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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第一章『天地引き合う機にて』

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天と地の狭間にて -1


『あれを、竜神詣りに伴ってもよいでしょうか』


 第一王子の自室にて。

 部屋の主であるエドゥアルスは、執務の傍らふと、先日のリオレティウスの言葉を思い出していた。



 ウレノス王家が隣国ガイレアの姫を迎えてから、半年と少し。はじめに和平の申し入れをしてきたのは、向こうガイレアだ。


 それ以前の二国は、積年の敵対関係にあった。といっても、四、五年前の戦を最後とし、その後目に見える争いは起こっていない。さりとて友好的に歩み寄るということもなく、この数年間は膠着(こうちゃく)状態にあった。


 ここウレノスは大陸の最端に位置しており、大まかにいうと西側は海、東側は隣国ガイレアだ。ガイレアの南東に広がるのは大きな砂漠。その砂漠を超えた先には、二国とは文化がかなり異なる蛮族の領土がある。


 近年、ガイレアはこの蛮族からの侵攻に悩まされていた。それまでは間に挟んだ砂漠が侵略者の力を抑えていたのだが、このところ彼らの動きが活発になっていた。

 おそらくこれが、ガイレアが長年敵国であったウレノスに和平を打診した、大きな理由。二国は婚姻による条約を結ぶこととなった。



 こうした政略結婚では、申し入れた側が姫を差し出すのが通例だ。だがガイレア王の正式な直系には、年齢等を考慮して適当な姫がいなかった。そこで、王の孫にあたり庶子であったシェリエンが見出(みいだ)された。

 彼女は従者や侍女等を伴うことなく、ただ独りで隣国へと送られた。(てい)のいい人質、といえなくもない。


 呈されたのは、今まで(ろく)に妃教育も受けず、それどころか辺境の村で暮らしていた娘。

 ウレノス側は提案をはねつける選択肢もあったはずだが、王はこれに異を唱えることなくあっさり受諾した。無駄な争いは不必要と考えてのことか。


 とはいえ訳ありの姫を歓待する理由もなく。形のみの第二王子妃は、その存在を忘れ去られたかのようにひっそりと生活していた――はずだったのだが。


 どうやら思いのほか、リオレティウスは彼女を気に入っているらしい。



 年に一度の竜神詣りは、ウレノス王家にとって特別な行事だ。建国神話によれば、この国の始祖は天の竜から血を分けられたのだという。その血を継いできた者たちが、現王族にあたる。


 竜が人に血を授けた場所とされる(ほら)は、一般の立入りが固く禁じられている。最低限の従者を別として、王家の者以外は入れない。正式な妃と認められないシェリエンは、参詣の一員からは当然のように外されていた。

 だが、リオレティウスは父王に彼女の同行を願い出た。竜の洞に入れぬことは承知している、だから旅程にだけ伴うのは構わないかと。


 さらに最近では、彼女に“妃教育”を許可したとか。教育というほど大したものではなく、最低限の礼儀作法等を復習(さら)っているにすぎないようだが。



 政略結婚だからといって、自らの妻に好意を持つなという(おきて)はない。無論そこにはなんの問題もない。

 しかしエドゥアルスとしては、少々意外ではあった。


 弟王子はそれまでずっと、伴侶を持たないと決めているようだった。

 おそらく、彼自身の出生が関係しているのだろう。王族の血を継ぐため、側室との間にもうけられた王子。だが同時期に正妃も子を授かったことで、彼の存在は必須ではなくなった。


『兄上に遠慮などしていません。俺には剣のほうが合っているだけだ』


 そう言って微笑む澄んだ青の瞳には、僅かな(かげ)りも見えず。

 弟は権力にも縁談にも興味を示さぬまま、ひたすら武芸に(いそ)しんでいた。その達観具合たるや、……まるで命なんていつ落としても問題ないと言うほどにも見え。


 腹違いの王子などという事情にもかかわらず、兄弟の仲は悪くない。むしろ良いほうだ。

 弁えすぎにも思える弟を密かに案じていた兄としては、安心すべきなのだろう。彼が偶然に得た妃を好いているというのなら。


 しかしそれが元敵国ガイレアの姫となると――。



 条約締結以来、二国の間は静かなものだった。

 和平が成ったからといって途端に国交が回復するものではなく、けれども以前のような緊張感が続いたわけでもない。

 ただ静かなのだ。言うなれば、不気味なほどに。


 なんともいえぬ違和感から、エドゥアルスはこの和平に対して手放しで喜ぶ気が起きなかった。

 言っても、これは彼に限った話ではない。長年の敵国が急に同盟国に変わったからと、いきなり全面的に信頼したりはしないものだ。ウレノスの軍事訓練は粛々と続けられているし、国境警備を怠ることはない。


 とはいえあの小さな娘自体に、長きに(わた)った両国の戦への責はないこと、また彼女が何の力も持たないことは明白。それを知るからリオレティウスも目をかけているのだろうが。



 ――だからこそ、杞憂であってほしいと。エドゥアルスは小さく息を吐いた。


 父王に似て合理的で、必要なら非情な判断も(いと)わないだろうと評される自分に比べれば、弟は優しい。それを眩しいと感じたことも、救われたこともある。

 もし今後両国の間に何かがあれば、自分は適した判断を冷静に下すだけなのだろうと思う。


 ただ、弟の。あの空のような瞳が曇るようなことは、なるべく起こらないといい――。



 柄にもなく暫し考えに(ふけ)ったあと、エドゥアルスは何事もなかったかのように執務へと戻っていった。



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