旅の始まり
僕の名前は田島七海、今年で24歳になる成績も中の下という感じの極普通の男子大学生だ。
今年で大学は4年目だから来年には卒業という事になる。
西暦二〇二〇年八月。
世間が東京オリンピックで沸きあがる中、僕は今日、人生初の一人での海外旅行へと旅立つ。
今まで海外旅行へは家族旅行や大学の研修旅行でアメリカやイタリア、オーストラリアに何回も行ったが今回は僕一人。
しかも移動距離は地球を半周する長距離だ。
不安もあるが自分が今まで胸に抱いていた夢が叶うと思えば大変な事ではない。
国外に居る時間は3週間と2日か3日くらいだが2日か3日は目的の国に行く為の移動に使うので実質の目的地での滞在予定は八月二五日から九月十四日までの三週間だ。
その目的の国へはまず成田空港からポルトガルのリスボンへと16時間をかけて飛びさらにリスボンからアフリカ大陸に隣接する島国サントメ・プリンシッペへと6時間をかけて飛びそして最後にフェリーに乗って行く事ができる。
飛行機などの待ち時間などを考えれば行くだけで1日以上はかかる計算だ。
僕が今から行く国はお世辞にも先進国とは到底呼べないし大きい国でもない。
GDPなどの概念もない後進国だ。
観光ビザの取得も非常に難しい。
僕の場合は知り合いの手を借りてなんとかビザを取得する事ができた。
正直言って非常にめんどくさい手続きだ。
ではなぜ僕はそんな国に行きたいのか?
それを語るには僕の趣味の話をしなければならないだろう。
僕の趣味はアニメを見たり読書をする事だ。
僕は小学校の低学年の時から多くのアニメを見てきた。
ロボットもの、学園もの、バトルもの……。
でも、そんな中でも一番心を引かれたのが異世界やファンタジーを題材とした作品だった。
魔法もそうだが異文化という点でも非常によく楽しんだ覚えがある。
大体、そういった小説を読んでいる人は自分も異世界へと行ってみたい。
一度はそんな事を考えた事があるのではないだろうか。
現実で異世界なんかに行ける訳がない。
そんなことは分かっていても考えてしまうのが人間というものだ。
僕もその一人だった。
でも……もし、その異世界へと行けるとしたらどうだろうか?
実は異世界はこの地球上に存在する。
よく度々何処の国は行けば異世界のようだとかいう人がいるが僕が言っているのはそういう意味の異世界ではない。
本物の異世界だ。
ではその異世界は何処にあるのか?
その答えこそが僕がこれから丸一日以上かけて向かう国……。
アフリカの辺境、赤道直下の大西洋に位置するサントメプリンシッペの南に位置する国家、新生アルメルクン共和国なのだ。
◆◇◆◇◆
飛行機というものは出発の時はワクワクするものだがそれが2時間や3時間以上の時間になるとよっぽど愉快な人でなければかなり退屈なものだ。
5時間以上ともなれば尻の感覚が鈍くなるし動きたくても窓際だったり中央の席だったら中々動く事はできない。
長時間の暇つぶしも例え友達と来ていようが会話はもって2時間が限界というものだ。
それが一人ではどうだろう。
飛行機に乗ってから僅か1時間足らずで退屈になってしまう。
僕の席は飛行機のエコノミークラスの通路側の席だった。
通路側の席は通路側に足を伸ばす事ができるので良かったと思うが如何せん暇で仕方なかった。
5時間くらいは前の席についているテレビで映画を見ていたが後半はスマホで音楽を繰り返し聴いていた。
充電は座席のコンセントに刺してある為問題はない。
寝ようとも考えたがあいにく僕は飛行機のエンジン音で寝る事ができなかった。
永遠とリピートされる僕の携帯に入ってるアニソン、行進曲、音MAD……。
こうして長い長い時間を飛行機の中で退屈にすごしながらもポルトガルのリスボンへと飛び、さらにそこからサントメ・プリンシペへと飛び僕は1日以上をかけて、ようやくサントメ・プリンシペの国際空港へと降り立ったのだ。
サントメ・プリンシペ民主共和国。
人口16万人。国土はサントメ島とプリンシペ島からなるアフリカ大陸に隣接するサントメ島とプリシペ島の二つの島からなる小さな島国だ。
元々ポルトガルの植民地であったこの国ではポルトガル語が公用語だ。
ここから僕にとっても完全に未知の世界であった。
まだ、目的の異世界に着いたわけではないがそもそも、ヨーロッパには過去にイタリアのヴェネツィアやイギリスのロンドンへと行った事があるがポルトガルに下り立った時から始めてのポルトガル語圏の国ということもあり今まで自分が知らなかった世界を垣間見た。
それがサントメ・プリンシペともなると始めてのアフリカ圏の国家だ。
日本に居た時はたまに居るか居ないかという感じだった黒人も沢山いるだろうし街並みもヨーロッパとは違うだろう。
まさに異世界への入り口に相応しいと僕は思った。
そして、しばらくたった時、僕は国際空港の入国手続きをなんとかポルトガル語の辞書を使って乗り切ると国際空港前のバスターミナルで立っていた。
赤道直下の炎天下の中、目の前の道路を走るボロボロのバスやタクシー。
正直暑すぎてどうにかなりそうであったがここは日陰だ。
日当に居るよりは遥かにマシだ。
僕は汗を手でぬぐいながら、ここに来るまえに立ち寄った案内所での話を思い出す。
「確か……3時間後に来るんだよな……」
案内所の人はフェリー乗り場行きのバス乗り場はここだと言っていた。
教えてもらった時間も三時間後だ。
だが、自分の翻訳が間違っているかもしれないので乗り場から離れることはできない。
今の時刻は午前の11時。
一応、お昼ご飯は飛行機の中で出てきた機内食を食べたので大丈夫のはずだ。
僕はバス停近くのベンチに背負っていたリュックサックを背中から自分の前に移動させ座り込む。
海外でリュックサックを背負ったままベンチに座ったりやリュックサックを自分の横に置くのは危険だ。
海外の国は殆ど日本とは違って治安が悪いところが多い。
窃盗にあう可能性が高いのだ。
自分の身は自分で守る。それが海外旅行での基本だ。
「それにしても……」
僕はバスを待ちながら通りを歩く人々を眺める。
「やっぱり外国人が意外と多いな……まぁ、僕も外国人だけど……」
自分が見える空港の前には多くの黒人達が居たがそれに混じってかなりの数の白人やアジア系の人々も居た。
サントメ・プリンシペの人々と思われる人々はもう外国人は見慣れているのか特に気にしている様子はない。
確かこの旅行の前にネットで調べた情報によるとサントメ・プリンシペの経済は2009年までは事実上の破綻状態だったそうだ。
農業も工業も観光業も上手くいっていなかったらしい。
しかし、2009年以降は新生アルメルクン共和国への窓口として多くの人々が訪れるようになり現在では急速に発展したのだそうだ。
「さてと……待ちますか」
僕はそう呟くとサントメ・プリンシペの街の様子を見ながらリュックサックからリスボンの空港で買ったポルトガル菓子とさっき買ったばかりのジュースを取り出すと菓子の封を開け食べ始めた。
あいにく携帯はここで充電出来ない以上使えない。
バッテリーチャージャーは持ってきているが何かあったときの事を考えるとおいそれと使うわけにはいかなかった。
小説も持っているがなんと荷物を入れるときにリュックサックの奥に入れてしまったようで小説を読むにはリュックサックの荷物を広げなければならなかった。
つまり、僕がここでとれる選択肢は一つだけ。
菓子とジュースを食べ飲む事だけなのだ。
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
1時間……いや、2時間以上は経っただろう。
ついに、待ちに待ったバスがやって来たのだ。
「ようやく来た……」
若干疲れた様子でバスに乗った僕は運転手に案内所で発行してもらったチケットを渡すとバスの後方にある窓際の空いた席に座った。
乗客はそれなりの数がいるようでバスの座席は半分以上が埋まっていた。
だが、僕の後に空港のバスターミナルから乗った客は僕を含めて二人しか居なかった。
白人の男だ。
座席に座った僕の顔に風が当たる。
バスの中にはエアコンが無く扇風機しかなかったが無いよりは遥かにマシな感じだ。
僕は心底意外に思ったがバスに乗っているのは殆どが地元の人ばかりだ。
外国人は僕と白人の男しか乗っていない。
では、空港周辺に居た外国人達はどこに行くのだろうと思ったが考えても答えはでなそうだった。
バスは途中、渋滞や人ごみに巻き込まれながら大体、45分位の時間をかけてサントメ・プリンシペの国際フェリー乗り場へ向かった。
その道中は飛行機とは違って非常に楽しかった。
見たことも無い風景、人、物、街。
どれも僕にとっては非日常だったからだ。
僕は首に下げていた一眼レフのカメラで数枚の写真を撮った。
そして、そうこうする内に、僕を乗せたバスは国際フェリー乗り場へと到着した。
到着まじか国際フェリー乗り場の様子が僕の目に入るにつれて僕の胸の高鳴りはどんどん高くなっていった。
僕はその光景に感激したのだ。
バスが停車して早々、僕はいち早くバスから飛び降りた。
「おおぉ~!!」
僕は一眼レフのカメラのレンズを国際フェリー乗り場へと向けてパシャパシャと何枚も何枚も写真を撮る。
その様子を見ていた人は僕を白い目で見つめていたが僕はそんな事、一切気にしなかった。
何せ……そこはもう完全に異世界とこの世界が交わる真の入り口だったからだ。
僕の目の前には……サントメ・プリンシペの発展途上国的な雰囲気の港に現代のフェリーと共に並び停泊する数隻の大型木造帆船とその周りで荷物を降ろしたり積んだりしている人間や人間ではない者達がちらほらと見えていたのだ。
だが、遠めで見ているため詳しい外見は良く見えない。
僕はその光景に目を輝かせながら国際フェリー乗り場の受付のある建物へと案内所でもらったマップを見ながら向かった。
国際フェリー乗り場の受付のある建物は3階建ての西洋風のそれなりに大きな石造りの建物だった。
サントメ・プリンシペの建物は基本的には西洋風ではあるが発展途上国であるこの国ではこの建物はかなり目立っているように僕には思えた。
この建物にある受付でサントメ・プリンシペの出国手続きとして日本にある在日新生アルメルクン共和国大使館で発行してもらった観光ビザを見せて出国証明書をもらうのだ。
これをクリアすることで初めてサントメ・プリンシペ発、新生アルメルクン共和国行きの国際フェリーに乗ることが出来るのだ。
案内所の前に到着すると僕は立ち止まり、すぐにデジタル腕時計に目をやった。
「2時51分か……約束の時間は3時半だから、ちょっと早く来すぎたな……」
僕は約束の時間に早く着すぎた事を確認すると周囲を見渡した。
「ここで待つか……」
一瞬、近くの市場に買い物をしに行こうとも考えたが行き違いになると困るので諦めた。
すると、ちょうどその時だった。
「七海くーん!」
突然、聞き覚えのある綺麗な女性の声が僕の耳に入ってきた。
ここに来るまで今まで一度も日本語を聞いていなかっただけにその声はやけにはっきりと聞こえた。
僕は声のした方向を向いた。
そこには……日本では一度も見ることがなかった軍服らしき制服を着た〝彼女〟の姿があった。
彼女はその美しい毛並みを風に靡かせながら走ってきていた。
彼女の事を見た瞬間、僕は一瞬で彼女の事が分かった。
その黒く美しく顔を含めた全身に生えていると思われる毛並みや獣耳としっぽ……。
二足歩行はしているが明らかに人間とは違い猫のような骨格をしたその愛らしく可愛らしい顔にセミロングの様な髪型。
間違いなく彼女は……僕が最初に知り合った唯一の異世界人で獣人。
生きるファンタジー……。
僕より4つ歳下の少女、シーナ・キャラット・シュタイナーだった。
どうも皆さん私、ボイジャーです。
このお話の世界観は私の投降作品のフリー百科事典風小説「消滅国家のウィキパディア」に登場する新生アルメルクン共和国の記事の世界観が元になっています。
この作品は私が現在、投降に向け執筆を進めている別の異世界転移小説の執筆作業の裏で半ば練習的に書いているもので不定期の更新となりますがご容赦していただけると嬉しいです。




