庭園にて -2
扉の前から動く気配のない彼に、シェリエンは声をかけた。
「どうしたんですか?」
「いや、今日は少し時間が空いたんだ。だったらお前と散歩でもと、ティモンが」
リオレティウスはそう言って、なんだか決まりが悪そうに視線をそらした。
「え……」
「気が向かないなら別に、無理することはない」
「あ、いえ、行きたいです」
「……そうか」
シェリエンがすぐに返答できなかったのは、誘いが嫌だったからではない。
ティモンに言われたからとはいえ、忙しい彼がこうして来たことに少々驚いたのだ。せっかく空き時間ができたなら、一人でのんびり過ごしたくはないのだろうかと。
――あっ、ではむしろ断るべきだった……? でも、来てくれたのに断るほうが失礼?
途端に、そんな考えが浮かんで。シェリエンは椅子から降りたところではたと足を止めた。頭の中では唐突な脳内会議が始まったのだが。
「やっぱり、嫌か」
その言葉でハッと我に返る。
顔を上げると、リオレティウスが困ったように片眉を寄せていた。
慌ててふるふると首を横に振り、
「いえ……、リオ様は、お忙しいのではと」
「……遠慮ということか?」
今度はこくんと頷く。
しかし、彼からの視線は未だ躊躇うかのごとくこちらを窺っていた。
嫌ではないということを示そうと、シェリエンが真剣にその瞳を見つめてみれば、相手はこれをじっと見つめ返してくる。
暫しの沈黙が過ぎて――ふっと、彼の顔が綻んだ。
「お前が嫌じゃないのなら、いい。行くぞ」
久しぶりに訪れた庭園は、少し様子が変わっていた。以前はほとんど緑一色だったのが、赤、ピンク、白など鮮やかに色づきはじめている。
蕾から開いたばかりの花々は瑞々しい。眩い春の光を受け、花びら一枚一枚がキラキラ輝きを放つようだ。
低木を縫って作られた小径を、二人はゆっくりと歩いた。
少女の口からは、思わず溜め息のような言葉が漏れる。
「……きれい」
「何本か、切って持っていくか?」
「あ、いえ」
リオレティウスからなされた提案に、シェリエンは首を振った。
すぐ横の低木に咲いた花を見る。赤い花弁が重なり大ぶりで華やかに咲き誇るその花は、自分には眩しすぎる――そんなふうに思う。
と、そのとき、彼女は低木の陰に見慣れた小さな花を見つけた。
白く細かな花びらが集まって、ころんと丸い形を成している。背の高さは、シェリエンの足首より少し上くらい。
「これ……」
「ん? それは……」
視線の先の花に気づいたリオレティウスは、続く言葉を飲み込んだ。雑草だぞ、おそらくそう言おうとしたのだろう。一応気を遣ってくれたようだけれども。
故郷の村の片隅に、場所を選ばず咲いていた花だ。雑草であることはシェリエンも知っている。
「これを編むと、冠を作れるんです」
「へえ」
シェリエンが雑草の活用方法を教えると、それは意外にも彼の興味を引いたようだった。瞼を持ち上げて、足元の小さな花をしげしげと眺めている。
「お前も作れるのか?」
「はい。……作りましょうか?」
彼が頷くのを認めて。
庭師が丹念に育てた美しい花がたくさんあるのに、雑草に興味を示すなんて。変な人。シェリエンはそう思う。
けれど、自分も他人のことは言えないと気づいてなんだか可笑しくなる。
「集めて、作ってくるので、そこで待っててください」
「ん」
ちょうどよく近くにあったベンチを、シェリエンは彼に示した。花を集めたり編んだりを逐一見られていては、恥ずかしくて集中できない。
彼は言われたとおり素直にベンチに向かうと、そこに腰掛けた。
冠ができるだけの花を集めるため、シェリエンはひとり小径を進み始めた。少し離れたところに背の低い白がいくつか見える。
背後に彼の声が聞こえた。あんまり遠くまで行くなよ、なんて、子どもに言うように。




