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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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王子妃としての日々 -3


 ――立派な女性、か。


 空いた時間を剣の修練にあてることにしたリオレティウスは、訓練場までの道すがら考えていた。先ほどのティモンの言葉について。


 そんなの、言われなくてもわかっている。あれがもう子どもとは呼べないことくらい。

 彼女がここへ嫁いできたときには肩ほどまでしかなかった銀の髪は、長く伸びた。身長は同年代と比べると低いままだが、体つきは女性らしさを帯び、顔立ちもぐっと大人びた。



 王宮の奥で忘れ去られたように暮らしていた少女は、次の夜会に初めて出席することになった。国王の判断によるものだ。

 この国の高位女性は、十五、六歳で夜会等の社交場に出ることが許される。その年齢に達した彼女を表に出さない理由は特にないと。


 そもそも国王は、彼女への関心が薄かったのは事実としてあるが、意図的に表舞台から退けていたわけではないのだ。幼く無教養の村娘をわざわざ人前に晒すこともない、それだけのこと。



 一方で、彼女が王子妃として周囲から十分に認められたのかといえば、実のところ微妙だ。

 異国の姫、それも庶子だったという理由だけではない。

 ウレノス王家にて、古くより重要視されるのは血統。迎えた妃が訳ありでも、王家の血を引く子を産めばその地位は盤石となる。


 しかし、未だ初夜の儀すら終えていない二人は、国の例に照らせば正式な夫婦とは言い難い。

 ただ、シェリエンは送られた当時十三歳と幼かった。それなら夫婦関係を持てなくとも仕方ないと、周りも納得してきたのだろうが。


 社交場に出ることを許された女性は早ければ十六で嫁ぎ始める。彼女の年齢を言い訳にするのは、そろそろ難しくなってきた。



 専用に(しつらえ)られた訓練場に着くと、リオレティウスは長い黒髪を後ろで無造作に束ね、剣を握った。

 練習用の的の前に立ち、その両刃を使いながら長剣を規則的に振り下ろしていく。彼にとっては基本的な訓練、慣れた動きだ。無心で、ただこれを繰り返す。



 ――正直に言えば、これは。愛しいという名がつくような、そんな想いなのだろう。


 彼女の、置かれた場所で必死に生きようとする健気さ、口数は少なくとも案外強い意志を持っていること、時折こぼれる小さな野花のような笑みも。それら全てにおいて。



 彼は偶然に得た妻を愛せないわけではなかった。即ち、気が向かないというようなことではないのだ。

 けれど、妃としての地位を上げるためだけに手を付けようという気には、到底なれない。


 彼にとってシェリエンは、十三歳の小さな少女のままなのだ。怯えた瞳で小刻みに肩を震わせていた、あの初日の夜の。



 それに――。


 先日終えたばかりの竜神詣り。今年は、道中の天候が(かんば)しくなかった。

 山腹に位置する竜の(ほら)まで雨中を徒歩で登るのは、女性を含む一行にはなかなか厳しい。そのため、行程が徒歩に切り替わる地点にある村に滞在し、晴天を待つことになった。


 一行が足止めを食ったのは、丸一日だけ。その一日の間、村の者たちはできる限りの贅を尽くしてもてなしてくれた。宴席が開かれ、付近で採れる山菜をふんだんに用いた料理が供されるとともに、伝統的な踊りが披露された。


 宴の準備が整うまでの時間、リオレティウスはシェリエンを連れて村を歩いた。宿にこもっていても手持ち無沙汰なのと、村の暮らしを視察する意味もある。

 王家からの来訪者に気づいた人たちは、これを温かく迎えてくれた。とりわけ、陽気な子どもたちは我先にと近寄ってきた。


 この村での子どもの仕事は主に、工芸品である組紐(くみひも)を作ることだ。

 彼らは「見て見て」などと声を上げ、自分で作った組紐を得意げに掲げた。母親らしき人物に、言葉遣いや無礼をたしなめられたりしながら。


 そのうち一人の子が組紐の作り方についてとうとうと語り出し、それをシェリエンは目を丸くして聴き入っていた。人懐っこい子どもたちの様子に、彼女の顔はだんだんと(ほころ)んでいった。



 ――ああ、違うな。王宮にいるときと。

 心なしか生き生きとして見える彼女の横顔に、リオレティウスはふと思った。


 竜神を(まつ)る山は、普段は観光地として開かれた場所だ。この村は、それを目当てに訪れる客への生業によって盛えている。シェリエンの故郷の村とは、規模も暮らし向きも異なるはず。


 しかし堅苦しい王宮での生活を思えば、親しみやすさは比するまでもない。

 身分の上下や作法に気をとらわれることなく、自然に囲まれ、隣人と触れ合いながら――本来こういうところにいるのが、彼女にとっての幸せなのだろうな、と。



 夫婦関係を持てば、彼女は正式な妃と見做される。ウレノス王家の人間としてこの先の一生を縛ることになる、ともいえる。先延ばしにしたところで、彼女を故郷へと帰すことができるものでもないが。

 それでも簡単に奪ってしまうのには、リオレティウスにはどうしても抵抗があった。


 ――いつまでも、子どもだと思っていたのに。



 彼はひとしきり振り終えた剣を下げると、(ひたい)に乱れかかった前髪をくしゃっと掻き上げた。髪を押さえた手でそのまま、頭を抱え込むようにする。

 それから短くふっと、物憂げな溜め息を一つ落とした。



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