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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第一章『天地引き合う機にて』

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庭園にて -2


 扉の前から動く気配のない彼に、シェリエンは声をかけた。


「どうしたんですか?」

「いや、今日は少し時間が空いたんだ。だったらお前と散歩でもと、ティモンが」


 リオレティウスはそう言って、なんだか決まりが悪そうに視線をそらした。


「え……」

「気が向かないなら別に、無理することはない」

「あ、いえ、行きたいです」

「……そうか」



 シェリエンがすぐに返答できなかったのは、誘いが嫌だったからではない。

 ティモンに言われたからとはいえ、忙しい彼がこうして来たことに少々驚いたのだ。せっかく空き時間ができたなら、一人でのんびり過ごしたくはないのだろうかと。


 ――あっ、ではむしろ断るべきだった……? でも、来てくれたのに断るほうが失礼?


 途端に、そんな考えが浮かんで。シェリエンは椅子から降りたところではたと足を止めた。頭の中では唐突な脳内会議が始まったのだが。


「やっぱり、嫌か」


 その言葉でハッと我に返る。

 顔を上げると、リオレティウスが困ったように片眉を寄せていた。


 慌ててふるふると首を横に振り、


「いえ……、リオ様は、お忙しいのではと」

「……遠慮ということか?」


 今度はこくんと頷く。


 しかし、彼からの視線は未だ躊躇(ためら)うかのごとくこちらを窺っていた。

 嫌ではないということを示そうと、シェリエンが真剣にその瞳を見つめてみれば、相手はこれをじっと見つめ返してくる。



 暫しの沈黙が過ぎて――ふっと、彼の顔が(ほころ)んだ。


「お前が嫌じゃないのなら、いい。行くぞ」




 久しぶりに訪れた庭園は、少し様子が変わっていた。以前はほとんど緑一色だったのが、赤、ピンク、白など鮮やかに色づきはじめている。

 (つぼみ)から開いたばかりの花々は瑞々(みずみず)しい。(まばゆ)い春の光を受け、花びら一枚一枚がキラキラ輝きを放つようだ。


 低木を縫って作られた小径(こみち)を、二人はゆっくりと歩いた。

 少女の口からは、思わず溜め息のような言葉が漏れる。


「……きれい」

「何本か、切って持っていくか?」

「あ、いえ」


 リオレティウスからなされた提案に、シェリエンは首を振った。

 すぐ横の低木に咲いた花を見る。赤い花弁が重なり大ぶりで華やかに咲き誇るその花は、自分には眩しすぎる――そんなふうに思う。



 と、そのとき、彼女は低木の陰に見慣れた小さな花を見つけた。

 白く細かな花びらが集まって、ころんと丸い形を成している。背の高さは、シェリエンの足首より少し上くらい。


「これ……」

「ん? それは……」


 視線の先の花に気づいたリオレティウスは、続く言葉を飲み込んだ。雑草だぞ、おそらくそう言おうとしたのだろう。一応気を遣ってくれたようだけれども。

 故郷の村の片隅に、場所を選ばず咲いていた花だ。雑草であることはシェリエンも知っている。


「これを編むと、(かんむり)を作れるんです」

「へえ」


 シェリエンが雑草の活用方法を教えると、それは意外にも彼の興味を引いたようだった。瞼を持ち上げて、足元の小さな花をしげしげと眺めている。


「お前も作れるのか?」

「はい。……作りましょうか?」


 彼が頷くのを認めて。

 庭師が丹念に育てた美しい花がたくさんあるのに、雑草に興味を示すなんて。変な人。シェリエンはそう思う。

 けれど、自分も他人(ひと)のことは言えないと気づいてなんだか可笑(おか)しくなる。


「集めて、作ってくるので、そこで待っててください」

「ん」


 ちょうどよく近くにあったベンチを、シェリエンは彼に示した。花を集めたり編んだりを逐一(ちくいち)見られていては、恥ずかしくて集中できない。

 彼は言われたとおり素直にベンチに向かうと、そこに腰掛けた。


 冠ができるだけの花を集めるため、シェリエンはひとり小径を進み始めた。少し離れたところに背の低い白がいくつか見える。

 背後に彼の声が聞こえた。あんまり遠くまで行くなよ、なんて、子どもに言うように。



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