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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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繋いだ手 -3


 シェリエンは、彼の瞳がゆっくり大きくなるのを見ていた。そこには、自分の姿が映っていた。



 ――逢えてよかった。


 はっきり口にしたことで、シェリエン自身の胸にも、想いが確かな重みを持って形を成してゆく。

 なぜ、と、如何様(いかよう)に問われようと。彼の隣にいたい、ただ単純にそれだけのこと。



 彼はこちらを見ているようで、けれど思考はどこかを彷徨(さまよ)うように、しばらく動きを止めていた。

 普段はゆるぎなく輝く青空に似た瞳が、今は風を受ける灯火(ともしび)のごとくゆらゆらしている。


 その様子を見つめながら、シェリエンはふと、こんなことを思った。


 ――私のことをうさぎと言うなら、この人は何か大きな(けもの)だろうか。強くて、勇敢で、それでいて私のようなちっぽけなものにも優しくて、高潔な。



 その一方で、大きくて頼れるはずの彼が、なぜだか今日は哀しさを(まと)っているようにも見えた。

 (たと)えるなら、傷を必死で隠そうとする手負いの獣みたいに。


 ――もし、私がもっと大きなものだったら。彼を支えることができるのだろうか。

 私が何かに(おび)えたときにはいつもそうしてくれるみたいに、抱きしめて、包み込んであげられるのだろうか――。


 思うけれども、シェリエンにはどうしたらいいのかわからなかった。というより、自分にはそんな大きな力はないように思えて。

 内に湧く歯痒さを認めつつ、彼をじっと見上げることしかできなかった。




 そうしているうち、不意に、左手にふわりとした感触を覚えた。

 見れば、隣に座る彼の右手がそっと伸ばされ、自身の手に重なっている。


 すぐには気づかないほど、静かな動作だった。もしもそのまま気づかずにいたら、密かに引っ込められてしまいそうな。


 けれどもシェリエンは、迷わずその手を握った。

 先ほど彼に感じた哀しさが、気のせいではないなら。全てを包み込むことはできなくとも、せめてほんの僅かでも力になれば。

 そんな想いが届くようにと、強く。


 彼の瞳はまだゆらゆらと、一瞬戸惑うように大きく揺れてから、時間をかけて凪いでいった。

 そのあとでやっと、彼はシェリエンの手を握り返した。



 目と目が合う。

 彼の表情(かお)は、少しだけ泣きそうにも見えた。そして静かに微笑んでいた。


 繋いだ手から、互いの熱が伝わりあって、いつしかどちらの体温なのか区別がつかなくなる。



 言葉はいらなかった。


 ただ穏やかに微笑んで、見つめあって、相手の瞳に映る自身の姿と向き合って。



 今だけは、何もない。天も地も、この世の法則も、時間も、何もかも。


 互いの存在のみがある。この瞬間、出逢うためだけに生まれてきたと。



 永遠にも思える静寂。


 それは、柔らかで、温かい。どこまでも続く、果てのない青空のような色をしている。



 そうして一人の少女と一人の青年は、何物にも(おか)されない静けさの中、ただ手を取り合って佇んでいた。








 ――しかし、(にわか)にこの静寂を切り裂いたのは、性急な、部屋の扉を叩く音だった。



「……入っていい」


 王子からの入室許可を受け、扉が開かれる。そこにはティモンが立っていた。


 日常の光景にもかかわらず、シェリエンは微かな違和感に気づく。いつもこの世話役が引き連れている物柔らかな雰囲気が、今は見えないのだ。



「何事だ?」


 不審の念を覚えたのはシェリエンだけではなかった。彼女の隣で低く、急き立てる声が響く。


 この催促に対し、ティモンはいつになく改まった口調で告げた。


「第二王子殿下、陛下が急ぎお呼びです」



 扉が開いてからも、リオレティウスは構わず妻の手を握り続けていた。

 その夫の指がぴくっと、シェリエンの手の上で僅かに震える。



「……わかった」


 短い返事で応じて、彼は隣を振り返る。


「すまない、少し外す」



 少女は頷いて、扉の向こうに消える背を、何も言わずに見送る。





 ――繋いでいた手が、離れた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 繋いだ手1の冒頭が気になる終わりです。 やっと繋がれたのに……。 この間の短編、ここに通じてくるのですね!好きになるのに理由はいらないのところ。 国の情勢に飲み込まれないで欲しいです(勝手な…
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