最果てを目指して
山岳地帯へと向かい、アイリス達は村を離れた。
ここから先は、いつ魔物が現れてもおかしくない。そうアスターに念押しされ、アイリスは緊張の面持ちである。コルザとガーベラはさすがに慣れているのか、先頭で軽口をたたきあっていた。
「さすがに、昨日の今日じゃ、魔物も出てこないみたい。良かったね」
ガーベラが不意にアイリスの方へと視線を向ける。本格的な魔物討伐には慣れていないアイリスを気遣うように、あえて話しかけてくれているのだろう。杖の材料になる魔物と、討伐師が相手にするような魔物には雲泥の差がある。
「昨日は、このあたりの魔物討伐を?」
アイリスが尋ねると、ガーベラは、そうよ、とうなずく。
それで、昨日はあの村に。
「……ってことは、もしかして、王都の方へ戻るところだったんじゃ……」
アイリスがハッと気づいたようにアスターへ視線を向けると、アスターはそれ以上言うな、と視線でアイリスを制した。
「困っている人を助けるのが、魔法警団の役目だもんね」
ガーベラはからかうように笑う。
「それに、俺たち討伐師もフリーランスだしな」
コルザもニコリと微笑んで、まるで気にしていない、というように体を翻した。
山岳地帯へと近づくにつれ、家の数は少なくなっていく。集落もあるが、家がぽつぽつと並んでいるばかりで、人の気配はない。畑は荒らされたまま。雑草も好き放題に生え、もはや荒れ地と化している。
「この先は、もっとひどいよ」
コルザの明るい声が、目の前の光景にはひどく不釣り合いだった。
「たまにだけど……まだ、この辺りには住んでる人もいるからね」
「ほんと、物好きだよな。いくら愛着があったってさ」
「ま、家を持たない私たちにはわからないことね」
ガーベラとコルザの会話に耳を傾けながら、アイリスはあたりを見回す。自分も、森のふもとで一人ひっそりと杖屋を構えてはいるが、それとは違う寂しさがある。人のいた気配が色濃く残っているからこそ、人のいなくなってしまった荒廃した土地に、どうしようもなく胸が締め付けられた。
「この先は、しばらく家もなくなるし……早いけど、この辺の空き家を拝借して、今日はここまでにしよう」
コルザの提案に、アイリス達はうなずいた。
◇◇◇
翌日、アイリスはその道のりに唖然とした。
コルザの言う通り、半日以上歩いているのに、村どころか、家の一つも見当たらない。長い道がずっと続いているだけで、あとは荒れた土地と静寂が横たわっているだけだ。
「アスターさんたちに出会わなかったら、私、今頃この辺りで餓死していたかもしれません……」
アイリスが呆然と呟くと、アスターが苦笑する。
「縁起でもないな……」
「ローレルは……大丈夫でしょうか……」
「コルザとガーベラがローレルを見たのはこの先にある、この国最果ての村だ。それ以上先は山岳地帯に入る。半年以上も前となると……」
アスターは顔をしかめた。大丈夫だとアイリスを励ましてやりたいが、変に希望を持たせても仕方がないことはわかっていた。
「ちょっと。アスター、やめてくれる?」
ガーベラが前方から辛気臭いのはごめんだ、と言わんばかりにムッとした声を上げた。
「多分、あの子はまだ、生きてるわ。私、こういう勘は当たるの」
「そうだな、俺も、そんな気がするんだよな」
ガーベラに賛同したのはコルザだ。ローレルを最後に見た二人が口をそろえて言うのだ。アイリスとアスターの気持ちは少しだけ晴れやかになったのだった。
夕暮れが迫り、あたりが鮮やかな朱に包まれた時――
「来るわ」
ガーベラは端的に言うと、右奥の茂みに体を向けた。アスターとアイリスもそれに続いて杖を取り出す。
「二体。大型の魔物だな」
コルザが言い終わるやいなや、音もなく魔物が空中へと飛び上がった。金色の瞳がアイリス達を捉え、威嚇する。
「羽持ち!」
アイリスは初めて見る魔物に目を見開く。
「アイリスちゃんはアスターの後ろへ!」
ガーベラの指示が鋭く飛び、アイリスは慌ててアスターの後方へと下がった。瞬間、アイリスは杖に両足をかけて空へと舞うコルザの姿を見る。
「とりあえず、一匹!」
コルザは器用に空を飛ぶ二匹の間をすり抜けると、腰につけていた薬品瓶を一匹に向かって放つ。ボンッ! と火薬の弾ける音とともに、一匹の翼に炎がともった。
「アイリス、中級の攻撃魔法は使えるか? 二人を援護する」
アイリスが頷くと、まさに飛び立たんとするガーベラに、アスターが声を上げた。
「ガーベラ! やけどを負った一匹は、俺とアイリスでなんとかする!」
「了解!」
ガーベラは素早く返事をすると、コルザのもとへと舞い上がった。




