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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第一章『天地引き合う機にて』

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天と地の狭間にて -3


「ん? なんか見つけたのか」


 シェリエンが手にした絵本に描かれていたのは、一人の青年と一匹のうさぎ。

 絵柄は少し異なるが、彼女がウレノスに来てから気に入って何度も読み返している本、『銀の兎』とよく似ている。


「気になるなら、買っていけばいい」

「でも……」


 この国の言葉でないものを、求めてもよいのだろうか。そもそも読めもしないのに。

 そう思って躊躇いに眉を(ひそ)めた彼女の手から、リオレティウスはひょいと本を拾い上げた。


「――旅人は見つけました。木の陰からそっとこちらを覗いている、小さな存在を」

「えっ?」


 彼の口から流れ出たのは、シェリエンの母国語であるガイレアの言葉。おそらくその本に書かれた一節を、彼は流暢(りゅうちょう)に読み上げてみせる。


 久しぶりに耳にした故郷の言葉に、図らずもシェリエンの胸には懐かしさのようなものが湧いて。同時にそれがウレノス王子である彼の口から聞かれたことが、不思議な感覚でもあり。


 目を見張り、ぱちぱちと瞬きを繰り返している彼女に気づくと、リオレティウスはおどけたように言った。


「これでも一応王子だからな。他国の言語は学んでいる」



 ――一応って……。シェリエンの瞳はもう一つ大きく(またた)いた。


 確かに、時折忘れてしまいそうになる。気取らず、あけすけな物言いをする彼と一緒にいると。

 彼はこの国の王子で。自分は停戦条約の象徴として、形のみ嫁いできたのだということ。


 見知らぬ場所での不安も、自身の立場が脆弱であることへの恐怖も、何もかもなかったことのように、そのあたたかな青空に吸い込まれて――。


「遠慮せず、買えばいい。お前にとって母国語だ。学んで損はないだろう」




 すっかり冷たくなった夕方の風が、シェリエンの頬を掠めた。買い物を終えた二人は書店を後にし、街の大通りを歩いている。

 「何かほかに見たいものがあれば」、そう言われてのことだったが、彼女が声を上げることはない。ただ黙々と歩を進めながら、表情はこわばってさえいる。


 決してこの散策がつまらないわけではない、けれど。

 服飾品に化粧品、お菓子や紅茶などの嗜好品、通りにはそういったもの、中でも上質なものを扱う店が立ち並んでいる。初めて目にする煌びやかな光景に、シェリエンは気後れするほかなかった。


 それに、今日の外出の目的であった誕生日の贈り物は、既にたくさん買ってもらったのだ。はじめに手にした『銀の兎』の絵本だけでなく、ほかに何冊も。「ガイレア語を学ぶなら多いほうがいいだろう」と、彼はシェリエンの遠慮などお構いなしに、装丁の美しい絵本をいくつも買ってくれた。



「どこか入って見ていくか?」


 気遣うように、かけられた声。

 シェリエンはふるふると首を横に振って、隣を歩く夫を見上げる。


「疲れたなら馬車に戻るか」

「いえ」


 咄嗟に、自分で思う以上に力のこもった声が出たことに、シェリエン自身驚きながら。


「……もう少し、歩きたいです」

 小さく続きを付け足した。


 彼はほんの僅か目を見開いて、それから短く、ん、とだけ答えて歩みを続けた。



 何を見るでもなく、二人はゆっくりと通りを進んでいく。前後少し離れたところから、護衛の者がさりげなく付き従う。

 すれ違う人が時折、ちらりと気がついたような視線を投げてくる。


 二人は派手さを抑えた外出着の上に、旅人ふうのマントを重ね、フードを被っている。

 だが、背が高く体格の良いリオレティウスは目立つ。フードからのぞく鼻筋はすっと通り、自然に分けられた漆黒の前髪は艶やかに風に揺れる。知る人には、彼がこの国の第二王子だとすぐにわかるだろう。


 けれども立ち止まって声をかける者はない。出かける前のティモンの言葉によれば、「お忍びだとわかる見かけが重要」だそうだ。



 (だいだい)に赤らんでいた夕空が、次第に色を変える。(うっす)ら黒みを帯びた青紫が、ゆったり上から(とばり)を下ろすように、色彩の階調を伴って。

 呼応し、地面を()う影はじわりと濃さを深める。灰がかった微粒子が下から立ち上るかのごとく、風景にぼんやり雑像を覆い被せてゆく。


 「()彼時(かれどき)」とは言ったもの。世界にベールが掛けられたようなひと時にありて、そばにいる人が真にその人自身かどうか。



 やわらかに繋ぐ温もりだけを頼りに。


 天と地の狭間には、ただ、手を取り合って歩く二つの後ろ姿があった。







 ――第一章 天地引き合う機にて (了)



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― 新着の感想 ―
ここまで拝読させていただきました。 童話を愛する者の一人として、『銀の兔』のイメージが素敵!と思います。読んでみたいです。 小さくてふわふわして純粋で。まるでシェリエンのようだと思ったリオレティウスも…
[良い点] 第1章読み終えました! [一言] 兎姫とレオ様が少しずつ心を通わせていく過程がとっても微笑ましいです。 そしてイラストかわゆい! 第2章も読ませていただきますね〜。
2023/10/29 12:26 退会済み
管理
[一言] 少しずつ距離が縮まっていますね。小動物から妹くらいには昇格してそう…と恋愛小説音痴な私は思うのですけど……。 とにかく、穏やかな雰囲気が良い感じですね~。 お兄さんの心配、分かる気がします。…
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