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魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第八章 アイリスと伝説の杖

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伝承

 そんなものは伝説だと思っていた。

 ――人々を滅びへと導く厄災。それが起きてしまったら成す(すべ)がないとまで言われる大自然災害『ドラゴン』。

 これの厄介なところは、大自然災害でありながら、魔物の性質を持つというところだ。あくまでも、伝承でしかないが、この国のものなら、必ず一度は聞く話である。


『ドラゴンは、赤く燃え盛る炎そのものである。すなわち、これ、自然災害なり。

 山の持つ多くの魔力を、山から吹きだす炎そのものに宿して動く。すなわち、これ、魔物なり。

 一度動き出したらとどまることを知らず、すべてのものを焼き払う。人も、大地も関係なく(めっ)し、最後には荒廃した大地と、多くの死だけが残るであろう』


 この伝承が一体いつからあるのか、誰が作ったのか、そんなことは誰も知らない。だが、妙にリアルな表現が、この伝承に信憑性(しんぴょうせい)をもたらしていた。この国が出来て以来、その歴史を振り返ってもドラゴンの記載はなく、もはや伝説と化してはいるが、心の中で誰もが皆、そんな話を信じている。

 それが、このタイミングで……。アイリスは口をつぐむ。


「まだ、決まったわけじゃない。あくまでも噂だ」

 慌てたようにアスターが付け加える。アイリスも、そうですよね、と愛想笑いを浮かべたが、各地での魔物の暴走が多発しているという現実とは辻褄(つじつま)が合うような気がした。

 山一つ分の魔力を持つドラゴンが現れたとなれば、その膨大な魔力を魔物が感知できないわけがない。人間よりも数百倍は敏感だと言われているのだから、各地で発生していることにもうなずける。


「そうだ、アイリス。ドラゴンの話はどこまで知っている?」

 話題を少し明るい方向へ逸らそうとしているのか、アスターは、やや声のトーンを上げてアイリスに視線をやった。

「え? どこまでって……ドラゴンが現れたら、すべてを焼き尽くすっていうところまでですけど……」

 アイリスはキョトンと首をかしげた。成す(すべ)がなく、焼き尽くされ、破壊の限りを尽くされて、すべてのものが滅んでしまう。そういう伝承で間違いないはずだ。目の前に座っていたアスターは珍しく子供じみた笑みを浮かべる。

「実は、その伝承に続きがあるって言ったら?」


「続き?」

 アイリスはまたも目を丸くした。そんな話は聞いたことがない。てっきり、それで終わりだと思っていた。からかっているのかと思ったが、アスターの様子は真剣だった。決して嘘をつき、アイリスをだまそうとしているわけではないようだ。

「杖屋なら、知っておいたほうがいいんじゃないのか?」

「杖屋と何の関係が?」

 アイリスはもったいぶるようなアスターの口調に、思わず身を乗り出す。まるで子供がおとぎ話の続きをせがむような表情だ。アイリスは無意識だが、そんなキラキラとした瞳を向けられたアスターはたまったものじゃない。分かったから落ち着いてくれ、とやんわりアイリスを(さと)して、話を続ける。

「実は、ある地域ではこう続くらしい」


『ドラゴンを静める者、これ、すなわち、杖を持つなり。

 杖とは、これ、すなわちドラゴンのためだけに存在せし杖なりて、特別な力がなければ、扱うことすらできぬがゆえに、静める者を必要とせん。

 静める者とは、これ、すなわち、杖のために存在せし者なりて、特別な力をもって生まれるがゆえに、ドラゴンが現れるとき、ともに姿を現すだろう』


 アイリスは、ドクン、と胸が高鳴るのを感じた。

 どうにもできないと思っていたドラゴンの伝承に、まさか、こんな続きがあるなんて。しかも、特別な杖が登場するのだ。確かに、杖屋として、今までこの話を知らなかったとは、なんたる失態。だが、もしもドラゴンが本当に存在するのなら、その杖も存在するということである。ぜひ、死ぬまでに一度はお目にかかりたい。


 アイリスは、ついアスターを見つめる。

「う……。頼むから、そんな目で見るな……」

 アスターはアイリスの輝きを放った瞳を直視しないように、自らの目の前に片手をかざして、ふいと顔をそむけた。

「す、すみません……。つい……」

 慌ててうつむいたアイリスに、アスターはふっと笑みをこぼした。


「それで、その杖がどんなものかは、わかっているんですか?」

「ドラゴンを静める者より、杖が気になるとは。さすがは杖屋だな」

 アスターに言われて、アイリスは確かに、と苦笑した。魔法使いならば、普通はドラゴンを静める者、それほどの魔法使いがどのような人物か気になるところだろう。アイリスも、杖屋である前に魔法使いのはずだが、少々特殊らしい。どんなすごい魔法使いでも、アイリスの前では、杖に負けてしまうようだ。

「まぁ、聞かれてもドラゴンを静める者が何者かはわからないから、ちょうどよかったが」

 アスターはクスリと微笑んで続ける。


「杖については、いくつか噂がある。例えば……ただの木の棒、とかな」

「ただの木の棒……」

 アイリスはその言葉にハッと顔を上げた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 24/24 ・おいおいこのタイミングで伝承ぶっ込んで来るとは… [気になる点] んで、伝承通りに行きますかね…行ったら行ったで楽しいですけど [一言] ドラゴンが素直に強そうです。
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