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魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第九章 アイリスは、足取りを追って

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退学

 魔法学園に入学したローレルだったが、待ち受けていた現実は厳しいものだった。


 うまく魔法が扱えないものは同じ学年にも数名はいたし、自分より年上の先輩にもそういう人はいた。

 だが、一度魔法を使っただけで杖を破壊する、そんな特殊な人間はいなかった。皆、魔力を制御できないと言っても、杖を破壊したりするほどではない。むしろ、杖から魔法が出なかったり、魔法が出ても、その行き先を制御できなかったり、という人ばかりだった。


 そして、この杖を破壊するというローレルの特殊性には教師陣も頭を抱えた。魔法学園では、孤児に対して授業で使用するものは支給することになっている。

 もちろん、杖もその中の一つだ。

 しかし、毎日授業のたびに何十本と壊されては、むやみやたらに支給することもできない。そんなわけで、ローレルは、以前村でそうしていたように杖を修理して使うことになった。


 問題はそれだけではない。ローレルの魔力量が多すぎたのだ。

 通常の魔力量であれば、たとえ、制御ができなくとも、杖を折ろうとも、ここまでの問題にはならなかっただろう。周りの魔法を扱えない人間と同じように補習を受ければよかった。


 しかし、ローレルの魔力量で、魔法をうまく扱えないとどうなるか。

 答えは明白だ。学園をまるごと破壊しかねないほどの大きな損害をもたらす。授業のたびに、学園内の建物を破壊し、人を怪我させてしまうこともあった。

 幸いにも死人は出なかったが、いつそれが起きてもおかしくないような状態であった。


 最初は物珍しさに楽しんでいた周りの生徒も、いずれ何とかなるだろうと諦めずにローレルに魔法を教え続けた先生たちも、次第に(あき)れ、(おそ)れ、ローレルから離れていった。

 こうして、一年が経つころには、ローレルは一人でひっそりと学園生活を送るようになっていた。


 そして、その日はやってきた。


「ローレル……申し訳ないが、君を退学処分とすることになった」

 学園長と初めて出会った大聖堂で、ローレルは膝から崩れ落ちた。


 大切な話があると学園長直々に呼び出され、覚悟はしていたものの、まさか退学処分とは。

 学園長の声は高い天井に反響し、ローレルの鼓膜で反芻(はんすう)される。学園長もまた、ローレルの姿を見つめて、その瞳に悲哀の色を浮かべた。


「私の……私たち大人の、力不足だ。君には、本当に申し訳ない」

 学園長は深く頭を下げた。

 ようやく、居場所を見つけたと思っていたのに。

 ローレルは力なく座り込む。だが、学園長が謝ることではない。それはローレルにもわかっていた。


 自分の力があまりにも大きすぎる上、それを制御できずに周りに迷惑をかけているのだ。

 村にいたころから、何ひとつ変わっていない。両親を救えず、村は消えた。あの日から、強くなりたい、そう覚悟を決めたのに――結局はそのころから、何も変わることなど出来ず、むしろ周りに迷惑をかけてばかりだ。

「……僕の方こそ、今まで、たくさんご迷惑をおかけして……すみませんでした」


 ローレルができることは、一刻も早くこの学園から立ち去り、誰にも迷惑をかけないように生きていく。それだけだった。もう、強くなりたい、だなんて……誰かを守れるような人になりたいだなんて、そんなことを望んではいけない。魔法をこれ以上使い続けては、そのうち、自分こそが、誰かの大切なものを(うば)う存在になってしまう。

 ローレルは自分自身が恐ろしかった。これ以上、何かを失うことも。


 魔法学園に通い始めて、二年が経った頃だ。

 ローレルは、言い渡された退学処分を受け入れ、一人、静かに魔法学園を去った。


 王都へ行ってシャロンさんへ報告すべきか。魔法警団に取り次いでもらって、アスターさんにでも話そうか。それともアイリスさんのもとへ……。

 ローレルは魔法学園を出てそんなことを考えたが、これ以上の迷惑はかけられない、と王都とは逆方向に歩き出した。

 そもそも、命を救ってもらい、こうして魔法学園にまで入学させてもらったのだ。そこからさらに、何を望もうというのだろう。ロクに魔法も使えず、多くのものを破壊するだけの力しか持たぬ自分が。今はいい。受け入れてもらえるかもしれない。だが、幸せなんてものは、長くは続かないのだ。それはローレル自身がよくわかっていた。


「どこか……誰もいないところへ行こう……」

 ローレルはそうして、王都を超え、いくつもの街を超え、野草や水を集めて食いつなぎながら、国の果てを目指して歩き続けた。


 ローレルがようやく平穏にたどり着いたのは、その一年後だった。

 途中、魔物にも何度となく遭遇(そうぐう)した。怪我(けが)を負ったこともある。何度も死んでしまおうかと考えたが、救ってもらった命を簡単に捨てることはできなかった。

 もはや、生きることこそが、この罪を(つぐな)うことではないか。

 ローレルの中にはそんな感情が芽生えていた。

 ただ生きていくという、地獄のような現実と向き合うこと。それが、両親を見殺しにし、アイリスやアスター、シャロンの恩をあだで返し、魔法学園を破壊したローレルの罪滅ぼしなのだ。

 とにかく寿命が訪れるまで、一人ひっそり生きていけばいい。簡単だ。誰もいない場所で、一人、ただ、静かにその時が来るのを待てばいいのだから。


「ここは、人がいない……」

 たどり着いた安寧(あんねい)の地。山々に囲まれ、自然の厳しさだけが残る場所。当然住んでいる人はおらず、魔物と、野生動物が時折現れるくらいだ。(けわ)しい山岳(さんがく)地帯だが、少しばかりの緑と湧き水があり、一人で生きていくには贅沢(ぜいたく)すぎるほど、静かで、落ち着いた場所だった。


 村が消え、アイリスと別れてから、気づけば三年もの月日が流れていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 26/26 ・んああああ!? 学園生活が速攻で終わってしまったw [気になる点] そういえば、自分のと比べてセリフが少ないですね。自分がセリフで誤魔化してるとも言えますが。 [一言] ロ…
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