第44話 炎上
追っ手の目を盗み、サイラスとアイラは村へと戻った。
霧の魔術は空間を捻じ曲げ方向感覚を狂わせるようだが、対象を探知するような効果はないらしい。道中で発見されることはなく、宿として案内された小屋まで無事にたどり着いていた。
「まさかここに戻るとはやつらも思わんだろ」
「灯台下暗しってやつですね!」
「そんなところだ」
サイラスはパイプに火をつけ、一服吹かしてから部屋の隅にある祭壇を指さす。
「アイラ、この祭壇だがどう思う?」
「どうって言われても……」
黒い棺を囲む13体の木像。木像は村を囲む石像にそっくりだった。いかにも魔術の媒介物らしく見えたのだが、破壊しても霧には変化がなかった。
「像じゃない。棺だ」
「あっ、棺!」
「石像の周辺に棺に当たるものはなかった。もしあの石像がこの祭壇を模したものだとしたら、棺はどこにある?」
「石像が囲む中心の場所……あっ!」
そこまで聞いてアイラはハッとする。石像は村を中心として囲んで配置されている。棺に当たるものは村の何処かにあるはずだ。
「そうだとして、どうやって探しましょう? 外をうろうろしていたらさすがに見つかっちゃいますよ」
「探すんじゃない。向こうから出してもらおうぜ」
「えっ、それって……?」
不敵に笑うサイラスの視線の先には、煌々と燃えるストーブがあった。
* * *
「む、村が燃えている!?」
森を捜索していた老人たちが村に戻って目にしたのは、赤々と燃え上がる家々だった。サイラスたちを案内した小屋だけではない。老人の家も、村人の家も、鍛冶小屋なども赤い火を吐いて燃え上がっていた。
「あの不届き者どもめ!」
老人は激昂する。この村には骸の王から授けられたと伝わる秘宝があるのだ。隠者の魔術の源であるそれが破壊されれば、霧は形を維持できず霧散してしまう。
秘宝を保管しているのは集会所としている最も大きい建物だ。駆けつけると、草葺の屋根が激しく燃え上がり、今にも崩れ落ちそうだ。老人は比較的若い肉体の村人を二体、炎の中に突入させる。
霧の身体は生物を操るが、その性能は肉体に依存する。使い捨てるのは老いた肉体からというのがセオリーだったが、この緊急事態でそんなことは言っていられない。
身体のあちこちに焼き焦げを作りながら、黒い棺を担いだ村人が炎の中から飛び出してくる。棺に損傷がないことを確認し、老人はほっと息をついた。
「おお、偉大なる骸の王よ。御身より賜りし宝は無事に守られましたぞ」
「へえ、そいつがおたくらの魔術を支える媒介か?」
「貴様ぁ……!」
燃え上がる建物の陰から現れたのは白髪混じりの男。肉体を奪うために誘い込んだのに、しぶとく逃げ回るだけでなく、村に火を付け秘宝をも傷つけようとしたのだ。こんな不敬は許されるものではない。
「これがどれだけ貴重なものかわかっているのか! 貴様には骸の王を言祝ぐために、肉体を捧げる栄誉を与えてやろうというのに、恩を仇で返そうというのか!」
「そんな恩は要らねえな。熨斗つけて返してやるよ」
「貴様のような不浄な身体は要らぬ! 傷つけぬよう丁重に扱うのはここまでだ!」
老人の口から大量の霧が吹き出される。渦巻き、荒れ狂い。暴風を伴ってサイラスに殺到する。
「ひえ、おっかないねえ」
サイラスは懐から瓶を取り出すと、聖水を頭からかぶって身体を濡らす。そしてすかさず燃え盛る集会所の中へと飛び込んだ。聖句を唱え、<防熱>の奇跡を発動する。いつまでも保つものではないが、数分程度ならこの火災の中でも耐えられる。
一方、老人から吐き出された霧は炎を前に渦巻くだけだった。霧の正体は微細な媒介に分割した魂を宿らせたものだ。打撃だろうと斬撃だろうと意味をなさないが、火に焼かれれば蒸発してしまう。炎に近づくことは出来ないのだ。
「だが、いつまでもそこで籠城できますかな? 中でじっくり焼かれるか、外に出て体内からずたずたに引き裂かれるか。お好きな方を選びなされ」
渦巻く霧が声を発する。秘宝はすでに確保済みだ。建物などは惜しくない。焼け死ぬ人間を眺めるのもまた一興だ。骸の王もお喜びになることだろう。
「どっちもぞっとしないねえ。しかし、いいのかい? 大事なお宝から目を離して」
炎に巻かれるサイラスが、懐からパイプを取り出し辺りに満ちる炎でパイプに火を付けた。
「アイラ、ぼちぼち頼むぜ」
それはサイラスが煙を吹かすのと同時だった。
――聖鎧:天意無崩!
白銀の鎧に身を包んだ少女が、燃え盛る屋根を突き破って外に飛び出す。そして空中で軌道を変え、黒い棺に向かって急降下。三節棍が振り下ろされ、棺は真っ二つに砕け散った。
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