番外編 リーシェがアルノルトと冬を過ごす想像のお話
「ガルクハインでは一の月に、冬の厳しさの中で春の訪れを希うお祭りが開かれるのですね」
リーシェがそんな風に口にすると、心地良いペンの音が止まった。
執務机のアルノルトが、長椅子に座ったリーシェを見遣る。アルノルトの公務中に、彼の執務室で一緒に過ごす場合、ここがリーシェの定位置だ。
「何を読んでいるのかと思えば、この国の行事について記した本か」
「はい! 勉強のためにお借りしたのですが、詳しく書かれていて興味深いです」
アルノルトの従者であるオリヴァーは非常に仕事が早く、リーシェが少しでも気にしているそぶりを見せれば、すぐさまそういった手配をしてくれる。
この本についてもお礼を言ったのだが、『我が君より、リーシェさまがご所望の品はすぐに揃えるよう仰せつかっておりますので』と、当然のように微笑まれてしまった。
「冬のお祭りを大々的に行えるのは、国が豊かな証拠です。素敵ですね」
開け放たれた窓から吹き込んでくるのは、蝉の声と夏の風だ。この窓を通して眺める春の景色も、夏の光景も美しかった。
ガルクハインの秋や冬はどんなものなのか、想像するだけで期待に胸が躍る。とはいえその前に、確認しなければならないこともあるだろう。
「この祭事にあたっては、アルノルト殿下や私にも、何らかのお役目があるのでしょうか?」
「安心しろ、特にその必要はない。――あったとしても、参加はしない」
「よかった! 激務は発生しないようで、ほっとしました」
安堵と共に楽しみが増した。リーシェはわくわくしながらも、アルノルトにこう尋ねる。
「では、アルノルト殿下! どの屋台から遊びに行きますか?」
「……?」
アルノルトが僅かに怪訝そうな顔をしたので、補足のつもりでこう続けた。
「回る順番を考えないと、すぐお腹がいっぱいになってしまいます。アルノルト殿下が気になるお店は絶対に行きたいので、効率的に計画を立てねば!」
「……」
「お忍びになりますから、お祭り用の外套も新調しませんか? 殿下と私で同じデザインにしたり、何か対になる要素があるのも楽しいかもしれません!」
アルノルトが髪や瞳にはっきりとした色彩を持つ反面、リーシェの持つ色は全体的に淡い。普通に並んで立っているだけで対に見えるので、衣装もそのように仕立てるのは面白そうだ。
「この本に記されたところによると、お祭りに合わせて特別なメニューを出す店舗も多いとか! 先日のお忍びで、殿下と並んだお店がありましたよね。とっても美味しかったので、是非ともお祭りでも立ち寄りたいです!」
「……それは構わないが」
「ありがとうございます。殿下も何処かご希望は? 何処でもお付き合い致しますので、一緒に――……」
「…………」
「アルノルト殿下?」
無表情で視線を向けられ、リーシェはことんと首を傾げる。するとアルノルトは、こんなことを言うのだ。
「随分と、迷いが無いと思っただけだ」
「迷い、とは」
立ち上がったアルノルトが、リーシェの座る長椅子の隣にやってきて、腰を下ろした。
「――お前の中で」
アルノルトの海色をした双眸が、リーシェを見据える。
ぱちりと瞬きをしたリーシェの顔が、その瞳に映り込んでいた。アルノルトは、柔らかなまなざしをリーシェに注ぎながら、珊瑚色の髪を戯れるように指ですくう。
「俺とそうして過ごすのが、ごく自然な未来となっている」
「〜〜〜〜……っ!?」
指摘されて、一気に頬が火照るのを自覚した。
「だ、だって、それは……!」
「『それは』?」
反論しようとするものの、無意識の前提に気恥ずかしくなる。
リーシェの想像するお祭りの景色には、当然アルノルトが共に居たのだ。
(単純に、一緒に居たいだけだということが、このままだと殿下にバレてしまうわ……!)
アルノルトから視線を逸らしつつ、リーシェはなんとかこう答える。
「……一の月、冬になる頃には私たちも、正式な夫婦になっているのですし……」
「…………」
当たり前の事実を言ったのに、どうして余計に恥ずかしくなるのだろうか。
(ぜ、全然誤魔化せている気がしない……!)
頬の熱をすぐに冷ましたくて、髪を撫でてくれていたアルノルトの手を取る。リーシェ自身の頬にむぎゅっと押し当てると、ひんやりしていて心地良かった。
「……リーシェ」
「う……」
アルノルトの冷たい手によって、火照りが少しでも治っていることを信じながら、かろうじて弁解を口にする。
「っ、今から冬が楽しみです! お祭りが……お祭りが大好きなので!」
「……そうか」
けれども寒い時期になると、アルノルトの手はますます冷たくなるのだろうか。
剣を扱う指先が凍えてしまわないか、今から心配になってしまった。冬のお祭りがやってくるよりもずっと先に、アルノルトのための手袋を贈りたいとリーシェは願う。
そんな思考に気を取られた所為で、アルノルトの手を自ら頬に押し当てている状況の恥ずかしさに気が付くまでは、数秒ほどの時間を要したのだった。
作者の別シリーズにて、すべての予約者さまにサイン本を入手いただけるセットのご予約受付中です。
【『悪党一家の愛娘』直筆サイン入り・フルセットご予約ページ】
https://tobooks.shop-pro.jp/?pid=180915183
詳しくは『あくまな』公式サイトにて!
https://www.tobooks.jp/akumana/




