拾陸/竜神様は傍に
【一】
昼休み明けの教室は、だいたい静かだ。腹がふくれ、授業で会話という刺激も遮られ、残るは眠気のみ。
周囲を占めているのは、そんな光景。オレ――源琢磨と、カナハと名乗る教育実習生の他に、教室内で意識を保っている人間はいない。
眺めは呑気だが、空気は張りつめている。
「タタリ憑き……何の業界用語か知らねえけど、これはあんたの仕業なんだな?」
頷くカナハ。
「カナハは普通じゃない話をしに来た。普通の人間に聞かれたくない」
「まるでオレが普通の人間じゃないみたいだな」
「話は一つだけ」
オレの言葉には答えず、カナハは切り出した。
「ミナモトタクマ、御神体を渡せ。あれはジェッソのものだ」
反射的に、オレの頭の中に部屋の光景が浮かぶ。御神体――青く輝く白い珠は、神様を案内して以来部屋の押入れにしまってある。
「あんた……何者だ」
訊きながら、実のところ相手の返答で何かが得られることは期待していなかった。高空から飛び降りてきて平気な神様ほど明解ではないにせよ、彼女並みに手に負えない非常識な世界の住人なのは間違いないからだ。身元なり何なりが判ったところで、非常識が振り回す理不尽をはねのける力になるとは思えない。
「カナハは……カナハだ」
「オイ」
地面すれすれの期待、その更に下をくぐり抜けてくれるとはさすがに思わなかった。
しかし、続いた言葉は違った。
「ミナモトの里に伝わっていた御神体は、ジェッソの始祖が作ったものだ。制御できないのに使われると困る」
「使うも何も――」
「嵐を願っただろう」
「!」
凍った気がした。言葉に詰まり、文字通りに乾いて引きつった喉が気持ち悪い。無理矢理飲み込んだ唾が、ぐび、と鳴った。
それは秘密――誰にも言わないと約束したことだ。
「タタリは人間を通して力を振るう。ミナモトの里に発生したタタリは嵐を起こす『竜神』だったはずだ」
「タタリ……」
神様は以前、願いを拒めないと言った。人間にとって良い存在か悪い存在かは、その人間次第。そして、願いの叶え方は災いを起こすか鎮めるかしかない、とも。
思い過ごすには符合が多過ぎる。カナハの言う『タタリ』は恐らく神様だ。
しかし、そこで疑問が浮かんでくる。
「ひとつ、訊いていいか」
問うと、カナハは黙って頷いた。
「あんた、なんで今来た? 里に昔からあったものを今更返せってのか」
カナハはまた頷く。
「遠い昔に作られ、散らばってしまったから捜している。あれは人の心を力にするものだ。止める手段は少ない。また暴走する前に渡せ」
「……今、持ってねえよ」
「知ってる」
とっさの抵抗も、あっけなく蹴散らされた。
「だから、今度。カナハは待つ」
「渡したら、どうする」
仮定形で訊いたものの、渡す気などない。由来や理屈がどれだけ正しかろうと、聞いている限りそれと深い関わりを持っているだろう神様に不利益になりかねない可能性が高そうだからだ。
「封印する」
なんだその即答。
「待てよ、そしたらタタリだか何だかはどうなる?」
御神体は神様の宝物、とおばあちゃんから聞いている。カナハの物言いも、御神体と『タタリ』とやらが完全に独立した別個の存在のようには聞こえない。
「消えてなくなる」
「――ふざけるな!」
反射的に湧き上がる熱に任せて、立ち上がりざま机に拳を叩きつける。対してカナハは瞬時に半歩身を引きこちらを見つめている。相変わらず無表情だが、ひょっとすると驚いたのかもしれない。
教壇の目前まで歩み寄り、真っ向からにらみつけても、カナハの表情はほとんど変わらない。
気に入らない。他人事だと思ってるのを隠そうともせずに勝手なことばっかり言いやがって。
「物のついでみたいな言い方、するな……!」
握った拳が震えている。軋る歯をこじ開け、こわばる喉を無理矢理押し通した声は、自分でも驚くほど低く、重い。眉間にも力がこもり、険悪な顔になっているのがわかる。
怒りはただ熱く、力としてオレの全身を内側から締め上げている。わめいたくらいで散るほど、軽くも薄くもない。気を抜けば今すぐにでも目の前の女につかみかかりそうだ。
紗雫媛。あのひとを否定なんてさせない。どんな正しい理屈があろうと何かの結果として『消えてなくなる』なんてことを許せるわけがない。オレが許さない。
小さい頃に見ていたあのひとの優しい笑顔は今だって覚えている。最近はあのひとの中でのオレの扱いがちょっと変わったのか、笑顔の質はまた違うが、とても明るいし、嬉しそうだ。あまり見たくはないものの、泣いた顔だって綺麗だ。
初めて会ったときに助けてくれて、それから顔を合わせるたび傍にいてくれた。再会してからも、ことあるごとに傍にいてくれるし、今では名前で呼んでくれる。
天然で危なっかしくて、後ろめたいくらいにオレのことを大事に思ってくれてる。だいたい、どうしてオレのために料理なんか始めてるんだあのひと。変な勘違いしちまうだろ、まったく。
あの手、あの声、あの眼差し。彼女の存在の重さはオレがよく知っている。きっと――誰よりもだ。
「あのひとは……あのひとを」
だから、あのひとが何かを願うなら、オレはそれを全力で叶えたい。悲しませるなんて冗談じゃない。消える? それこそ選択肢だなんて形ですら存在させてやるものか。
「消すとか言うな。理屈は知らないし、あんたがどういうヤツかも知らないけど、同じこと繰り返し言うようなら、オレは全力であんたの邪魔をする」
初めて、オレを見つめるカナハの表情が動いた。無表情から、意外そうな、何か不思議なものを見つけた表情へ。
そこでようやくオレ自身、我に返った。同時に寒気が襲ってくる。
冷静に考えてみて、得体の知れない状況下で淡々と要求を述べる無表情な美形は相当な威圧感だ。怒りに任せたとはいえ、よくもまあこんな圧力に抵抗できたものだ。
というか、圧倒的な非常識を相手に啖呵をきった。下手すると殺されるかもしれない。
引っ込めるような言葉は一つだって吐いた覚えがないが、オレが帰らなかったら神様は……泣くような気がする。
まずい、それは困る。大変困る。
勢い任せで突き進んだのはいいが、いきなり命が惜しくなってきた。今からでもごめんなさいって言おうか。聞き入れてくれるかは知らないが。
しばらくじっとオレを見つめていたカナハが、口を開いた。
「大事か?」
「――大事だ」
即答。少し怖気づいたとはいえ、それは迷うようなことでも何でもない。
オレの返答に、カナハは改めて口を開く。
「考えることができた。出直す」
返事を待たず、すたすた、がらら。白い姿は引き戸の向こうに消える。
「え」
放置? 教室全体、まだ寝てるんだけど。
しばらく待っても、状況は変わらなかった。仕方がないので、席に戻って頬杖をつく。
とりあえず、誰かが起きるのを待とう。
あの女、カナハのとった手段は、口封じに無差別殺人なんて物騒なものではなく、単に眠らせるだけという一応は穏便なものだ。騒ぎになることを避けているとしたら、二度と目覚めないような取り返しのつかない状況も無差別殺人並みに騒ぎになりかねないし、避けたいんじゃないだろうか。
だからたぶん、放っておけばいずれは誰か目を覚ます。
それに、下手に誰かを起こして、既に起きていたオレが目立つような騒ぎになるのもきっと厄介だ。
「……寝かしたんなら起こしてけよ」
何か、疲れた。
しばらくすると校舎はにぎやかさを取り戻し始めた。見た感じ、悪影響が残っているようには見えない。
カナハは、少なくとも悪党ではないのかもしれなかった。
ただし、味方だとも思わない。
【二】
きすの指南書は琢磨の机の上にあった。
なくしたかと思っていたのだが、どうやら自分が忘れて行ってしまっていたのだろう。
琢磨は恥ずかしがりだ。特に男女が触れ合うことについては、興味はあるのだろうに、拒絶と呼んでもよいくらいの勢いで避けようとする節がある。今朝方、ほんの少しだが様子がおかしかったことを考えると、この本の存在を言いづらかったから、部屋に置いたままであることを教えてくれなかったのかも知れない。
改めて頁を繰り、目を通す。
「ううむ」
きす、とやらは大変に奥の深いものであるらしい。技術といい、分類といい、覚えるのはなかなかに骨だ。しかしこれも必要な修業には違いない。
「まねえじゃあ殿には感謝せねばなるまいな」
この新しい触れ方は、自分と琢磨との間にも使えるはずだ。まねえじゃあ殿の目から見て、自分と琢磨はそれをしていて当たり前の関係に見えるようなので、恐らくすること自体は悪いことではないはずだ。
女と男が唇を重ねている図を見ながら、自らの唇を指先でなぞる。琢磨の唇は、どのような感触なのであろうか。
手をつなぐより近く、抱くより近い。このやり方なら、もっと近くで琢磨に触れられる。そう思うと、心が浮き立つ。
そしてなぜか、そこには不安もある。
新しいことを試してみたいという好奇心だけでは説明がつかない。
思えば、そういうことをしている男女は自分を祀る社の境内でもしばしば見かけた。荒い息で、互いを獲物として貪る獣のような様であった。琢磨があのような様になるのは想像がつかないが……見てみたくもある。
琢磨が怖いわけではないのだ。あのまっすぐな性根はよく知っている。琢磨が自分に害をなすことはない。
しばし本を眺めていて、ようやく不安の正体に気が付いた。
「ふぁあすときす、か」
人生最初のきすは、大層重い価値を持つ儀式らしい。自分は琢磨としたいのでもったいぶるつもりが元々ない。琢磨の相手が自分でよいか、それが不安なのだ。
この気持ちには覚えがある――かつての約束だ。
言われたことが、嬉しく、そして怖かった。その時の怖さに近いものがある。それに、立場がちょうど逆なのだが、逆だからといって自分の申し出に琢磨が喜んでくれるとは限らない。
琢磨は自分と並び立とうとしている。もう子どもではない。何も考えずに自分を受け入れてくれるわけではないのだ。
思わず、巫女装束の胸元をつかむ。うまく言葉にならないが、何か苦しい。
自分は琢磨を好いている。琢磨も自分を嫌っていない。自分は琢磨が嫌がるようなことはしない。それでいいはずだ。この身が続いていることこそ、琢磨が自分の存在を望んでくれている証拠なのだから。
なのに、なぜ……物足りない。
夏や冬、休みの間しか会えなかった琢磨と、今はずっと共にいるのに、寂しさを感じることがある。
何か少しでも、拒まれることや、距離を感じるようなことを、考えただけで気が晴れない。
名も知らぬ感情は澱のようにわだかまり、癒し方も定かでない渇きだけがある。
自分が何を感じているのか、よく解らない。だから、鍵を握っているであろうし、きっと力になってくれるであろう琢磨にも、何をどう伝えていいか解らない。助けの求め方が解らないのだ。
もどかしい。きっとこれは、人間がごく自然に感じ、悟るものだ。両の手で抱いたこの身に熱は乏しい。人間に似ているだけで、人間ではない。
なのに、あの手は。
「温かかった……な」
会えない間、いつの間にか薄暮の森を思い返していることが何度もあった。その度に気持ちが浮き立ち、つらさがつのった。
「琢磨……」
あの約束は、まだ生きているのだろうか。そして自分は――。
応えて、いいのだろうか。
【三】
スポーツドリンクをあおり、長々とため息。部室の周囲では練習の区切りが付いた部員がオレ同様思い思いに休憩している。
陸上部のロゴ入りジャージは汗でうっすら湿っているが、夕陽ですぐに乾くだろう。
ひとっ走り町内を一周して戻ってきても、気が晴れない。
自分が嵐を願ったから、神様がらみでカナハのような妙なトラブルが舞い込むことになったのだろう。
いや、それ以前に、自分が神様を人里に連れ出したのが大本の原因なのだ、きっと。
神様の助けになれば、神様の味方が他にもいれば、そう思ってのことだったが、それは後付けの、言い訳だ。
神様は、あのときの約束を覚えているそぶりを見せなかった。だから、そこにつけ入れると思った。あのひとを傍に置いておきたかっただけだ。
しつこい――結局自分はずるくて汚いのだ。
「ずっとテンション低いな源」
隣で足を投げ出して座り、オレ同様スポーツドリンクを飲んでいた鑑が、オレを見上げる。
「何に悩んでんだ?」
「あ、そういえばおまえがいたじゃん」
「は?」
「いや、まあ」
少し言いづらいのは確かだ。ただ、こいつなら、こういう時どうすればいいか知ってるかもしれない。
「少し、教えてくれよ」
言いながらしゃがむと、鑑も身を乗り出す。
「なんだ、珍しいな源から相談なんて」
「なんつーか……あれだ」
「ああ、まあそういう話題なんだろうと思ってるし、笑わねーから言えよ」
「……ホントおまえいちいちいいヤツだな」
「何をいまさら。で、どうしたよ」
けらけら笑ったかと思うと鑑は真顔に戻った。
言いづらいが、せっかく聞いてくれるのに今さら渋っても仕方ない。腹を決めよう。
「オレさ、告白したことあるんだよ。小さい頃。でも、ふられた」
「うん」
それで、と鑑はうなずき、続きを待っている。
「そのひとにちょっと前、また会ったんだけど、なんかすごく仲良くしてくれてさ。オレ、ふられたのに勘違いしそうで、どうすればいいかわかんねえ」
沈黙。鑑は相変わらず真顔でオレを見つめ、思い出したように口を開いた。
「……え、それだけ?」
「そ、それだけだよ」
もっと入り組んだ話を期待されていたのだろうか。鑑はそれほど考え込んでいるようにも見えない。
「……源」
「ああ」
「おまえは相手のこと好きか?」
「ああ」
ぶふー、とスポーツドリンクを噴き出す鑑。オレは思わず立ち上がったが、幸い、鑑にも良識と多少の余裕があったらしく、あさっての方向を向いてくれたのでオレに甘そうな毒霧が流れてくることはなかった。
「す……好きなら好きで躊躇ねえのな。女嫌いはどこ行ったよ」
「いや、あの……なんだ、そのひとにふられたのが原因なんだよ。告白したら嬉しそうに笑ってくれて、でも、すぐ後にそのひとは泣いたんだ。あれは嬉し泣きとかじゃなかった」
あの眼には、不安とか、そういうよくない類の気持ちがにじんでいた。
「恋愛込みで女子に話しかけるの、それを思い出しそうで怖いんだよ……」
改めてしゃがむオレに、鑑は真面目な顔でため息をついてみせた。
「なあ源、何か難しく考えすぎてないか?」
「いや、難しいだろ」
「いいからもっぺんふられてこい」
思わず、転んだ。
「ちょ――おまえな!」
「好きか嫌いかはっきりしてるんだろ?」
「まあ、そうだけど」
収まりが悪いので今度はあぐらをかく。
「仲良くしてくれてるってことは、嫌われてないんだろ? 告白のチャンスはまだあるわけじゃん。気まずい空気がないんなら、前にふられたからこれから先もずっとダメとか無駄に悩んでないで、とりあえず動けばいいじゃねーか」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
大きく、そして力強く頷く鑑。
「ってオレの兄貴が言ってた」
「実体験じゃねーのかよ!」
「実体験だぜ? オレの兄貴、三回くらい同じ相手に告白してようやくオッケーもらったし、今も続いてるからな」
「そうか……」
正直、神様に本当に嫌われていないのかが不安だ。今度、どうにかして訊いてみようか。
「ありがとな、鑑」
「気にすんな。源の好きなひとを今度見せてくれればいいや」
「まあ、うまくいけばな」
「期待してるぜ」
「約束はしないでおくわ」
「珍しく弱気だな」
「うるせえよ」
したこともない恋愛に自信を持てと言われても無茶な話だ。
と、不意にオレがスポーツドリンクを入れていたバッグの中で振動が始まった。たぶん、マナーモードの携帯だ。
「源の?」
「ああ、オレのだわ」
取り出してみると、発信元は神様の携帯。今まで電話をかけて来たことはなかったのに、どういう風の吹き回しだろう。カナハの一件もあって想像は良からぬ方向へ傾き、すぐ出ようとするものの、手の動きは不安と焦りとで速く大雑把になり、微妙に手間取る。
「はい、もしもし!」
『申し申し。琢磨じゃな?』
いつのまにかこわばっていた肩から、ほんの少し力が抜けた。電話越しに聞く機会は今までほとんどなかったものの、聞き慣れた低女声は普段通り落ち着いていて、焦りのような異常を感じさせる響きはない。
「ああ、そうだよ。珍しいな、どうかしたのか――」
姉さん、と言いかけて、伏せた。鑑にこれ以上深々と知られるのはやっぱり恥ずかしい。
『うむ……学校も終わらぬうちに、すまぬな』
「いや、別に責めてないけど」
珍しく歯切れが悪い。角度は時々変だが、神様は基本的に豪速球しか投げてこないはずだ。
『帰り……は、何時頃になるじゃろうか』
「え?」
言われて腕時計に目をやる。
「えーと……何時かな」
考えてみれば日々ひたすら走っていつの間にか練習が終わっているので、帰りの時刻を意識した記憶がほとんどない。
どうしていきなりそんなことを、と問い返しかけて、もう一度腕時計に目をやる。時刻ではなく、日付を見るために。
「あ」
突然の電話の理由に見当がついた。
今日は父さんと母さんの結婚記念日だった。毎年この日は二人そろって夕食に出掛け、帰りも遅い。いつまでああいう、見ている方が恥ずかしい夫婦仲を維持しているんだろう……という感想はともかく、時間的に考えると、たぶん神様は今一人で留守番をしているはずだ。
そう、今まで神様は家の中でさえ一人きりになったことがない。オレが学校にいる間は母さんが話相手だし、オレが帰ったら何かにつけて神様の方から部屋に来る。
オレの読みが間違っていなければ――神様は寂しがっている。
「オレ、もう帰ろうか」
『えっ』
声が弾んだ。高く嬉しそうな響き。
間違いない。オレ――頼られてる。
そもそも今日は神様のことしか考えていない気がする。朝、妙な夢の後ろめたさで目をそらしていた分だけ余計に、今は神様の顔が見たい。
『い、いや、わしのわがままで学徒に学業をおろそかにさせるわけにもゆくまい』
立派なセリフだけど棒読みだから。八割方そんなこと考えてないって丸分かりだから。
決めた。帰ろう。どうしてこの期に及んで年上ぶろうとするんだ、このひと。
「帰るわ」
『あ、しかし、じゃな』
「寄り道しないから」
『うう……その、……琢磨』
「何?」
『気を付けて……な?』
どうやら、ようやく観念してくれたらしい。
「わかってる。また後で。切るよ?」
『う、うむ』
「――悪い、帰るわ」
振り返ったオレを、鑑のにやにや笑いが待っていた。
「そのひとか?」
「……ああ」
「源の優しい声、初めて聞いちまったな」
優しい声とかいうな恥ずかしい。本当に恋とかしてるみたいで落ち着かないだろこの野郎。……でも本当にそんな声してたんだろうか。
「まあ、先生には言っとくわ」
「頼む」
手早く荷物をまとめ、部室を後にする。まだまだ体力には余裕があったので、ほぼ全行程走って帰る。
神様は玄関で待っていた。
母さんの作り置きのシチューを二人で食べて、いつものようにオレの部屋でポケモン勝負。
なぜか今日に限って神様は口数が少なく、オレ自身からも話しかけづらかったこともあって、間が持たなかった。
それでも、神様に嫌われてはいないんだと思う。何か言いたげな眼でちらちらとオレを見ていたから。
ただし、訊いても何も言ってくれなかった。
彼女、目覚め始めてます。




