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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第一章『天地引き合う機にて』

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銀の兎 -2


 ――朝。

 シェリエンは、普段と異なる感覚に目を覚ました。なんだかやけに布団が暖かい。

 (まぶた)を開けると、ベッドの天蓋(てんがい)が目に入った。


 ――そうだった、わたしは隣国に……。


 未だに朝、目が覚めてここはどこだっけと思うときがある。村を出た後の暮らしに身体が順応しきれていないのだろう。


 それはそうと、と彼女は思う。この国のベッドはこんなにあたたかかったっけ?


 半分夢の中の状態で、ここでの生活の記憶を手繰(たぐ)り寄せる。

 この国の布団はふかふかしていて……でも、これほどまであたたかな朝はなかった気がするけれど……。



 不思議に思いながら、なんとはなしに横を向く。

 すると目の前には、すやすやと心地よさそうに眠る男性の顔があった。鼻筋の通った端正なつくりの顔に、乱れた黒髪が数束はらりと落ちている。


 そこでやっと、シェリエンは自分が彼――リオレティウスに抱きすくめられていることに気がついた。

 彼の筋肉質な両腕は、シェリエンの身体をすっぽり包むように回されて。薄手の夜着の向こうから、自身のものではない体温が伝わってくる。


 これは、いったい……? 昨夜はいつもどおり、彼は向こう側を向いて寝入っていたはず――少女の寝起きの頭は急速に働き、必死に思考を整理する。



 そうこうしていると、瞳を閉じたままのリオレティウスが不明瞭な声を発した。


「……うさぎ……」


 ――そういえば。夢現(ゆめうつつ)の中、誰かがうさぎと言うのを聞いた気がする。

 彼の寝言? もしかして今これは、夢の中でうさぎを抱いているつもりで……?


 段々と状況が飲み込めてきた気がするも、この先どうしたらいいのかはシェリエンにはわからなかった。

 どうしよう、そうっと抜け出れば……。



 そうやって、少女がひそかに頭を悩ませているうち。

 突然にリオレティウスの瞼がぱちりと開いた。思いがけず、目が合う。


 彼の両眼はしぱしぱと眠そうに何度か瞬いたあと、大きく見開かれた。


「…………!?」


 飛び起きるように身を離して、彼は再び目を(しばたた)かせた。なぜだかシェリエン以上に驚き、狼狽(うろた)えている様子。


「俺、なんかしたか……?」

「い、いえ」

「…………」

「……ただ、うさぎと」

「え?」

「寝ながら……うさぎと言って……」

「あー……」


 少女の辿々しい説明に、思い当たるところがあったらしい。彼は片手で髪をかき上げながら、気恥ずかしそうに言った。


「……夢に、うさぎが出てきた」



 シェリエンは、昨夜寝る前に彼へ手渡した絵本のことを思い出す。彼から、そこに描かれたうさぎに似ていると言われたことも。


「悪い、嫌だっただろ」


 申し訳なさそうな視線が向けられる。

 同時にかけられた言葉に、シェリエンは小さく首を横に振った。



 ――改めて問われてみると……嫌ではなかった。

 彼は大きくて、近づかれれば無意識に身体が跳ねそうになるほどだったのに。全然怖くもなかった。


 こんなふうに、誰かに抱きしめられて眠ったのは――。


「むかし、母と」

「え?」

「母と一緒に眠ったみたいで、あたたかかったです」

「……そうか」


 返答を聞いたリオレティウスは、口の端を少しだけ上げて笑みを返した。

 そこに漂った微かな寂しさに、シェリエンが気づくことはなかった。



「じゃあ、俺はそろそろ行く」

「はい。……あ、あの」


 彼がベッドを出ようとするのを、シェリエンは慌てて呼び止める。

 お礼を言えず仕舞いだったことを思い出したのだ。彼がここでの生活に心配(こころくば)ってくれたこと、それから、泣いていた夜に慰めてくれたこと。


「いろいろと、ありがとうございます、リオレティウス殿下」


 彼は一瞬意外そうに瞼を持ち上げて。そして、ごく穏やかな瞳で微笑んだ。



 続いて彼はベッドを降りたが、何かを思い出したように、ついと振り返る。


()()でいい」

「……え?」

「リオレティウス殿下、なんて長ったらしいだろ」


 どうやら先ほどシェリエンが、彼を“リオレティウス殿下”と呼んだことに言及しているようだ。


「リオ……様……」

「ん。まあ良いかそれで」


 拙くも口に出してみれば、彼は満足気な視線を寄越した。



「じゃあ行ってくる。……シェリエン」


 乱れた夜着を整えて、彼はいつものように寝室を出て行く。



 静かに閉まる扉へ、消えた背を見送りながら。

 シェリエンは今、初めて彼に名前を呼ばれたことに気がついた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み始めて、続きが気になっていくうちに10話まで一気に来ました。急に住み慣れた村を離れ、隣国へと嫁いだシェリエンの不安と寂しさが、一つひとつの描写からとても伝わってきました。ティモンは、と…
[良い点]  まずは第10話までのお話しからの感想でーー。    淡々と進行している様で、しっかりと心情描写が入り分かりやすくなっているので読みやすかったです。  女性心理などの難しさなど繊細で良い…
[良い点] ここまで拝読しました。 期待通りの素晴らしい文章。美しくて繊細で、うっとり読ませていただきました。 シェリエンがとても可愛くて(名前も可愛いー)、リオレティウスが手を出せないのわかります。…
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