庭園にて -4
無事に花冠が出来上がり、シェリエンは小径を戻っていた。
――作ったのは何年ぶりだろう。やり方を覚えているか心配だったけれど、思ったより上手くできた。
ベンチが見えるあたりまで来て、座っていたはずのリオレティウスが立っているのが見えた。誰かと話している。
近寄れば話を邪魔してしまうかもしれない――そう思ったけれど、ではこのまま出ていかない、というのも身を隠すようで無礼な気がする。
彼女は意を決し、ベンチ付近まで進むことにした。
「あ、シェリエン」
数歩の距離に近づいたところで、リオレティウスが振り返る。
彼と話していたのは第一王子エドゥアルスだ。これに気がついて、シェリエンは急いで頭を下げた。
「では、私はもう行く。邪魔をしたな」
エドゥアルスは短く言うと、今シェリエンが来たほうとは別の、小径が枝分かれした先へと歩いていった。
――冷静沈着といえばいいのか。エドゥアルスはいつ見ても落ち着き払い、その表情から何かを読み取るのは難しい。加えて、国王ほどとは言わないまでも、王子としてある種の威厳を湛えている。
外見は絵本に出てくる王子様そのもの。美しい顔立ち、金の色見本みたいに輝く髪に、宝石のような青い瞳。
それでも、シェリエンはその青にどことなく冷たさを感じてしまう。少し怖いとさえ思う。初めの頃、体格の良いリオレティウスに感じた怖さとは別の種類のものだ。
「……あまり、似ていないのですね」
無意識のうちに、口から言葉がこぼれ出てしまった。
シェリエンは一人っ子だが、村では何組かの兄弟が近所に住んでいた。皆すぐにそれとわかるくらい、そっくりだったけれど。
彼ら二人はあまり似ていない。外見どうこうというより、纏う雰囲気が違う。
そう感じてのことだったが、リオレティウスからは予期せぬ答えが返ってきた。
「ああ、母が違うからな」
「えっ?」
驚いて、シェリエンは彼の顔を見上げた。知らずうちに、触れてはいけない部分に踏み込んでしまったのだろうかと。
けれども彼には気にする様子はない。むしろ、狼狽えるシェリエンを意外そうに見つめ返してきた。
「知らなかったのか。内密でもなんでもない、皆知っていることだ」
リオレティウスは、ゆっくりした動作でベンチに腰を下ろした。促されるまま、シェリエンも隣に座る。
一応知っていたほうがいいだろうと、彼は自身の出生について話してくれた。
ウレノス王家は原則として一夫一妻制だ。しかし子ができないなど何か事情があれば、側妃を置くこともある。
約二十年前、当時王太子と王太子妃であった現ウレノス王夫妻は、何年も子に恵まれなかった。そこで側妃を設ける案が挙がり、一人の侍女が選ばれた。とある片田舎の領主の娘で、侍女として王太子妃の信頼が厚い者であった。
彼女はその役割を受けたが、妃の座は望まなかった。自分の産む子は王太子夫妻の子であり、私は任を果たすだけに過ぎませんと。王子を産んだらすぐに王宮を出るという約束で、彼女は期限付きの側妃となった。
王太子は彼女の寝室に通い始めた。だが程なくして、王太子妃が懐妊していたことが判明。王太子は側妃の元へ通うのを中断したが、その後すぐ彼女にも懐妊の兆候が見られた。
王太子妃は男児を産み、二か月後には側妃もまた男児を産んだ。いずれも王家の血を引く子。二か月しか年齢差のない兄弟は、共に王子として育てられた。
そして、一時側妃であった侍女は、当初の約束どおり王宮を出た。それがリオレティウスの母だという。
「――だから俺は、生まれるはずのなかった王子だ」
事実を淡々と説明した最後、彼は何でもないことのようにそう付け足した。




