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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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冬の訪れ -1


「雪、ですね」


 ティモンは、馬車の窓に掛けられたカーテンを片手でひらと(めく)って、呟いた。


 冬が近いとはいえ、通常この辺りの初雪はもっと(あと)。本格的な冬が来る前にと旅の出発を急いだが、どうやら例年より早い季節に追い付かれてしまったようだ。

 幸いにも、雪ははらはら舞う程度。馬車の速度を落とし、注意を払いながらにはなるが、進めないほどではない。



 それより車内が冷えるだろうと、ティモンは傍らに置かれた薄手の毛布を手に取った。

 大判の膝掛けに身を包むシェリエンへ、追加として差し出したところで――彼女の微かな異変に気づく。


「シェリエン様、ご体調が良くないのでは?」


 呼びかけに視線を上げた少女の頬は、ほんのり上気して見える。瞳の表面は薄く潤んで。

 失礼しますと前置いて、そっと(ひたい)に触れれば――やはり、熱がある。


 なるべく早く、腰を据えて彼女を休ませたい。だが予定している宿まではまだ距離があるし、雪の影響で到着は遅れるだろう。

 他のどこかへ立ち寄るべきか、しかし計画外の行程は避けたい。熱はそれほど高くないようなので、少し我慢してもらうよりないか――。


 一通り、ティモンが考えを巡らせたところだった。

 ガッタンと鈍い音を立て、馬車は大きな揺れと共に急停車した。



「うわ……、なんか嫌な揺れで止まりましたね」


 言いつつ、ソニアが素早く状況確認に出ていく。と思えばすぐさま戻ってきて、「道の舗装の老朽部分に、車輪が()まったみたいです」と。


 車輪救出のため、馬車に乗っていた面々は一度外に降りた。

 車体を持ち上げるための機械装置を使いながら、御者とティモンが協力して作業を行う。シェリエンと、彼女を支えるように付き添うソニアは、少し離れたところで待機する。


 彼らの頭上をちらちらと小雪が舞う。

 夕方と呼ぶには早い時刻だが、薄灰色の雲の上では太陽が帰り支度をしている頃だろう。日は随分と短くなった。

 作業は少々手こずっている。道にできたひび割れ状の溝に、車輪がぴたりと嵌まり込んでしまったらしい。




 そうこうするうち。

 彼らが通ってきたのと同じ方向から、一台の馬車がやってきた。一頭立ての小さなものだ。


 だが、難なくすれ違えるほど道幅は広くない。通り道の真ん中で立ち往生する一行を見つけると、来た馬車は進みを止めた。



「すみません、急いでやりますので」


 作業の進捗を横目で見ながら、ソニアが声を張る。それを聞いた向こうの御者は会釈をし、車内の主人へ報告に行った。


 そのまま待ってくれるものと思われたが――次には、主人と(おぼ)しき人物が馬車から降りてきた。

 落ち着いた雰囲気の女性で、年齢は四十前後。栗色の髪を襟足付近に(まと)め、地味な色合いの外出着に防寒具を重ねている。



「申し訳ありません、この辺りは私共(わたくしども)の管理する土地です。整備が行き届いていないことお詫びいたします。……旅の方ですか?」

「あ、いえ、はい」


 女性は淑やかな歩みでこちらまで来ると、丁重に頭を下げた。

 ソニアが応じるも、予期せぬ接触に面食らう様子が声に出てしまっている。


 女性は顔を上げると、決して押し付けがましくない微笑を浮かべて言った。


「宿場街まではまだ距離がありますから……雪も心配ですし、よろしければ拙宅にいらしては。すぐ近くです」

「いや、ええと」

「いえ、大丈夫です。先を急ぎますので」


 どう対応すべきかと困りはじめたソニアに代わり、ティモンが割って入る。車輪を引っ張り出す作業はちょうど終わったらしい。


 シェリエンの体調を思えば、ここで休ませてもらえるのはありがたい話。しかし、身分を隠さねばならぬ旅だ。

 経路を決めるにあたっては、比較的治安が良いことに加え、なるべく辺鄙(へんぴ)な田舎道であることを優先した。この国で半年だけ姫として過ごした彼女の顔を知る者はそういないだろうが、下手に関わる人間を増やしたくない。



「そうですか、出過ぎたことを申しました。それではどうか、道中お気をつけて」


 断りに気を悪くした気配もなく、女性は再び上品に頭を下げた。

 こうして、彼女とのやり取りは特段の意味を持たぬまま終わろうとしたのだが。


 彼女が立ち去ろうとしたそのとき、ふらりと、シェリエンの身体が傾いた。


 先ほど女性が馬車を降りて歩んできた際、ソニアはさり気なく少女の姿を隠すように前に立った。結果として、それまで貸していた肩を離すことになったのだ。

 支えを失った少女は、熱のある身で自ら立つことの限界を迎えたのだろう。背後からもたれるように倒れかかってきた身体を、ソニアは慌てて受け止めた。



「もしかして、ご気分が優れないのですか?」


 案ずる以外に他意はなく、女性は自然とシェリエンのほうに目を向けて――ほんの僅かな時間、彼女はぴたりと動きを止めた。


 シェリエンは旅装束のフードを頭からすっぽり被っていたが、それが倒れた拍子に少しずれた。その下から覗いたのは、熱に潤んだ目元のあたり、そして幾らかの銀色の髪。



 これらを目にしたのが理由であろう女性の微妙な表情の変化を、ティモンは見逃さなかった。


「……やはり少しだけ、立ち寄らせていただいても構いませんか?」



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