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【コラボカフェ決定】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜7章1節〜

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269 宝石のあるじ


 柔らかそうな曲線を描く長い髪も、纏っている華やかな水色のドレスも、ザハドの思う戦士のそれではないのだ。


 現にこうして、容易くザハドに止められてしまった。だが女は、華奢な腕には不釣り合いな木剣を握り込み、真摯なまなざしをザハドに向けてくる。

 思わず目をみはったのは、交差した互いの剣越しに、凛とした双眸とまみえたからだ。


(淡い、エメラルドのような瞳)


 ザハドの心臓を狙ってきた女は、女神のように美しい顔立ちをしていた。


「…………」


 女がじっと、ザハドを見据える。

 そのあとに、にこっと愛嬌のある笑みを浮かべた。


「!」


 かと思えば次の瞬間には、木剣の先を僅かに反らす。

 女を圧そうとしていたザハドの力は、それで呆気なく流された。女はそのまま重心を一気に落とし、一歩退いて地面に手をついた後、ぐっと手のひらで押し返す。


 踵の高い靴が大地を蹴り、ぐっと間合いに踏み込んでくるのだ。

 華奢な手に握られた木剣は、迷わずに急所を狙ってきた。


(――――喉笛!)


 ザハドは口の端を上げ、女の剣を受けて弾き飛ばす。それだけで呆気なく押し返せる軽さは、男の兵相手では有り得ないものだ。

 しかし女の剣術は、それすらも利用するものだった。


(なるほど、そうくるか!)


 女はザハドの剣によって受けた衝撃を、自らの攻撃の揚力にするのだ。

 右足を軸にして身を翻し、ドレスの裾を花のように広げ、回転を利用して斬り掛かる。そうして再び、お互いの剣が噛み合った。


(ハリル・ラシャやガルクハインだけでなく、この大陸で見ない剣術だ。興味深い)


 ザハドの腕力の十分の一も持たないであろうその女は、効率的な体捌きと剣の構えで、次から次に思わぬ攻撃を仕掛けてくる。

 彼女の剣を受けていると、自分がいかに大袈裟な力を使って戦っているのか、それを突き付けられるかのようだ。


 独楽のようにくるくると身を翻し、鮮やかに剣を振るう女の様子は、後宮で見る舞よりも美しかった。


(……とはいえ、あまり長くは遊んでやれぬ)


 この女が一体何者であるのか、薄々想像はついていた。まだ気付かないふりを続けていたが、頭には冷静さが残っている。


(手早く終わらせるとしよう。淑女相手だ、多少の加減を……)


 けれども直後、目を見張る。

 女の手、剣を構えた左手の薬指に、輝く宝石が見えたからだ。


(これは)


 ザハドの王宮には、世界中から美しい石が集められる。

 この世界で、ザハドが最も宝石に高値を付ける王であることを、各国の商人は知っているのだ。


 それでも彼女の持つような石は、これまでに一度も見たことがなかった。

 遠い地の凍り付く海の色を、そのまま宝石にしたようなサファイアは、ザハドもよく知る双眸に似ている。


(――アルノルトの、瞳の色)


 それを認識した瞬間、ちりっと闘争心が爆ぜた。


「!」


 ザハドは剣先を翻す。これまでと太刀筋が変わったことは、女にも瞭然だっただろう。

 彼女はすぐさま対応しようとしたが、純粋な剣術の腕だけで言えば、ザハドの方が何段も上だ。


 木剣を叩き落としてやれば、女の美しい眉が歪む。すぐさま膝をつき、その剣を拾おうと手を伸ばすが、そんなことをさせてやるはずもない。


 彼女の白く細い首筋に、ザハドは偽の剣を振り下ろした。刃が風を切る凄まじい音に、兵たちが慌てて声を上げる。


「王!!」

「――――……」


 そうして、すんでのところで止めた。


「……リーシェ・イルムガルド・ヴェルツナー嬢とお見受けする」

「…………」


 淡いエメラルドの瞳を持つ女は、地面に片膝をついたこの状況で、ザハドから目を逸らさなかった。


 浅い呼吸を繰り返しながらも、双眸にはまだ闘志が揺れている。そのためにザハドは、静止させていた木製剣の刃を、女の左側の首筋にゆっくりと当てた。


(…………)


 刃に塗った赤い塗料が、女の首筋を血のように穢す。


 この演練は、致命傷となる箇所に塗料がついたら終わりだ。敗北者としてやることで、彼女の瞳からようやく火が消えて、瞳の淡さが増したように見えた。


(本当に、戦士のような性質を持つのだな)


 内心で考えたことを口にはせず、彼女に告げる。


「皮肉ではなく、心から素晴らしい歓迎だと感じた。こうしてお初にお目に掛かることが出来て、光栄だ」

「…………」


 すると彼女は、僅かな時間だけ俯いてみせた。


「……私こそ、光栄ですわ」


 そうして顔を上げ、ザハドに微笑む。

 その表情を見たザハドは、思わず目をみはった。


「『お初にお目に掛かります』。ザハド・サイード・シャムス・ラシャ陛下」

(……なぜ)


 このときに抱いた困惑は、恐らくは表に出てしまっただろう。


(俺を見て、そのような顔をする?)


 女は何処か懐かしそうに、微かな寂寞をいだいたような微笑みで、ザハドの名前を呼んだのだ。


 そうしてドレスの裾を右手でつまみ、片膝をついて跪く。空いている左手を胸元に当てて、砂漠に咲く花のようにドレスを広げると、恭しくザハドに一礼した。


(ハリル・ラシャ式の、王家への礼……)


 その姿勢は、ハリル・ラシャで暮らしたことがあるのかと思えるほどに、指先の揃え方までが完璧だ。


(何者なのだ。この女は)


 ザハドは一歩踏み出して、彼女へと手を伸ばそうとした。

 他意は無い。ドレスが汚れるのを厭わずに礼を尽くしてくれた、異国の令嬢への敬意のつもりだ。


 しかし、首筋に冷たいものを感じて手を止めた。


「……なるほどな」


 ザハドは口の端を上げる。

 そうして、いままで気配のひとつも感じさせなかった男に向けて、くつくつと笑いながらこう告げた。


「此度は俺の完敗のようだ。……これが、お前が唯一選んだという妃か」


 冷たく静かなその殺気が、ザハドの背後から向けられている。


 そしてザハドの首筋には、男の手にした木剣が突き付けられていた。


「なあ? アルノルトよ」

「――――……」


 振り返った先のアルノルトは、妃の指に輝く宝石と同じ色の瞳で、淡々とザハドを見据えているのである。




***

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― 新着の感想 ―
I love this novel it's so amazing!
いやぁぁ!すっごいワクワクしてきた!
カッコいいぜこの夫婦
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