表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コラボカフェ決定】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜7章3節〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

322/322

288 大輪の花

【第7章3節】




「殿下! 本日も早朝から、近衛隊のご指導をお疲れさまでした」

「…………」


 その朝、朝食後の身支度を整えたリーシェは、アルノルトの執務室で『確認』をしていた。


「午前中は国境警備についての会議と、財務部門を中心とした書類処理のご予定でしたよね?」

「ああ」

「途中で造幣事業の初期計画案に関する課題会議、貧民街支援策の物資搬入ルート擦り合わせ。コヨル国との共同研究に伴う各種予算会議」


 机に向かったアルノルトの傍らに立ち、記憶の中にある項目を数えてゆく。アルノルトが目を通しているのは、宰相から朝一番に届けられたという書類のようだ。


「その後はザハド陛下と、軍務伯グレーナー閣下を交えた会食。午後はザハド陛下との『外交』だったと記憶しておりますが、アルノルト殿下……」


 リーシェがまなざしを向ける前に、アルノルトは察していたらしい。美しい書き文字で署名を綴りながら、こんな返事をしてくれた。


「お前の時間が空いているのなら、自由に見学すればいい」

「ありがとうございます!」

「だが」


 アルノルトがペンを机上に置き、念を押してくる。


「主城に行くのだろう」


 先ほど、皇帝アンスヴァルトの遣いから『報せ』が届いたのだ。


「……はい」


 リーシェは微笑みを浮かべ、なんでもないことのように言い切った。


「お義父さまの正妃であらせられる、フロレンツィア妃殿下に、お目通りを」

「――――……」


 今朝のリーシェは、大人びて落ち着いた印象を与える、濃紺のドレスに身を包んでいた。


 腰よりも少し高い位置をリボンで絞り、そこから広がって優雅なシルエットを描く裾は、ドレープの少ない作りのものだ。

 袖は、手首側にゆくにつれて広がるベルスリーブで、涼しげながら淑やかな立てが美しい。


 珊瑚色の髪はハーフアップにまとめ、緩やかな編み込みを施して、耳には一粒真珠の飾りを選んだ。首飾りや腕輪は身に付けず、ドレスの上品さを全面的に活かした装いだ。


 いまのリーシェを飾る貴石は、アルノルトに贈られたサファイアの指輪、それのみである。


「いかがでしょう。妃殿下にご挨拶するにあたって、失礼のない服装に見えますか?」

「些事を気に留める必要はないだろう。お前はただ、お前の好きな装いをしていればいい」

「あら」


 甘やかすようなアルノルトの意見に、リーシェは微笑む。


「場面に沿って装いを変えるのも、私にとってはとても楽しいことですよ?」


 するとアルノルトは肘掛けに頬杖をつき、少し揶揄うように笑った。


「なるほどな。――お前らしい」

「ふふ!」


 そう言ってもらえたことが嬉しくて、リーシェはくちびるを綻ばせる。


「それに、叶うのであれば妃殿下は、是非とも仲良くさせていただきたいお方ですし!」

「『家族との付き合いは、結婚で最も苦労する点』か?」

「そうですよ。だからこそアルノルト殿下には、別居用の離宮をご用意いただいたのです」


 アルノルトが言及したのは、リーシェが以前告げた言葉である。

 リーシェがアルノルトに求婚された際、婚約者になる条件として出した『おねだり』のひとつは、アルノルトの父と別の居を構えることだったのだ。


(本当の理由は、『アルノルト殿下がいずれ殺す父君』から、物理的に遠ざけたかったのだけれど)


 リーシェはこれから自ら望んで、この国の皇妃に会いにゆく。今のままでは知り得ないアルノルトのことを、もっと深く知るために。

 彼の戦争を止める手段を、ひとつでも多く切り札に加えなくてはならないのだ。


「リーシェ」

「はい、殿下」


 リーシェが微笑んで首を傾げると、アルノルトは次の書類を手に取った。


「お前が対応できない相手だとは思わないが。――何かあれば、必要に応じて俺を呼べ」


 アルノルトは、ただの杞憂でこうした言葉を向ける人ではない。


(私の指輪を作ってくださった宝石店の店主さまが、皇城から距離を置かれた理由……フロレンツィア妃殿下と悶着があったからだと、そうお聞きしたこともある)


 リーシェは指輪に触れながら、アルノルトに尋ねた。


「怖いお方ですか?」

「さあな。少なくとも、あの男に殺されることもなく、自ら命を絶つことも選ばなかった」


 青の瞳が、ほんの僅かに伏せられる。


「父帝が迎え入れた妃のうち、唯一の生き残りだ」


 アルノルトが紡いだ言葉の重みを、リーシェは静かに受け止めた。

 その上で、改めてアルノルトに微笑みかける。


「お会い出来るのが、楽しみです」

「…………」


 自ら前に進まなくては、欲しいものを手に入れることなど出来ない。

 改めて背筋を正し、アルノルトに一礼した。


「お目通りの後は、お許しいただいた外出に、テオドール殿下と出掛けて参ります。――そちらが終わりましたら、あなたの訓練場に」

「……」


 微笑んだリーシェは、さっそく執務室を退室し、主城へと向かうのである。




***




「未来の妃殿下に恐縮ではありますが、最後に改めての確認となります。この場所に、刃物を初めとした危険物は、持ち込んでいらっしゃいませんね?」

「はい。もちろんです!」


 騎士からの最終確認に、リーシェは笑顔でそう答えた。

 主城を警備するのは、アルノルトの管轄外となる騎士たちだ。リーシェをここまで案内してくれた彼らは、リーシェの返事に頷くと、一礼してこの場を後にした。


(主城はやっぱり、皇城のどこよりも警備が厳しいわ。アルノルト殿下の婚約者であるお陰で、身体検査まではされないけれど……)


 ドレスの下、太ももにベルトで巻いているもののシルエットが浮かないよう、リーシェは慎重に裾を直した。

 ひとり残された主城の中庭には、噴水の涼やかな水音が響いている。


(フロレンツィア妃殿下のご出身……大国ゼルディアの、伝統的な彫刻だわ)


 初めて訪れた石畳の上で、リーシェはかの人を待ち始めた。


(海を隔てた東の大陸を支配する、ガルクハインに並ぶほどの軍国。かつてはガルクハインを凌ぐほどの強国で、この大陸の一部地域ですらも、ゼルディアの領土だったのよね)


 その状況を覆し、ゼルディアを東の大陸へと退けたのが、当時勢力を伸ばしていたガルクハインだ。


(十五年前、戦争による領土拡大を続けていたお義父さまは、ゼルディア領に隣接する属国を制圧。その後、この大陸内のゼルディア領に攻め込んで、圧勝した)


 皇帝アンスヴァルトの戦い方は、未来のアルノルトを思わせる。

 アルノルトが、自分と父親が『同類』だと称するのは、きっとそうした所なのだろう。


(二カ国は和平を結び、その際にお義父さまの正妃として嫁いでいらしたのが、フロレンツィア妃殿下)


 こちらに近付いてくる気配を受けて、リーシェはドレスの裾を持ち、礼の姿勢を取る。

 そうして頭を下げたまま、ひとりの女性に向かって告げた。


「お初にお目に掛かります」


 盛夏の木漏れ日が降り注ぐ中庭に、柔らかな風が吹き込んだ。

 上品で、僅かに甘い香水の香りがする。これは確か、東の大陸に冬の間だけ咲く、鮮やかな大輪の花の香りだ。


「この度、不肖の身でありながらも、皇室の末席に加えていただく栄誉に浴しました。リーシェ・イルムガルド・ヴェルツナーと申します」


 ゆっくりと顔を上げ、その人物にまなざしを向けた。


「フロレンツィア妃殿下」

「…………」


 リーシェの目の前に現れたのは、美しい顔立ちの口元を扇子で隠した、たおやかな女性だ。


 絹のような艶を帯びた、深い緑色の髪。

 何処か物憂げで、大人の女性らしい思慮深さを帯びた双眸。身に纏う翡翠色のドレスは、華奢でありながら曲線的なラインを描き、慎ましさと華やかさを両立した仕立てだった。


(美しいお方。まさに妃殿下ご自身が、大輪の花のよう……)


 その肌は白く透き通って、まるで陶器を思わせる。

 彼女の美貌と同じくらいに目を引くのは、胸元に輝く、ダイヤモンドの首飾りだ。


「――――……」


 そんなガルクハイン国皇妃フロレンツィアが、ゆっくりと扇子を閉じる。

 彼女は次の瞬間、リーシェに向かってこう口を開いた。










-------------------------------





挿絵(By みてみん)


【ルプななコミック8巻発売決定&コラボカフェ開催決定!】


ルプななコミック8巻、12月25日発売!

木乃先生の描き下ろし漫画&雨川の書き下ろし小説も収録されています!!

いよいよあのシーン。印象的なカバーイラストをご覧ください……!


そしてルプななのコラボカフェが開催!

26年2月に東京にて、詳細は後日お知らせいたします!


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
続きが気になる…!!
次の更新が待ちきれない✨ワクワクする!
一体何をいうつもりなんだろう…(;゜д゜) ゴクリ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ