだ)かせる人だ。


 その後ろには、直線のみで形成された長方形の高い窓。取り入れられた外光が部屋全体を効果的に明るくしている。


 第二王子からの請いに対し、王は姿勢を崩すことなく答えた。


「隣は、曲がりなりにも武力国家だ。そう簡単に落ちはしない」

「しかし……っ」

「向こうの国力が削がれれば、しばらく理のない戦を押しつけてはこないだろう。我が国にはどちらかといえば好都合だ」


 深い青色をした瞳が、王子を捉える。


「お前が今、この国の王の立場だとして。敵国のため、頼まれてもいない援軍を送ることは妥当だと思うか?」



 首筋に、ふっと(よみがえ)る感覚があった。

 幼き日に父の部屋で自らの出生について聞かされた、あの夏の気配が主張してくる。


 父王からの問い――正解は明らかだ。答えるまでもない。

 リオレティウスを突き動かしているのは、完全なる私情。


 彼としては、今すぐ単身ででも駆けていきたい想いだったが、それが大勢(たいせい)において何の効果もなさないことは理解している。

 だから、自分の考え得る中で最も現実的な手段を父に願い出るしかなかった。それが王の子という立場でしかなし得ない、なりふり構わぬ手段であっても。



 続けて、王は問うた。


「あの娘がそれほど大切か」

「……はい」


「ならばなぜ手を離した。あの者と他人になることについて、お前は理解しているのだと思ったが。

 ガイレアが落ちようと、それで娘がどうなろうと、お前には関係ない。他人になるとはそういうことだ」



 普段政務の話をするのとなんら変わらない、淡々とした口調。決して大きな音ではないのに、人の奥まで静かに届く、深みのある声質。


「誰かと共に在るのには覚悟が要る。あの娘を手離したのは、お前にそれがなかったからだろう。――自らの手で、守る覚悟も、傷つける覚悟も」



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― 新着の感想 ―
[良い点] シェリエンが美しい! 想像以上の成長ぶりに惚れぼれしました。やっぱり好きな相手を想う女の子は強いですね。 [一言] リオ様、死んでもいいとか思ってる場合じゃないですよ。がんばってー。
[一言] シェリエンの現状を知ったリオさまの焦燥ぶりがよく分かりました。読者からしたら、分かっていたことではあるんですけど……。王様の言葉も正論で、反論出来ませんね。 リオさま、頑張れ!シェリエンは、…
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