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10話 義理の兄弟(レオン)

「だから俺がレンの護衛になったってわけか」

人々の話し声でざわついている食堂内で、ロデリックが納得の声をあげた。

昼に王都を出てから、行ける街まで行って、今は夜になる。

レンというのは私のことで、お忍びで出かけるときは、いつもそう名乗っていた。

容姿も一応変えていて、目が隠れるくらい長い前髪の、ブラウンの鬘を被っている。出来るだけ目立たないように、よく一緒に出かけるロデリックと同じ髪色にしているのだ。

適当な変装だが、私は兄と違って民衆に顔が知られていないので、これで大丈夫だ。

「事情を知らせなくてはいけなくなったとき、身内の方が安心できるからな」

私はロデリックに大まかな経緯を話していた。

王家の暗殺未遂事件なんて、あまり貴族には知られたくはない話なので、そのためにロデリックが私の護衛に付けられたのだろう。

「大事になりそうか?」

「すぐに片付ける」

私は結婚式ができるのかと訊かれるのが嫌で、そう返した。

「レンがそう言うなら、問題ないんだろうが、ティナが危ない目に会ったりはしないだろうな」

「もちろんだ。それに念のためにこっそり護衛はつけている」

クリスティナに被害が及ぶ可能性はかなり低いが、彼女を守ることに関して、手を抜くつもりはない。

「・・それならいいけどな」

ロデリックは蒸留酒をあおって、ふうっと息を吐いた。

机に肘をついて、空のグラスをいじる。

そしてもう一度、ため息を吐いた。

「それにしても妹がもうすぐ結婚かよ」

なんだいきなり。

急に親父化したロデリックに、私は胡乱な目を向けた。

「結婚までには兄妹で熱い抱擁ができる仲になりたかったのに、相変わらず俺が近づくと警戒するんだよなぁ」

「だから自業自得だ」

「子供のころにしていたいたずらなんて、かわいいもんじゃないか」

「木登りして降りられなくなった妹を放置したり、ほぼ毎日お菓子をかっぱらっていたことがか?」

「・・・・そんなことしていたか?」

「お前はもう、一生ティナに警戒されていろ」

やった方は忘れていても、やられた方は忘れないものだ。弟にしていたいたずらなら、子供のしたこととして片づけられるが、妹にするには、いささか度が過ぎている。

「いや待て。俺はちゃんと反省している。本当にしている」

私は疑いの眼差しを向けた。

「反省してるって! 今ならティナのために何でもしてやる。可愛い妹だと思っている。だからレン、協力しろ」

「は?」

「俺とティナが仲のいい兄妹になるように協力しろ」

「断る」

「断るなよ。それでも友達か? それにレンは俺のささやかな夢を壊したんだからな」

そんなもの壊した覚えはない。

「俺は妹の旦那にお義兄様って呼ばれて、尊敬されるのが夢だったんだ。でもいくらなんでもレンにお義兄様って呼ばせるわけにはいかないからな」

「うわ寒気がした・・・。ていうか私とティナが婚約したとき、お前いくつだった。その頃のお前がそんなささやかな夢持ってるわけないだろ」

壊されたというなら、婚約前からその夢を持っていないとおかしい。

「少しは騙されろよ!」

悔しがるロデリックを無視して、私は蒸留酒を口にした。

こいつはあと十年くらい反省しているべきだ。仲を取り持つ気などさらさらない。



食堂内は混雑の波が引き、客もまばらになってきていた。

二階が宿屋になっているので、階段を上がって行く人もちらほらといる。

もう少しで街から人影がほとんどなくなる時間帯だ。

「でも私はお前には悪いと思っているんだ、これでも」

「悪いと思ってるなら協力しろよ」

「そうじゃない」

まだ諦めていないロデリックに、私は真面目な話だと言った。

「お前は出世したいとか、成り上がりたいとか思うタイプの人間ではないだろう。どちらかというと、そんなことは避けて気ままに生きたいと思っているんじゃないか?」

ロデリックは目を丸くした。

何を言いたいのかわからないといった顔だ。

「でも私とティナが婚約したから、お前は貴族界で目立たずにはいられなくなっただろう。したくもない出世を、必ずする羽目になる。望まない状況に私が追いやったことになる」

ずっと心に引っかかっていたのだ。

貴族の中にいるのは、こいつには似合わない。窮屈な思いをこの先ずっとさせることになるのではないか。

だから状況は変えられないが、ロデリックの精神的負担を少しでも軽くするように配慮する心づもりではいた。

「なんかレンが俺のことどう思ってんのか、よくわかる言葉だな」

ロデリックはいじけたような言い方をした。

「レン」

「なんだ」

「俺はこれでもお前に感謝している」

彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「俺は見ての通り、出世できるタイプじゃない。部下や身分が下のやつらからは好かれることもあるが、上司や身分の高いやつからは見事に嫌われる。俺みたいなやつは貴族界じゃあ、馬鹿にされて終わりだ」

「それなりにはやっていると思うが」

「だからそれがレンのおかげだよ。レンの婚約者の兄っていう肩書きがあるから、俺は妬まれても馬鹿にはされていない。夜会にたまにしか出席しなくても、忘れられない。人脈作りに精を出さなくても、向こうから寄ってきてくれる」

確かに一長一短といえる。

「俺はこれでも伯爵家の跡取りなんだよ。俺の代で落ちぶれさせるわけにはいかないし、領民にはいい暮らしをさせたいと思っているんた。でも貴族の世界を上手く渡り歩くなんて芸等、俺にできるわけないだろ。だから感謝しているんだ。俺は何もしなくても出世できるし、上辺だけでも敬われている」

万々歳だとロデリックは笑った。

なんというか呆れた。

気にしていた私が阿呆らしく思えてくる。

「ロディー」

「なんだ」

「お前はそういうやつだな・・・」

よかったと思えばいいのだろうが、釈然としない。

酒をもう一杯あおりたい気分になったが、朝早くに出るつもりなのでやめておこう。

私はごくたまに、こいつが羨ましくなる。

こうなりたいとは全く思わないが。



翌朝は早くから馬で跳ばしたので、だいぶ距離を稼ぐことができた。

人通りが多くなってからは、注目されないように馬をゆっくり歩かせる。旅慣れした商人風の格好をしているので、馬に乗っていてもおかしくはないが、道行く人はほとんどが乗り合い馬車か、幌のついた荷馬車か徒歩だ。悪目立ちしてはいけない。

昼過ぎになって小さな街に着くと、ここからローラを探しつつ進むという話になった。

まずは乗り合い馬車の駅へ向かう。

「よう、兄さん。出稼ぎか?」

ロデリックが壮年の男性に話しかけた。

彼は人懐っこい若者の顔を一瞬観察してから、すぐに肩の力を抜いた。

「そうだよ。帰るとこだけどな。そっちは道楽旅かい?」

平民にしては身なりのいい私たちを見て、男性は笑いながら皮肉を言う。

「違うって、使いぱしりされてんだよ。女二人で旅をしてる叔母を迎えに行けって言われてんだ。兄さん見かけなかったか?」

この設定は事前に決めていたが、ロデリックは初対面の人間から話を聞き出すのが上手い。

私は聞き込みに関しては、ロデリックに任せることにした。前髪で目を隠しているやつが話しかけても、友好的な態度はとってくれないだろう。邪魔になるだけだ。

五人ほどに話して空振りだったので、べつの駅へ向かう。

この道は東から王都に向かう場合、ほとんどの人間が使っている。

よほど慣れていて、しかも護衛などを雇っていない限り、旅は人の多い道を選ぶのが鉄則だ。

ここで見逃さなければ会えるはずだが、相手がどこまで進んでいるかがわからない。もし何か想定外の事態が起きていれば、悠長に待っているのは危険だ。

急ぎつつ、すれ違わないように周りに気を張っていなければいけない。疲れる仕事だ。

街の東側にある駅に到着すると、人だかりができていた。

ざわざわと騒がしい話し声が飛び交っている。

心配するような声や、不安がっている声。何かよくないことが起きたのだとすぐにわかる空気があった。

緊迫感の混じる声に嫌な予感を覚えつつ、聞き耳を立てる。

ちょうど事情を知っているらしい男が、どうしたんだという質問に答えていた。

「土砂崩れだよ。ここから次の街の中間あたりに、道のすぐ横が崖になっているところがあるだろ? そこが急に崩れたんだとよ。なんでも馬車が一台巻き込まれたらしいぜ」

「うわ、足止めかよ」

「それより中にいた連中の心配してやれよ。生きてんのかね」

私はロデリックと顔を見合わせた。

最悪の事態かもしれない。

二人もと何も話さず、急いで人垣から離れて、馬に跳び乗った。

腹を蹴って、全速力で走らせる。

これがただの事故で、そこにローラがいないように願ながら。


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