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魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第十三章 ドラゴン

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戦闘開始

「ドラゴン!!」

 アイリスの声とともに、全員が顔を上げる。ローレルも、伝承くらいは聞いたことがあるらしい。杖を握りしめた手にぐっと力を込め、外へ視線をやった。

 入り口になだれ込むようにして、その炎が迫る。


「飛ぶぞ!」

「ガーベラ、アイリスを頼む!」

「アイリスちゃん、大きい杖、持ってない?!」

「あります!」

 一斉に声が飛び交う。


 息をつく間も惜しい。大量の熱気がこの世界を焼き尽くすかのように広がり、ドロドロとした、まるで血液のような炎の波がアイリス達へ向かって押し寄せる。アイリスはトランクケースを広げ、中に押し込まれた様々なものを放り投げる。アイリスが持っていた思い出の品々はあっという間に炎に溶かされ、消えていく。だが、そんなことを気にする余裕もない。


「あった!」

「つかまって! 振り落とされないように」

 ガーベラはアイリスから杖を受け取ると、詠唱(えいしょう)を始める。中級魔法。この杖で空を飛ぶつもりらしい。アイリスはガーベラの体にしっかりとつかまり、その杖にまたがった。


「フライ!」

 ガーベラが呪文を言い終えた瞬間、杖がグンと浮き上がる。

「きゃぁっ!」

「我慢してね、ホウキより最悪よ」


 ガーベラは杖を握りしめ、身をかがめる。そのまま勢いよく空へと飛び出し、(うごめ)く熱の(かたまり)洞窟(どうくつ)の隙間スレスレを()って外へ出た。すでに、他の三人も外へ逃げ出していたようだ。ホウキにまたがるのはアスター。そのホウキの後ろにローレルがいる。コルザは小さな杖に両足をのせ、器用に空を浮いている。


「これは……」

 外にでたアイリスの目に映ったもの。

 それは――山の(いただき)を勢いよく飛び回る炎であり――空をかけるドラゴンそのものであった。


 やるか、やられるか。

 赤い揺らめきの隙間に、煌々(こうこう)と輝く、白金の瞳が五人を(つらぬ)く。


「戦おう」

 誰が言ったか、全員一斉に高く飛び上がり、雲を引き()き、()き上がる赤い閃光(せんこう)を見下ろして杖をふるった。


 ここで逃げては、魔法使いの名折れだ――

 誰もがそう思う。

 国を、大切な人を、魔法使いの誇りを守れ!


「スラスト!」

 アイリスの放った魔法が、炎を生み出す中心に吸い込まれ爆発。

「ブラスト!」

 アスターの魔法も追いかけるように、突風を巻き起こし、続くガーベラとコルザの投げられた瓶が、燃え盛る閃光(せんこう)轟音(ごうおん)を響かせる。


 だが、それらは全く意味をなさなかった。


 荒れ狂う炎が大地を揺るがし、耳を刺すような絶叫が空を切る。

「っ!」

 ガーベラとアイリスの杖はその衝撃で軌道を()らされ、コルザもまた、後退せざるを得ない。アスターのホウキがひらりとそれをかわし、再びアスターの杖先から魔法が放たれるも、やはり、真っ赤な海へと吸い込まれていくだけだ。

 しかし、アスターはその魔法を止めない。火花が激しく空を溶かし、その火の粉が降り注ごうとも、アスターは果敢(かかん)に攻め続ける。


 アスターの時間稼ぎも、やがて空を()うような白金の瞳の(またた)きによって、墜落(ついらく)し――アイリスの詠唱(えいしょう)が響く。

「導くものよ、目覚めたまえ。天に仕えしその力を地に落とせ! シュレッド!」

 続けざま、コルザとガーベラの詠唱が重なる。

「「はるか(いにしえ)より受け継がれし、豊穣(ほうじょう)たる恩恵よ。今ここに、我の一部となりて、その力を示せ。見えざる者を写し取り、あるべき姿を導きたまえ! オフセット!」」


 すさまじい風圧が全員を(おそ)う。

 杖も、ホウキも、岩肌も、雲も、大地も。

 そのすべてを()ぎ払い、飲み込まんとする炎が立ち上がり、琥珀色に染め上がった。


「グォォォォオオオオオッ!!!!!」


 雷鳴(とどろ)き、一閃――

 たちまちに熱風がアイリス達を(おお)い、荒れ狂う空には濛々(もうもう)と煙が立ち込める。


「っ!」

 肌が焼ける。どこからか、(くす)ぶった匂いがする。怪しく輝く朱が、金や白や、橙にそのウロコをたなびかせながら、猛然(もうぜん)(おそ)いかかる。目にもとまらぬ速さで風を斬り、突き、吠え、頬を(かす)めたそれが、一束の髪を溶かす。暑い、熱い、あつい……。


 だが、魔物が手加減などするわけもなく。ただその驚異的な力を、圧倒的な力を見せつけ、(なぶ)り殺す(ひま)も与えず、次々と、寄せては返す波のように不規則な動きでアイリス達を蹂躙(じゅうりん)する。なんとか杖をふるっても、それはむなしく空を切るばかり。汗が飛び散り、輝く。額には、次から次へと脂汗が(にじ)み、背中はぐっしょりと冷や汗で()れる。間一髪のところで杖が左へと(かじ)を切り、アイリスは振り払われそうになるも、耐える。


「もうっ……!」

 ガーベラの悲痛な叫びが聞こえた。唇を噛みしめ、目の前の敵を見つめる。その口からは血が伝い、鉄の匂いがした。

 ガクン!

 杖が大きく揺れる。ガーベラの意識が遠のいているのだ。

 ――落ちる!


 アイリスが杖を強く握りしめ、唱えた呪文が無理やりに杖を持ち上げる。

「アイリス!」

「ガーベラ!」


 アスターとコルザがすぐさま二人のもとへと方向を転換するも、(むな)しく杖から二人の体は振り落とされ――「ロールアップ!」

 美しい、テノールの声が響き渡った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 38/39 ・ちょっと遅くなりました。あー荷物がバラバラと… [気になる点] 詠唱が直接的で分かりやすいですね。スピード感出てます。 [一言] テノール! 成長の証
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